現実主義者の憂鬱
第5話A
「ワッハハハハハ!」
目の前で由喜が大声で笑い出す。クラスメートたちが一体何事かとこちらを見る。
「ちょ、ちょっと!由喜!」
私は由喜を黙らせる。由喜はまだ腹を抱えたままヒィヒィ言っている。
「だ、だってぇ。香奈がそんなことするだなんて…香奈、かっわいい〜」
笑いすぎて少し涙が出たようで、由喜はそれを指でぬぐった。
「ヒィヒィ…オホンッ。まぁ、これで赤坂君とも仲直りね」
「ま、まぁそういうとこかな…」
実際、本当に仲直りしたかどうかまで分からない。が、まぁ大丈夫であろう。
「よし!ならば今度は赤坂君をおと…へぶぅ!」
由喜が全部言い終わる前に、私は手元のタオルを彼女の顔面に投げつけた。
「って、何するのよ!」
何するも何もない。大声でそんなこと言われたら、赤坂に聞かれるじゃないか。私はそっと赤坂の方を見る。彼はやっぱり空をぼーっと眺めていた。
変わらぬ1日が今日もまた繰り返される―
何もかもうまくいくわけがない。
特に、運の悪い私がこんなにうまく物事を運ぶわけがないのだ。
心に引っかかるものがある。
何なのか分からない。きっと、これが今回の私への試練。また試される。
一体、いつになったらこんなことがなくなるのかと真剣に考えたことがある。残念ながらそんなことしたって何か分かるわけもない。
引っかかる物は何なのか?
思い出せ、思い出せ。
心の中を探る。思い出される記憶は、今日の朝の赤坂。彼の表情。
何でだろう。彼は哀しい顔をしている。笑わない。笑わない。笑っていない。
ああ、そうか。彼は笑っていないんだ。
無表情なまま、私を見つめていたんだ。
なるほど。分かった。
今回の私への試練は、彼を笑わすことなんだ。彼を笑顔にさせることなんだ。
………でも、なんで私なんだ?
ガバァッと布団から跳ね起きる。時計を見ると、デジタルで4月13日7時と表示されていた。昨日の明日。
私は頭を抱える。いったい何の夢だったんだ?
とりあえず、私は身支度を整える。
朝食をさっさと取り、顔を洗う。冷たい水が肌を刺激する。
軽く洗い、歯を磨く。
今日の髪はひどいな。マジで。ボサボサになった頭が鏡に映る。どう見ても人前にでられるような髪ではない。
歯を磨き終えると、髪をとかす。私の髪はまっすぐで、あまり癖もないから少し水をつければあっさりとまっすぐになる。まぁ、水なんか使ってないけどさ。
鞄の中身をチェックし、家を出る。
「行ってきまーす」
「ああ、行ってらっしゃい」
家の中から父が声を出す。母はいない。私は父と二人暮らしだ。ううむ。つくづく私も苦労してるな。
玄関の鍵を閉め、門を出る。すると、すぐ横には赤坂がいた。
―え、また?―
まさか2日連続こううまく会うなんて思ってもなかった。彼は黙ったままそこに突っ立っている。ええと、こういうときはどうしようかな…
「………」
「………」
気まずい沈黙。とりあえず、私が話しかけた。
「………今日も一緒に行く?」
所詮、私にいえることはこのくらい。彼は表情を崩さず「はい」と短く答えた。やっぱし笑顔はない。
謎の使命感が私の中からわき出る。ううむ。何で使命感なんて出てくるんだ?ハッキリ言って、意味不明だ。
隣を黙って歩く赤坂。私はヒョコヒョコとついて行く。赤坂は全然歩く速さを合わせてくれないので私はどうしても早足になってしまう。
赤坂の顔を見る。変わらぬ無表情。虚ろな目。一体何処を見ているのかすら分からない。
そんな赤坂は笑うのだろうか?
満面の笑みで笑うことがあるのだろうか?
大きな声を上げて笑うことはあるのだろうか?
きっと彼に笑ってと言うと、こういわれるに違いない。
「そんなメリットもないことを何でしなきゃならないんだ?」
おかしいよね?やっぱり。
うん。そうだよ。
ここまでくると使命感に燃えてくる。
そうか。そうなのか。
きっかけは一体何?と問われても私は答えることができない。
もしかしたら彼に惚れてしまったのかもしれない。ただのお節介かしれない。
しかし、そんなやつは放っておけないのが私の性なのだ。
自らは面倒事に首をつっこまないとか言いながらも、いつも突っ込んでしまうから私は運が悪いのだ。
だが、もういい。いつものことだ。とことんやってやろうじゃないか。だって赤坂が気になるし。
ならばどうするか?
どうやったら赤坂は笑うのか?
「ねぇ!」
私は彼の前に立ちふさがる。赤坂は何だよ、って顔をしている。
「今度デートしよう!」
どういう結びつきなのかは私にも分からない。
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