不幸の理由。作者の溜め息。

その5

 かなり謎な展開になってきたが、これもまぁ不幸脱却のため。例え火の中水の中、幸せを掴むためにはどんな犠牲もいとわないさ。……まぁ、死んだら意味ないからほどほどにするけど。
 さて、こうして俺は作者と出会った公園にいる。デートらしくするために俺はこの場にいるのだ。十時待ち合わせ。ちなみに今は九時半。なんか、ホント俺って律儀だねぇ。三十分も前から待機するだなんて。あ、ちなみに学校はサボった。サボタージュ。次の日って言われたからね。うん。学校一日と不幸脱却だったら普通に不幸脱却に飛びつくし。
 公園には俺の他誰もいない。寂れた公園だからな。これも作者が創り出したものなのだろうか。っていうかそうだよな。あいつが世界を創ってるんだから。
 しかしまぁ、冷静に考えれば昨日の出来事は信じられないことばかりだった。そう。昨日、作者と約束をした後、俺は普通に服を着てこの公園に立っていたのだ。どうやってあの真っ白な空間に行ったのか。そして戻ってきたのかさえ分からない。
 あー、でもそんなの気にしないでいいや。何事も未来のことを考えないとな。世界は常に前進している。後ろを振り向くな。アイアイサー。
「お、勇気くん。早くからご苦労」
 と、後ろを振り向く俺。あ、隊長、振り向いてしまいました。
 そして絶句。
 なんか、目の前の人、かなり着飾ってますよ。
 呆然と立ちつくす俺を見て作者が少し頬を染める。
「ふむ。少しばかりおめかししてみたのだけど……。どう? 似合ってない?」
 白いコートを羽織り、膝下が寒そうだなと思うくらい短いスカート。ほんのりと頬を朱に染めたその顔はうっすらと化粧をしているようだ。ピンク色のふっくらとした唇に長いまつげ。少し茶色の髪の毛が可愛らしく二本にまとめられている。
 何て言うか、昨日の姿からは想像もできない美少女が目の前に立っていたというわけだ。ぎゃおす。
「ま、まぁ、似合うんじゃないかな。うん」
 しどろもどろになりながら答える俺。可愛い女の子との接触、交流は慣れていない。未知との遭遇。いや、それほど大げさなものじゃないけど。
 ああ、とりあえず羊を数えて落ち着こうか。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。
「って、勇気? あんた表情がまた昨日のように逝ってるけど大丈夫?」
「はっ! いかんいかん。動揺のしすぎで訳の分からないことをしてしまった」
「いや、そんなあんたが訳わかんない。ほら、行こうよ」
 そう言って作者は手を差し出す。俺はどうしようかと思ったが、とりあえず手を繋いだ。気恥ずかしい。かなり気恥ずかしい。和美とは手を繋ぐのに付き合いだして一ヶ月もかかったというのに、こいつとは出会って二日で繋いでしまった。うぉー、恥ずい! 恥ずいぞ! っていうか初めての出会いで裸晒してるじゃん、俺!
 内心悶えている俺の隣で、作者が小さく溜息をついたことに、俺は気づくこともなかった。


 ということで――どういうことかは聞くな――、俺と作者は繁華街に来ていた。市内最大の繁華街であり、ここらの地域で一番多くの人が利用する地だ。ちなみに俺はあまり来ない。買い物できないし、来ても意味ないから。
「とりあえずどこ行く?」
 何にも考えてなかった俺は作者に尋ねた。すると、作者は頬を膨らまし不機嫌を表す。
「ちょっとー、何にも考えてなかったわけ? 女の子をリードするのが男の子の努めでしょ」
「あー、そうなんですか。はい、ゴメン。なら映画でも見に行く?」
「いいね。私、映画観たことないから。自分で創ったけど、文字でしか観たことないのよねー。確か今はアドベンチャーものと恋愛ものの二本が有名なんでしょ。私は恋愛もの観たいなー」
 世界の創造者らしい発言。そうか、こいつは文字でこの世界を創り上げたんだっけな。
 昨日、俺は作者からどうやってこの世界を創ったかを簡単に教えてもらっていた。彼女は原稿に文字を書いてこの世界を創っているのだ。そう、この世界は彼女の物語。小説の中身というわけ。だから昨日、作者は原稿用紙の入った袋に万年筆と持っていたわけ。実に分かりやすい。
「じゃあ、映画観に行くか」
「うん♪」
 しかし、こうしていると普通の女の子にしか見えないよなぁー。可愛いし。こんなんが世界を創った人だなんてなー。っていうか人じゃないか。たぶん。
 で、俺はそんな人と一緒にデートしてるわけだ。なんかすっごく実感湧かない。ただ普通に女の子とデートしている風にしか思えない。まぁ、そりゃ隣に並んでいるのは端から見れば普通の女の子だし。うん。
 とりあえず手を繋ぎながら映画館へ。映画館まで他愛もない話をして盛り上がる。何というか、この世界を創ったくせに作者はかなり無知だった。アレは何、コレは何、と俺に聞いてくる。本人曰く実物を見たことないから分からないらしい。自分のイメージ通りのものもあれば、違うものも多いとか。なるほどね。
 そして映画館に到着。
「って、あー! お金ない!」
「うそぉ! あんた、それじゃあ映画見れないじゃん!」
「だって俺貧乏だし。そうしたのあなた様ではないですか」
「うっ。ちょ、ちょっと待ってなさいよ」
 鞄からなにやら原稿を取り出す作者。そして万年筆も出し、先を少しなめてサラサラと文字を書く。すると……。
「おお! 何故か俺の財布の中に一万円札が! 諭吉さんだ、諭吉さんだ!」
 かなり久々に拝む福沢諭吉殿。最近は夏目漱石殿――今は野口英世さんです――すら拝んでなかったからな。ありがたやありがたや。
「ほら、拝んでないで、そのお金で入るわよ。映画、もうすぐ始まるみたいだし」
「分かった。チケット買ってくる」
 チケットを買い、俺と作者は中に入った。
 中は案外広く、平日ということもあって人はかなり少ない。真ん中の二席を陣取る。ついでにポップコーンを買ってきた。ああ、何年ぶりに食うんだろ、これ。感動の涙で目が霞む。
 ポップコーンを二人でぽりぽり食べていると、映画が始まった。ビーッという音と共に場内が暗くなる。そして、スクリーンに映像が映り出す。
 お互い無言でスクリーンを見る。役者達がアッサリとした恋愛を演じている。意外と好感が持てる作品だ。
 段々とクライマックスが近づいてくる。すると、肘掛けに置いていた手に何かが覆い被さった。見ると、作者が俺の手に自分の手を重ねていた。ドキドキが増す。
 スクリーンの中では、丁度キスシーンのところだった。きゅっと、作者は強く俺の手を握る。頬がカッと熱くなる。空いている手でポップコーンを乱暴に口の中に入れる。塩がきいてしょっぱい。
 そしてそのまま、映画は終わった。
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