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僕らの学園

第8話

 さて、四日目。この日は森林ハイクだった。中学部の子二人、小学部の子三人でチームを作り、森の中のチェックポイントを回っていくのだ。この企画は由喜さんが考案したもので、準備は全て由喜さんが行っていた。
「さぁ、みんな頑張って回るのよぉ!」
由喜さんのことだ、とんでもないルートを考えてるに違いない。だって僕にすら教えてくれないし。
「あのぉ、上宮先生」
「ん?」
 後ろから声をかけられて振り返ると西山さんがなにやら困ったような顔をしてたっていた。
「どうしたの西山さん?」
「なんか私、余っちゃったみたいで……」
「え?」
 僕は考え込んだ。中学部は全員で九人。小学部は十二人。中学生二人に小学生三人で一チーム。つまり四チームできる。小学部の子は全員ちゃんと割り当てられるけど確かに中学部は一人余る。
「あれ、余っちゃった?」
「はい、余りました」
 嫌な沈黙。他のチームに入れさせようと辺りを見ると、すでに他のチームは出発していた。
「ちょっと待ってね。由喜先生と話し合うから」
 僕はトランシーバーを取り出した。この山中、携帯ではつながらないからである。
「あ、由喜さん。実は西山さんが一人余っちゃって。どうしましょうか? 他のチームも出発しちゃったんで……」
 その時、予想もしなかった答えが返ってきた。
「じゃあ、一君と一緒に回ればいいのよ。ほら、地図余ってるでしょう?」
 僕、唖然。何? 西山さんと回れだって? それだったらこのハイクの意味がない。このハイクの意味は小中学部の親睦。そして助け合い精神の育成。自然の中でも生きていけるための心得を身につけるためだ。
 なのに先生の僕が西山さんと一緒に行ったら意味がない。しかし、よくよく考えたらそれ以外に西山さんがハイクに参加する方法はない。だって一人で行かせるわけには行かないし。しかも僕はルートを知らない。一応僕は西山さんに尋ねた。
「あのね、西山さん。余っちゃったのはこっちの不手際だったので申し訳ないけど僕と一緒に回らない? 僕もルート知らないしね。どう?」
「え? 先生と回れるの? ホント?」
「うん。悪いけどね……」
「ううん、そんなことない。嬉しい! 先生と回れるだなんて」
 西山さんの反応は意外なものだった。彼女は目をきらきらさせて、体全体で喜びを表した。これは先生がいると楽に回れるから喜んでいるのかな? それとも他の理由かな? 今はとりあえず、時間がなくならないうちに出発しなくちゃならなかったので、僕は地図とコンパスを持って、西山さんと一緒に出発した。

 ミンミンと蝉が鳴いている。
 それに暑さも加わり更に僕はイライラしていた。
 そう、僕は見事迷ったのだった。
 迷った原因はもちろん僕であった。まず、地図の北とコンパスの北は少しのずれがあることを忘れていた。これだけならまだましも地図は西山さんに持たしていて、その西山さんがなんと地図をさかさまに見ていたのである。
 なんてことだ。
 途方にくれる僕の横で西山さんはかなり楽しそうにしている。
「せーんせい。次はあっちの方に行ってみましょうよぉ。どーせ迷ったんですから」
 西山さんがこんな天然なキャラだとは思ってもみなかった。とりあえず僕は西山さんの勘に頼り、森の中をさ迷った。
「先生、私のどが渇きましたぁ。何か飲み物ないですか?」
「え、確か僕のかばんに……。あった。でもこれ僕がさっきの、あっ」
 僕が言い終わらないうちに西山さんは僕の飲みかけのペットボトルを奪い、ぐいっと飲んでしまった。
「ぷはぁ。生き返ったぁ。あ、私、先生と間接キスしちゃった。てへ」
 完璧に遊ばれている。僕先生なのに……。
「こら。何言ってんの。ほら、行くよ」
「あ〜、先生待ってよぅ」
 僕は足早に進む。更にイライラは増す。ああ、早く元の道に戻れますように。無事に帰れますように。僕は上を見上げた。木の葉の間から雲が見え、鳥が飛んでいた。ああ、鳥になりたい。大空を自由気ままに飛んでみたい。
「先生。何言ってんの?」
「わぁ!」
 思っていたことを知らずに言ってたらしい。
「い、いや。何でもないよ。うん」
「鳥になりたい?」
「ええっ!」
 しかもはっきりと口にしていたらしい。
「え、まぁ、なってみたいなぁって思って」
「ふーん。先生は鳥になりたいんだぁ。なら私も鳥になりたいな」
 何を言ってるんだこの娘は。とりあえず足を進める。とまっていては駄目だ。
「ねぇ、先生」
 突然、西山さんが真剣な声で僕を呼んだ。
「ん、何?」
「い、いやなんでもない」
 西山さんの顔を見ると真っ赤になっていた。僕が目を合わせるとあわてて目をそらし、そして木の根につまずきこけた。
「あ、西山さん大丈夫?」
「イテテ……」
どうやら捻挫したようだ。足首の辺りがじんわりと腫れる。僕はとりあえず応急処置を施した。
「もう大丈夫。歩ける?」
「ん、イタ! ちょっと無理みたい」
「困ったな」
 あと一時間でハイクは終わる。僕はトランシーバーで由喜さんに連絡を取った。
「由喜さん、実は西山さんが足を捻挫しちゃって。どうすればいいですか?」
「おんぶして運べば? 私、今手が離せないのよ。チェックポイント間を急いで移動しないと駄目だから。まぁ頑張れ」
 由喜さんはそう言うと一方的にトランシーバーでの交信を終わらしてしまった。マジでおんぶして運ぶのか? とりあえず僕は西山さんに聞いてみた。
「あの、西山さん。このままじゃ動けないから、その、えーと、僕がおんぶして運ぼうか?」
「……」
「……」
 お互いの間に沈黙が流れる。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて、お願いしちゃおうかな……」
 西山さんはぽつりと言うと僕の背中に飛び乗った。
「おっと」
 僕は西山さんをしっかりとつかみ森の中を再び歩き出した。西山さんはずっと黙ったまま。
「どうしたの?」
「え、あ、うん、なんでもない」
 と言って彼女は僕の背中に顔をうずめる。そうして森の中を歩き続けて一時間。何とかキャンプ場に帰ってこれた。僕は汗でびっしょりだった。西山さんをおろしていすに座らせた。彼女は顔が真っ赤だった。
「どうしたの? 体の調子が悪いの?」
「え、い、いや大丈夫。うん。暑かったから」
 彼女はうつむいてしまった。何か悪いことしたかなぁ。そうして、いろいろあった森林ハイクは終わった。
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