不幸の理由。作者の溜め息。

その7

 電車に飛び乗り、いざ行かん、ヘボラパーク。
 電車だって自分で創ったくせして作者は大はしゃぎだった。こんな愉快な乗り物を自分は創ったのか、とか私も登場人物だったらよかった、とかなんとか。まぁ、喜んで頂けるのならそれで大いに結構。だけど、少し恥ずかしいから静かにしてよ。
 わずか三駅分なのでアッサリ到着。さて、ここから徒歩十分。ちゃっちゃと行きましょー。
 と、軽快に歩き出そうとした俺の手を掴む作者。驚く俺。体温上昇。心臓に悪いですよ、たいちょー。
 ドキドキを何とか抑えつつ遊園地に向かう。ていうか平日の昼間から女の子と手を繋ぎながら遊園地に向かう俺ってどうよ? 高校生だとバレてないからいいか。私服だしね。
 段々とゲートが見えてくる。ヘボラパークはこの地域一帯で一番大きな遊園地だ。売りは世界最長を誇るジェットコースター。心臓止まるぜ、マジで。ちなみに俺は小学生に頃に乗ってトラウマになった。それ以来ジェットコースターなんて乗ったことない。
 さて、入り口到着。チケットを買って中に入ります。
 中に入るやいなや、着ぐるみの大きなクマさんが親しげに寄ってくる。これってさー、中の人って大変だよね。暑いし。夏とかにこんな恰好したら死んじゃうよ。
 おいでおいでしてくるクマさんと無視して行こうと思ったが……。
「ねぇねぇ、そこのクマと握手しようよ。あ、写真も撮ろうか。ねぇ」
 そう言って俺の腕をぐいぐい引っ張る作者。あー、はいはい。分かりましたよ。
「わー、クマさんだぁー」
 無邪気にクマさんに頬ずりする作者。本当にそこら辺の女の子と変わらないよな。普通に可愛いし。
 って、いかんいかん! 見惚れそうになってしまったぜ。俺はこいつには恨みがあるハズなんだ。うん。いや、恨みって言うか俺の不幸をなくしてくれることを条件にこうしてデートしているハズだ。このデートが終わったらきっと合うこともない。うん、そうだろう。
 落ち着け。冷静になれ。こいつにドキドキしたら駄目だからな、俺。一日限りの約束だかんな。
「ほらほら、勇気。写真撮ろう!」
「あー、分かりましたよ」
 鞄から使い捨てカメラ――いつ買ったんだ?――を取り出し、道行く人を捕まえてはい、チーズ。きっと俺の表情は引きつってるはずだ。間違いない。
 久々に来たものだから場内はかなり様変わりしていた。少子化と嘆かれる現代、何故かこの地域の都市は人口が増加し、遊園地もたくさんの客をゲット。そして新アトラクションの導入。のダブルコンボを達成。お陰でサッパリ何がどこにあるのかわからん。正直にパンフ、見るか。
「ほら、どこ行きたい?」
 パンフレットを指さして尋ねる。作者はじばし悩んだ後、
「これ」
 と、早速世界最長の絶叫マシーンを指さしました。はい。
 できれば断りたかったのだが、今の俺にそんなこと言える筋合いはない。満足して頂かないと困るんですよ。ええ、そうなんです。
 ってなわけで……。
「なんか面白そうだね。ってかあんた、なんでそんなに真っ青なわけ?」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
 現在、高さにしておよそ地表から百メートル。見晴らしぃいです。すごくぃいです。お空が近ぃいです。とっても近いでぇぇぇええぇぇぇぇす!
「きゃー♪」
「うがああぁぁぁぁ!」
 魂が抜けるかと思いました。そうして、心の傷はさらに深く。


「次これ!」
「分かったから引っ張るなって」
「真っ暗だよー」
「ガクガクブルブル……」
「ほら、早く早く!」
「ちょっと待てって! 少し休ましてくれ〜」
「あはははー、目が回るー」
「吐く! 吐くって! 吐いちゃうってマジで!」
「もー、次行くって!」
「無理です。勘弁してください」
「きゃー♪」
「うごぉああぁぁー!」
「こんなんでバテちゃ駄目だぞ」
「ってまだ行くんですか!?」
「もちろん♪」
「ああぁぁああああぁぁぁぁ……」


