現実主義者の憂鬱
第3話B
かなり憂鬱な気分で坂を上る。
くそ、いったい僕が何をしたというんだ。
腹が立ち、道路脇の空き缶を蹴り飛ばす。空き缶は思いっきりガードレールにぶち当たり、カーンと鉄の響く音を出して転がっていく。
いったい何が悪かったのだろう。
きっと、学校の帰りに問題集なんか買おうと思い、書店に立ち寄ったのがそもそもの原因だったと思う。
クラス委員になった。人との付き合いが好きではない僕にとって、その役は面倒くさいもの以外なんでもなく、気分は沈み、やる気は消えた。
仕方ないので気分転換に勉強でもしようと思い、僕は少し遠回りをして、坂の書店に行ったのである。
この書店は小さい。なんだけど品揃えはなかなかのものだ。基本的に店頭に置かれている本は最近流行の本だけなのだが、店主に曰く、奥の倉庫にはかなりマニアックな本まで取りそろえられているという。つーか絶対に店主の趣味だと思われる。
書店に着き、僕は参考書・問題集コーナーへ向かう。
本棚の下の方からよさげな本を探す。適度に分厚くないと、すぐに解き終わってしまう。そんなおもしろみも何もない問題集などいらない。僕はいろんな本を手に取り、そしてパラパラと中身を確認した。
それにしても、見ていて思うのだが、問題集が少ない。なぜか同じ筆者の参考書ばかりが多く置かれている。かなりのシリーズもののようだ。だいたい10冊程度置いてある。
僕はその本を1冊、手に取ってみた。
「初めての参考書〜問題集なんかくそくらえ〜」
あまりにもあほくさいタイトルだ。ハッキリ言ってしまうと、問題解かないと学力は向上しないと思う。うん。そうだろう?
僕は違う本を手に取ってみる。
「参考書U-A 少年の心理と物理学」
意味不明だ。一体少年の心理と物理学に何の関係があるのか知りたい。てか証明してくれ。きっと学会に発表できるほどの大発見に違いない。
なんだかおもしろくなってきたのでさらにもう1冊手に取って見る。
「友と解こう! 簡単数学」
………
僕は急に虚しくなってその場を離れた。さっきの本のタイトルがいやに頭に残る。
―友と解こう!―
か。そんな友がいればの話だな、と1人苦笑する。
書店を出て、ふと目の前の女子高生2人に目がとまる。見覚えがあった。朝、僕のことを話していた2人。そして、一緒のクラス委員の女。
―大山香奈―
とりあえず、同じクラス委員なのだから挨拶しようと思い、近づいていく。
「おおい、大山さ……」
「何言ってんの。あいつなんて眼中にないわよ。どっちにしろ、あんなのどつく勇気だってないわよ。それに、私堅物って苦手。近寄り難いしさ、赤坂って」
僕のあげた片手が止まる。え、なんて大山さん?
「う〜ん。でも結構チャンスだと思うんだけどなぁ…。私なら落としにいくわね、絶対」
「はっはっは。なーに妄想してるのよ。どっちにしろ、私は彼に興味なんてないわよ。あんなのと付き合ったりするなんてぜぇぇったいできない!真面目は苦手なのよね。つーか嫌」
ああ、僕のことを話しているのか。
―堅物―
―真面目―
自分だってそういう人間だってことは十分理解している。しかし、いざ人前でそんなことを言われると、やっぱり悲しくなる。そして腹が立つ。
―なりたくてこうなった訳じゃないのに!―
こうなった原因は僕にはない。周りの環境が僕をこうしたんだ。
笑いを浮かべる大山さんの背後に立った。もう一人の女の子が僕に気づき、顔を引きつらせる。
「………真面目で悪かったですね…」
―何で僕はこんなことを言ったんだろう。
僕は家への坂を上っていく。
先ほどのことで、自分に腹が立ってしょうがなかった。
周りに環境が僕をこうした。だからって大山さんにあんなことを言う資格なんて僕にはないはず。しかも、大山さんとはこれから1年間、同じクラス委員として仕事をする仲になるのだ。
これじゃあ、気まずくて話すらできなくなるかもしれない。
大山さんの顔を思い出す。
笑っていた顔は一瞬にして凍った。そして、なんだか口をぱくぱくとさせ、かなり混乱していた。顔はなんだか青になったり赤になったり…
って、思わず吹き出しそうになる表情だったじゃないか!
笑いそうになる自分の顔をペチンと両手でたたく。よし、大丈夫。
とりあえず、明日からは普通に接したら何事もないはずだ。うん。そのはずだ。
自分の家の屋根が見えてくる。えび茶色の屋根。
今日はさっさと風呂に入って、寝床につこう。明日は適当に大山さんと挨拶を交わせば大丈夫のはずだ。
現実的に考えて、彼女と仲良くしたってメリットは見いだせないんだから。
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