不幸の理由。作者の溜め息。

その8

 けたたましい目覚まし時計の音で目が覚めた。むくりと起きあがる。壁に掛かっている温度計には十度。少し肌寒いけど、まぁ、暖房をつけたら大丈夫か。
 欠伸をしながらリビングに出ると、お袋が台所に立って食事の用意をしていた。
「あら、勇気ちゃん。オハヨー」
「オハヨーゴザイマス、母上」
 いつも通りの朝のハズなんだけど、なーんか違和感感じるんだよな。ま、別にいっか。
「ほら、早く顔洗ってきなさい。あ、ついでに父さん起こしておいで」
「アイアイサー。分かった」
 洗面所で顔を洗う。生ぬるいお湯でばしゃばしゃ洗う。なんか、変だ。
「親父ー、起きろー、朝だーぞ」
 とか言いながら親父の布団にダイブ。
「って、中に入ってるの、抱き枕かよ!」
 フェイクか! フェイクなのか、親父!
「フハハハ! 息子よ、布団に入っているのが真の親父かどうか見極められぬとはまだまだよ!」
「って、何ベッドの下から出てきてるんだよ、親父! 気味悪いからやめろよそれ!」
 毎朝と同じハズなのに、初めてに感じる。はてさて、どうして?
「ほら、もうすぐ朝飯だから早く用意してよ」
「フハハハ! 息子よ、甘いわ! すでに私はベッドの下で身支度を……」
「って、埃まみれだって! スーツだろそれ! ていうかその恰好のままでベッドの下で待機していたのかよ、親父!」
「フッ、惚れるなよ」
「惚れねーよ! 恰好つけてないで、早く埃取れ! じゃないと、それ見たらお袋が……」
「お袋が何? 勇気ちゃん」
「お、お袋が……」
 目の前にいる親父が真っ青になった。ぎぎぎ、と錆びたロボットのように振り返る俺。その先にいたのは、スーパーサイヤ人も真っ青なほどの殺気を放つお袋。
「あーらららら、父さん。こんなに新しいスーツを汚してくれちゃって……」
「いや、ま、これは、その、なんだ、えっと……」
 親父、マジでビビッてる。これ、ヤバイって。絶対。
「勇気ちゃん」
「は、はいぃ!」
「ちょっと出て行ってくれる?」
「あ、アイアイサー」
 脱出後、部屋からは親父の叫び声が聞こえた。南無。


「じゃあ、行ってくるー」
 玄関で靴を履いて颯爽と家を出る俺。家の前には、愛しの彼女の和美ちゃんが。
「あ、勇気くん、オハヨー」
「おお、和美。おはよう」
 二人仲良く登校。これぞ、青春の一ページだね。うんうん。
「今度、どこか出かけない? 私、ヘボラパーク行きたいな」
「そうかー、なら行くか。今度。俺も長い間行ってないし」
 って、あれ、なんかつい最近行った気がするんだけどな。どうだったっけ。
「いいの? やったー。勇気くん大好き!」
 そう言って抱きつく和美。思わず俺の頬が熱くなるのを感じる。
 幸せな日々。なんだけど、何かがおかしい。心のどこかに、空白を感じる。すっぽりと抜け落ちた記憶。幸せすぎて見失いそうな記憶。
 違和感に首をかしげながらも、一日は過ぎ、放課後。
 いつかの公園のベンチで、俺はただ今絶賛一服中。ちなみに和美とは駅でお別れ。何でも、遊園地に着ていく服を選ぶとか。露出度高いの希望だけど、冬だし可愛いの希望と言っておいた。
 一日中、抱き続けた違和感はまだぬぐえない。おかしい、おかしいぞ。こんの、感じたこと今までなかったのに。
 幸福感で一杯の心の中に、どんと居座る謎の違和感。っていうか貴女は誰? 違和感って言うか、女? はい? 俺の心の女性は和美だけのハズでは?
 あれ? 何だ。おかしいぞ。こんなに幸せなのに、満足感が全くないってどういうことだ?
 あ、あれれ? おかしいよな。おかしいよな。
 混乱に陥り、全く状況が整理できない。
 何だよ、これ。おかしすぎるだろ。いくら何でも。いや、何がおかしいのか分からないけどおかしいだろ。
 そして、混乱は臨界点を突破。
「あー、もう! 何だよこれ! 誰か責任者出てこい――!」
「はいはいー♪」
 すっぽりと開いた記憶の穴は、目の前に突然現れた女によって一気に埋まる。
「あー、作者! てめぇ、よくもまぁ勝手に消えやがって! んでなに今度はのこのこ出てきてんだ!」
「だってさー、仕方なかったじゃん。話書かないと、この世界消えちゃうし。それに、出てきたのは、私一人、暗い部屋でしこしこ物語書いてるだなんて虚しいでしょー」
 ニコニコ笑顔の作者。俺も自然と笑みがこぼれる。
「あのさ」
 そして、自然とその言葉も出てきた。
「俺、不幸のままでいい。別に、幸せでなくてもいい。でもな、お前の物語を引っかき回す存在になってやる。お前の物語、世界系だから主人公いないだろ? 世界を書いてるだけだから、主人公いないだろ? だから、俺がなってやる。作者のお前を、腹の底から笑わせてやる、楽しませてやる。だから――」
 そう言って、俺はぐいっと作者を引き寄せた。二人の陰が重なる。作者は驚き、そして嬉しそうに笑った。
「今のように笑っていてくれや。世界の、作者さんよ?」
「登場人物に、キスされるなんて思ってもいなかったね」
 そうおどける作者の頬は、ほんのり赤かった。作者と登場人物。出会うはずのない二人が出会ってしまった瞬間だった。
「で、執筆の方は大丈夫なのかよ?」
「あー! 〆切までもう時間ないー!」
 ……瞬間だった。






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