僕らの学園
第4話
教室の目の前で僕は足を止めた。
「ここか」
ドアの上の方に『中学部』という小さな看板がぶら下がっている。僕はまた大きく息を吸う。
「よし」
そして僕はドアを開けて中に入る。中の生徒達はみんなで話していたようで、慌てて自分の席に戻る。
「はい、では授業をはじめます」
「起立」
この学級で一番年上らしき生徒が号令をかける。
「礼、お願いします」
礼をすると生徒達は再び席に着く。
「えっと、今朝挨拶しましたが。今日から中学部の担任になります上宮一です。どうぞよろしく」
僕は挨拶したが生徒達は上の空。全く反応がない。
「えっと、では名前を覚えるために出席を取ります。大宮君」
「はい」
すると教室の端に座っている少し太った子が返事した。
「加藤君」
「はい」
今度は目の前に座っている少しやせた子が答えた。
「木下さん」
「はい」
そうして名前を呼んでいく。
「藤見君」
「……」
返事がない。
「藤見君?」
席順が書かれた紙を見る。すると窓際に座ってる子が藤見君と分かった。
「藤見君。いるんならちゃんと返事をしてよ」
僕は窓際に座っている藤見君を見て言った。
「意味ねーじゃん」
藤見君は窓の外を眺めながらぶっきらぼうに言った。
「え?」
「だから意味ないっていってんじゃん。どーせまた前の先生みたいに勝手に悩んで、勝手にわめいて、勝手に死のうとしてすぐやめちまうんだろ」
僕は一瞬凍りついた。なんてことをこの子は言うんだ。他の生徒達が少しざわつく。
「僕はそう簡単にやめないって。教師は夢だったからね」
僕は藤見君を刺激しないように優しく言った。
「なに偽善者ぶってんだよ。マジむかつくし」
僕は心にかなりのショックを受けた。僕は本心を述べたまでである。しかし、この子には嘘にしか聞こえない。これは典型的な人間不信だと僕は思った。教室はかなりどよめいている。僕は何とかこの場を丸く収め授業を進めた。しかし、やっぱり僕は動揺を隠すことができなかった。
結局授業は失敗に終わった。生徒達は結局、僕に話しかけることがなかった。僕は全く信用されていないようだった。僕は肩を落とし、職員室へ戻る。ちょうど昼ご飯の時間なので僕は用意された弁当を食べ始めた。なかなかおいしそうに見えるのだが全然味を感じない。
「なに偽善者ぶってんだよ、か」
午前の授業で藤見君に言われたことをぽつりと口に出す。
「あ、もう戻ってご飯食べてたんだ」
午前の授業が終わり、由喜さんが戻ってきた。
「あ、由喜さん。お疲れ様です」
「あれ? どうしたの。なんか暗いよ」
由喜さんは僕の表情を見るやいなや僕が落ち込んでいることに気づいた。
「あ、やっぱ分かります? 実は午前の授業が大失敗で。生徒に全然信用されてないんですよ。今までこんな事無かったものでかなりショックで」
由喜さんは僕の隣に腰を下ろし話を聞く。
「そりゃあ、初めは誰でもそうさ。この学校の子達はいろいろと事情を抱え込んでるからね」
「それは分かっています。でも……」
「でも?」
「実は藤見君になに偽善者ぶってんだよ、って言われましてね。僕は僕なりに誠心誠意で一生懸命にやってるつもりなんですけどね」
僕は食べてる箸を止める。由喜さんも黙り込む。少しの間沈黙が流れる。空気が重い。息が苦しい。背中に汗がにじんできた。何かが背中にのっている気がする。僕はそれを振りはらうかのようにご飯をかっ込む。そして水で流し込んだ。味は感じない。すると由喜さんが沈黙を破った。
「ねぇ、午後は小中学部合同で授業するんだ。私が担当するから一君は少し手伝って。じゃあ私は授業の準備をしないといけないから。午後は体育館でやるからね」
そう言うと由喜さんは職員室を出て行った。僕は立ち上がり窓を開けた。風は吹いていなかった。
午後の授業の時間になった。僕はジャージに着替え、体育館に向かった。すでに由喜さんがいて。生徒達も何名か集まっていた。
「あ、一君。こっちこっち」
僕は手招きされて呼ばれた。
「このボールに空気入れてくれない? 私は生徒達を集めるから」
「何の授業なんですか?」
「みんな仲良くなるためのドッヂボール。毎週月曜に仲良しプランっていうのをやってるのよ」
由喜さんはニコッと笑い、生徒達を集合させた。生徒達は笑っている。とても楽しそうに。
「はい、みんな。先週はリレーだったけど、今週はドッヂボールをしまーす。十一人と十人に分かれて」
みんながさっと分かれる。事前に決められてたようだ。
「はい、では試合開始!」
みんな元気よくボールを投げ合う。とても楽しそうだ。みんなこんな顔ができるんだ、と僕は思った。
その時、僕はハッと気付いた。僕は生徒達をどう思っていたのだろうか。きっとかわいそうや、哀れみ等の感情があったのだろう。僕は生徒に対して心の中でそんなことを思っていたのだ。生徒に対してそんなことを思ってしまう僕は教師失格だ。
僕は無性に泣きたくなった。大声を上げて、大粒の涙を流したくなった。
しかし、生徒達の笑顔を見ると新たな決意が僕の中に芽生える。僕はこの子らに笑顔をあげなければならない、この子らを守らねばならない。僕は目をこすり、窓の外を見た。大きな雲がゆっくり、ゆっくり流れていた。僕はグッと手を握り、子供たちの輪に飛び込んでいった。
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