不幸の理由。作者の溜め息。

その4

「で、お前は誰なんだ」
 ズキズキと頭が痛み出す。どうやらこれは臨界点を突破しそうなストレスが原因のようだ。後で半分が優しさでできているバファ○ンを飲んで治すとするか。あ、半分が優しさなら効力は半分だよな、これって。
「誰って、呼んだのあんたじゃん」
「俺?」
「そう。あんた」
 奇天烈女はそう言って俺を指さす。突然のことで訳が分からない。全くもって話が飲み込めない。
「だからコマはアホで嫌なのよね。いい? 私はあんたこと大和田勇気野郎に呼ばれてわざわざこの場に出てきてあげたの。分かる?」
「っていうか初対面のやつにアホとか言うな。しかも何で名前知ってるんだ!」
 ま、まさか、やーさんが俺の個人情報を突き止めて一斉調査でも始めているのか。
「ばっかじゃないの? コマの名前くらい分かるわよ。あー、もう。出てこなきゃよかった」
「コマ?」
 意味がよく分からない単語が出てきたの、思わず聞き返してしまう。
「そう、コマ。ま、あんたは知らなくてもいいの。で、あんたは何が聞きたいわけで私を呼んだの? 簡潔にアッサリと述べなさいよ。くどいのキライだからね」
「何て言うか呼んだ覚えがないのですが?」
 とりあえず率直に思ったことを言う。うん。俺、こんなやつ呼んだ覚えないし。明らかに痛い女性の方に用はないのです。むしろ俺は今いろいろと悩んでいるのですよ。忙しいのですよ。だからさっさとこの場から去ってほしいのです。宙に浮いていることは黙認しますから、だから去ってくださいよ。マジで。
「何言ってるのよ。呼んだじゃない。ほら、『あー、もう! 誰か責任者出てこい――!』って大きな声で」
「は? あ、あれ?」
「うん。あれ」
 確かに俺はそう叫んだ。そう叫んださ。でもね、呼んだのは責任者。こうして俺が不幸な原因であるお方なのよ。不幸の分配具合を間違えたおバカさんなんですよ。
「んもう、だから言ってるでしょー。私がその責任者。て言うか作者。うん。あんたがそんだけ不幸なのも私が原因。ドゥーユゥーアンダァースタンド?」
 もう俺の頭の中は混乱のしすぎで飽和水溶液。ああ、溶けきらないのが出てくるよ、出てくるよ。ぽろぽろ出てくるよ。
「って、なんか表情が逝ってるよ? 大丈夫」
「ぐろあぁぁぁ! 人をバカにするのもいい加減にしろよ! 何だよ、その変な服は。この奇天烈電波女が!」
 そう言うわけで帰る。やってられない。帰りますよ、俺は。
 クルリと反転。公園の出口に向かって前進。が、
「ぐぇっ!」
 何かに首元を掴まれたような感覚。しかし、俺の首元には何もない。そして宙に浮いていた奇天烈女はそのまま俺の前に移動する。
「言ってはならないことを言ったわね」
「はははは、はひぃ?」
 ただならぬ雰囲気にびびり舌を噛む。痛い。結構痛い。
「死になさい!」
「ええぇぇぇぇ!」
 意識がぶっ飛んだ。