「あー、楽しかった」
「あー、死ぬかと思った……」
 日が暮れて、辺りはすでに暗い。遊園地の人気アトラクションをほとんど制覇し、こうして広場のベンチに俺たちは腰掛けている。もうすぐパレードが始まるはずだ。
「なんか、あっという間だったね」
「だな」
 どうしてもしんみりしてしまう。さっきまでの元気さは一体どこに行ったのか、すっかり大人しくなった作者。どういう心境の変化だろうか。
 とりあえず、俺はこの一日の激務を終えようとしていた。不幸脱却作戦のとか意気込んでいたが、意外と俺も楽しめたな。思わず笑みがこぼれる。
「どうしたの?」
「いや、別に」
 にやけた顔を見られないために上を向く。星がちらほらと見受けられた。
 なんか、終わったんだなー、という実感が湧いてくる。満足感と喪失感。相容れぬ二つの感覚が俺の心にはあった。
「あっ」
 空に一発の花火が上がる。夜空で大きく開いた花火は、すぐに消えてしまう。そして、その一発を皮切りに二発、三発とどんどん上がる。
「わぁ……」
 俺と作者はそんな花火を静かに見ていた。自然と心が穏やかになってくる。
 そのまま、花火がすべて終わるまでずっと空を見上げていた。辺りはすっかり暗くなっていた。
「もうこんな時間か」
 俺は立ち上がる。なんだか名残惜しく感じるのは何でだろうか。不幸脱却目的に今日一日を犠牲にしたつもりだったのに、名残惜しいと感じたら駄目じゃん。いや、別にいいか。てかどっちだよ。
 しかし、作者は立ち上がらない。どした? 綺麗すぎて腰抜けたか? 花火も見るの初めてだよな?
 作者、反応無し。ってどしたよ、マジで。
「やっぱ、駄目だ」
「え?」
 瞬間、世界が真っ白になった。俺が作者と最初に出会ったときに連れ込まれた世界によく似た空間。でも、決定的に違う気がした。

 ――時間が流れていない?――

 そう感じたのはホントに本能的にだ。この空間には時というものが存在していない。不思議な感覚だ。
 あ、作者がいない!
 目の前にいたはずの作者が姿を消していた。俺はキョロキョロと辺りを見回す。作者の姿無し。
「おーい、作者ー! どこだー!」
 全く広さも、何にも分からない空間を走り回る。
「やっぱり、駄目だったよ」
「あっ」
 作者はいた。俺の真上に、出会ったときと同じベレー帽を被り、甚平を着て、万年筆片手に封筒を抱えている。
 しかし、その顔は出会ったときと対照的にどこか寂しげな表情だ。
「おい! 一体ここは何処なんだ! なんか、おかしいぞ」
「だろうね。それはね、私が書かなかったから」
「書かなかったから?」
「そう。あんたと遊んで、原稿を書いていなかったから。原稿がなかったら世界は流れない。だから、物語が未来を失い、消えてしまった。そいうこと」
 そこで、俺はハッキリと自覚した。やっぱり、こいつは世界の創造者なんだ。
 自覚したつもりだったが、ここまで痛切に彼女が創造者だと意識したことはなかった。
「やっぱりね、無理だった。作者が物語の中に入ることなんて。私の作品のコマでしかすぎないものと一緒にいることなんて無理だったんだ」
 ズキン、と胸に痛みを感じる。こいつにとっては、俺たちは物語を演出する登場人物――コマ――でしかすぎないのだ。
 作者は孤独だ。ただ一人、黙々とこの世界を創り続けている。その作業は中断することは許されない。そのはずだ。何故なら、物語の、この世界の進行が止まってしまうから。完結する前に物語が終わるなんて、そんなことあってはならないことのハズだ。
「ゴメン。登場人物のあんたにこんなことさせて。あんたの場合、私と付き合っていたから消えなかったんだと思う。私の意識の中に大和田勇気というコマが強烈に印象づけられたからね。でも、それでもあんたはコマでしかない。そして私は作者でしかない。やっぱり、駄目なんだよ」
「何が、何が駄目なんだよ! 勝手に完結してるんじゃねぇ!」
 叫ばずにはいられなかった。あまりにも哀しすぎる作者の様子は、普通の女の子と変わりないものだったから。
「駄目なんだよ! 作者は、作者でしかない。物語に加わることのない、孤独で寂しい位置に存在するものなんだよ!」
 俺を見据え、作者は哀しい笑みを浮かべた。
「お別れだよ、勇気。あんたはもう不幸じゃない。むしろ、幸せな人生を歩む。昔からずっと幸福だったことになる。そして、私と出会ったことも何もかもすべてを忘れる。金輪際、私と会うことはないわ」
「何だよ、それ! 全部お前一人で決めてんじゃねぇよ!」
 腹の底から声を振り絞り叫ぶ。また、一人の世界に戻ろうとしている作者。きっと、今まで寂しかったのだと思う。だからこそ、彼女はこうして物語に入り込み、俺と今日一日、付き合ったのではないのか。
 だからこそ、こうして行かせてはいけないと思った。こんなのと引き替えに貰う幸福なんていらない。心の底からそう思った。
「何言ってるの! この世界の作者は、私だよ?」

 だけど、その言葉に、俺は、何にも、することは、できなかった。

「バイバイ。お幸せに」

 時が今、また流れ出す。
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