僕らの学園
第7話
とうとう今日から夏休み企画のキャンプである。天気は良好。まさにキャンプ日和である。心地よい風も吹いてるし、これは僕らへのご褒美かな?
「上宮せんせーい」
後ろから聞きなれた声がする。振り返ると西山さんがこっちに向かって走ってきていた。
「ああ、西山さん」
「先生、小学部のみんなはちゃんと整列させましたよ」
「そうか、ありがと。じゃあ行こうか」
「はい!」
西山さんはかなり張り切ってるようだ。表情から一発で分かる。小学部の子達も楽しみにしているのが分かる。だってさっきからワイワイキャッキャ、と楽しそうな声が聞こえるからだ。
「はい、では今からキャンプを行う場所へ行きます。ではしゅっぱーつ!」
「はーい!」
小学部の子達の元気良い声が後ろから聞こえる。うんうん、なんて素直で純粋な子供たちなんだ。僕は感心した。キャンプ地は学園から歩いて二十分。そんなに遠くない距離にある。
「一君、やっとこの日が来たね」
僕の隣からひょっこりと由喜さんが顔を出す。一体今までどこ行ってたのかが謎だ。
「一体何してたんですか? 由喜さんいないから一応僕が小学部の子達を見てたんですよ」
「いや、ごめん。ちょっと買出しに行ってたのよ」
「買出し? それは昨日の内に行ったはずですけど。何か買い忘れでもあったんですか?」
「いやなかったよ」
「じゃあ何買ったんですか?」
「秘密〜」
由喜さんはそうはぐらかす。う〜ん、一体何を買ったんだろうか。かなり気になる。なんだろな、なんだろな。
「上宮先生」
一体なんだろう。
「上宮先生」
かなり気になる。
「上宮先生!」
突然大声で僕を呼ばれたので僕は驚いてその声がするほうを向いた。そこにはものすごい形相をした西山さんがいた。
「もう、先生。何ボーっとしてるの」
「ご、ごめん。で、何か御用?」
「いや、先生がなんか考え込んでたからどうしたのかなって」
「ああ、大丈夫だよ」
「そう?」
「そうだよ。ほら、もうキャンプ地が見えてきたよ」
「わぁ」
西山さんが感嘆の声を漏らす。それもそうだろう、この場所は僕が三日もかけて探し当てた場所なのだから。
早速設営を始める。中心となるのは中学部のみんなだ。あっという間に設営は終わった。設営の後は今日は自由行動となっている。僕は少しキャンプ地から離れた原っぱで寝転がっていた。雲はゆっくりと流れている。少しはなれたところから子供たちの楽しそうな声が聞こえる。
ねぇ、きみたちはさびしくないの?
ねぇ、きみたちはこわくないの?
少し感傷に浸っていると由喜さんがやってきた。
「何やってるの?」
「ん?ちょっと考え事をね」
「ふーん」
由喜さんが僕の隣に座り込む。
「あのね」
「ん?」
「私ね、一回この仕事いやになったことがあったんだよ」
僕は黙ったまま話を聞いている。
「何話しても無反応、無表情。そして生徒たちに罵られるんだ。なんで私一生懸命にやってるか分からなくなってね。やめちゃおうかって思ったりもしたの。でもね、この子達を見てね、やっぱりほっとけないと思ったの。だってこの子達は行くあてがないもの。私が見てあげないと駄目だって。だからお願い。私と一緒に居て、そして子供たちを守ってあげて」
由喜さんは今まで、この重圧を一人で背負っていたのだ。苦しかったのだ。嫌だったのだ。そして何より『さびしかった』のだ。僕は今ここではっきりと自覚した。僕は守ってあげないといけない。由喜さんを、子供たちを。だって僕は山原学園の教師だから、先生だから。僕は由喜さんをぎゅっと抱きしめてあげた。
「分かってるよ」
この日、雲はゆっくりと僕らの頭上を流れていた。
次の日、僕らは朝食を済まし、自然学習の為に山へ行った。近くに原山という山があり、その山は今でも多くの自然が残る山だった。生徒たちは黙々と自分の課題についての資料を見つけようと歩き回っている。が、一人、木にもたれかかって寝てる奴がいた。
「藤見君だ」
サボりというものだろうか。彼は寝ている。ホント真面目じゃないなぁ。僕は彼に近づき、彼を起こした。
「ほら、藤見君。起きなさい。今は寝るときじゃないだろ」
「ふぁ〜。誰だよ、たくっ。なんだ、上宮か」
うわ、なんかめっちゃ失礼。まぁ僕はもう慣れていた。
「こら、先生を呼び捨てにするな」
「何? 生意気言ってんだよ、この偽善者」
本当に藤見君には手を焼く、この子をなんとかしないとこの学園には平穏はこないであろう。前任の先生もこの子に追い詰められたそうだし。
「もう偽善者でもなんでもいいけどね、ちゃんと学習しなさい。ほら、君の課題は種子植物だろ」
「そんなのどうでもいいじゃん。面倒くさいし」
「そんな事言わずにさっさとやれ!」
僕は無理やり藤見君を立ち上がらせると原っぱのところまで連れてきた。
「いいかい。今からちゃんと学習するんだ。ほら、そこにホウコグサが咲いてるよ」
僕は藤見君の足元を指差した。
「何それ」
「ホウコグサ。キク科の植物さ。春の七草のひとつでね、そこら辺の道端や荒地に成育するんだ。」
「なんだ、雑草か」
「何言ってるんだ。雑草でもね、しっかりと生きてるじゃないか。ほら、ヒルガオも咲いてる。その花は野原などによく生育してるんだ。日中に花が咲くからヒルガオっていうんだよ」
その後も、僕はかなり嫌がる藤見君を連れて山の中を歩き回った。
「ほら、藤見君。エビネだよ。珍しい」
「先生、お、俺もう疲れた」
「何言ってるんだ。若いんだからこんなことでへこたれてちゃ駄目だろ。今日はみっちり植物について教えてやるからな」
「ええ〜。勘弁してよ、先生」
「あ、ほらこっちに来い。ホトケノザが咲いてるよ」
「なんか面白い名前だなぁ」
「あの二枚ずつの葉が大仏の台座に似ているからホトケノザっていうんだよ。春の七草にもホトケノザが出てくるけど、あれはコオニタビラコのことでこれとは違うんだよ」
「ふ〜ん、なるほど」
「それにしても藤見君。そろそろ興味が沸いてきたみたいだね」
藤見君はあわててそれを否定した。
「あ、ふん。俺が植物なんかに興味持つかよ」
「まぁまぁ、植物だって調べてみると面白いよ。ほら次はあのあたりに行ってみよう」
僕は藤見君の腕を引っ張り無理やり連れて行った。
「お、おい。俺は行きたくないんだよ」
「本人の希望は残念ながら叶いませんでした」
「はぁ?」
そして僕は藤見君に植物についてしっかりと教えてやった。終わったころにはもう日が傾いていた。
「先生、俺もう降参だわ。ここまでやってくれる先生初めてだ」
「え?」
「意外と楽しかった。アリガト」
藤見君は苦笑しながら握手を求めてきた。
「あ、うん。どういたしまして」
そして、僕は藤見君とがっちりと握手を交わした。
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