   *

 気がつけば、辺り一面真っ白な場所にいた。ホント何もない。そして、俺の姿もあられもない姿だったりする。
「うわぁぁ、何で俺、裸!?」
 葉っぱ一枚身につけていない姿だ。いや、葉っぱ一枚つけた方がもっとやばいだろうけどさ。
「なななな、何で俺、こんな恰好してるの?」
「私の恰好をバカにしたからよ」
「え?」
 頭の中に直接響くような声。その声に俺は聞き覚えがあった。ええっと、確かついさっきまで聞いていた声の気がするのだが……。
「あー、さっきの奇天烈電波女か!」
「死ね」
 突然ただ白いだけだった辺りの風景が、別の意味で真っ白に。まぁ、なんていうか、冬の季語で覆い尽くされたわけですよ。
「うおおぉぉぉぉ! さみいいぃぃぃぃ! 死ぬ、死ぬ!」
 辺り一面銀世界ならまだマシも、残念ながら雪景色プラス猛吹雪だった。なんて言うか、冬山? ていうか、ここ日本?
「悪い、悪かった! 俺が悪かったから何とかしてくれ!」
 そう言った瞬間、辺りが再び真っ白な世界に戻る。ああ、死ぬかと思った。
 まだがたがた震えている俺の前に、ふわりと奇天烈女が現れた。
「これで懲りた? もうあんなことは言わないわよね?」
「は、はい。もちろんであります。金輪際あんなことは申し上げませんとも」
「うむ、よろしい」
 そう言って満足そうに微笑む女性――奇天烈女というのは止めておこうと思う――。しかし、明らかに変だ。変すぎる。
「で、一つ聞いていいですか?」
 恐る恐る挙手。こんなにびびりながら、しかも全裸で質問なんて滅多に経験できるものじゃない。できるならば経験したくなかった。
「ん。何?」
「あなたは誰?」
「あれ、言ってなかったっけ? ごめんごめん。私はこう言うものです。はい」
 そう言って彼女が差し出した名刺。
「世界系創作作家『世界乃作者』(せかいの さくしゃ)? は、はぁ!?」
「まぁ、そう言うこと」
 もう混乱のしすぎで今の心境を表現する言葉もない。語彙が少ないのは哀しいな。
「何て言うか、この世界を創ってんの、私なんだよねー。だから世界系創作作家。名前はペンネームだからね。本名はひみつー♪」
「こ、これってどういう意味なんで、すか?」
「ああ、そういや分かんないよね。仕方ないから教えてあげよう。私は簡単に言ってしまえばこの世界、あんたが生活しているその世界の作者なのです。つまり創造者。地を創り、山を創り、川を創り、木を創り、動物を創り、そして人間を創った人なんだよー。すげーだろ? あ、その証拠はもう身をもって体験したから分かるでしょ? 分からないって言うならもう一度やるからね?」
「し、信じます。分かりました。分かりましたから同じことは勘弁してください」
 何度もこくこくと頷く俺。つまりだ、俺の目の前にいるのは……。
「じゃ、じゃあ、あんたは神様ぁ! って、いったぁ!」
 思いっ切り頭を殴られた。痛い。かなり痛い。
「神様じゃない! 作家だ。私をあんな変な信者集めるようなやつと一緒にしないでほしいな。あれは作品を面白くするために私が加えたテイストだ。所詮物語に登場するコマの一つにしか過ぎない」
 真顔でそう言う作者。つまり、彼女はあくまでも作家であり、神ではなく。そして中に出てくるのはコマ。自分の創った登場人物って訳か。
 そうなると、先ほど俺の名前を何で知っていたのかが分かる。それは俺も彼女の作品の登場人物にしか過ぎないからだ。
 なーんか釈然と来ない。そらまぁ、自分が誰かの手のひらの上で踊っているだなんて、なぁ。映画みたいなシチュエーションじゃね、これ。
「これで分かった? あんたが私を呼んだのよ。責任者は一応私だし。まぁ、本当は出て行く気なかったんだけど暇だし。あーあ、前はよかったよ。あんたらを戦わせたりいろいろできて面白かったのにさ。物語って成長するじゃん? だからか平和な物語になっちゃってつまんなくなってきたのよねぇー」
 そんなこと言われても困りますよ、作者さん。てかなんか俺、順応してる? うそーん。
「ま、とりあえずあんたが不幸な訳を教えてあげよう。せっかくここまで来たのだから」
「マジっすか!」
「おう、マジマジ大マジ」
 俺は作者の手を握り感激のあまり涙を流す。ああ、これで原因さえ分かれば今の状況を脱却できるかもしれない。解決策を練れるかもしれない。
「理由はね、退屈だから」
「は?」
「だから、退屈だから。平穏の中にもおもしろさってあるのよねー。あんたみたいに不幸キャラ創っておけばいたぶれるしいいかなぁーって」
 唖然呆然僕童貞。石化しちまったぜ、全く。
「何! ウソ! それだけ!?」
「うん。それだけ」
 十六年間、何で俺はこんなにも不幸なのか悩みに悩み続け、そしてやっと分かったその答え。ああ、なるほど。退屈だからなんですね。つまり、俺の不幸を見て楽しむってことなんですね。ああ、よく分かりましたよ。よぉく分かりましたよ、作者さん。
「って、納得できるかああぁぁぁぁ!」
 怒りに身を任せ、作者に飛びかかるがアッサリ避けられ、見事に地面と盛大なキスを交わす俺。
「裸で飛びかかったら単なる変態じゃない」
「うっせぇ! こうしたのはお前だろ!」
 結局のところ、理不尽な点は理不尽なまま。涙がだらだらと出てくる。
 ただそれだけの理由で、俺は不幸だったのだ。いや、だったではない。これからもそうだ。きっとそうだ。不幸のままだ。
 そう考えると、さらに気が重くなり、哀しくなる。一体何のために俺は生きているのだろうか。こいつの暇つぶしのために生きているのだろうか。
「ちょっ、あんた。何泣いてんのよっ」
 何故か作者はおろおろしながら俺の周りを右往左往。何をやっている。お前が泣かしたのだろうが。こんちくしょう。
「うぅぅ、気にするな。これは絶望を感じたときに出る汗だ。汗なんだ。俺の体液なんだ。決して涙とかいうしょっぱくて女の子最強の武器じゃない。ちなみに男が使うのはキモイって言うのは差別だと思う。うぅぅ」
「明らかにおかしいし、気持ち悪いわよ」
 ぐさりと一言。もう、ホント死にたい。
「じゃあさ、一つお願い聞いてくれたらあんたの不幸設定を消してあげよう!」
「マジか!」
 先ほどまでの哀しみの俺を速攻脱ぎ捨て、作者の手を取る俺。
「あんた、調子いいわね」
「不幸脱却のためなら何でもやりますよ。例え悪魔に魂を売ろうとも!」
「いや、売っちゃ駄目でしょ。悪魔に」
 なかなか厳しいツッコミが入るが気にしないでおこう。
「で、願いって何ですか。俺にできることなら何でもやりますよ、はい!」
「分かった。分かったから裸のまま迫ってこないで。見たくもないし。ていうかキタナイ!」
「あ、はい。すいませんでした」
 縮こまる俺。そう言えば、俺ってあられもない姿だったんだった。忘れてた。
「よし。じゃあ、言うわね。よーく聞くのよ」
「はい、作者どの。分かりました!」
 正座したまま俺は次の言葉を待つ。さぁ、俺の不幸脱出のための条件は何だ。
「一日、私と付き合いなさい」
「へ?」
 と、まぁこうして俺はこの世の『創造者』と一日、デートをする羽目になったのだった。
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