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僕らの学園

第2話

 校長室は一階の昇降口のすぐ近くにあった。校舎は木造三階建てのようで、いたるところに補修の跡がある。こんな古い学校でも僕はラッキーだった。東京では、教員免許は取るものの職が見つからず。途方にくれていたところに友人からこの学校の紹介があった。やれ、本当に運がいい。給料はそんなに出ないけど、これからバリバリ働かねば。
「まずは一階を見て回るか」
 キィキィとなる廊下を歩いていく。昇降口の左に伸びる廊下側には、まず家庭科室、美術室、物置があった。右に伸びる廊下側には、校長室、理科一教室、理科準備室、理科二教室があった。どの部屋も古びていたが、なかなか小奇麗に片付けてあった。どの教室も、日が差し込みとても明るく、暖かかった。いや、暑いというべきかな。少し背中が汗ばむ。しかし、森の中にあるからだろうかそんなに暑苦しくはない。窓が開いていて、そこから心地よい風が吹き込んでいる。う〜ん、本当にいい場所だ。東京は息苦しかった。ここならリフレッシュできるかもしれないな。次は二階を見よう。そう思って階段を上り、踊り場のあたりまできたときだった。
「キャァァー!」
 突然、女性の悲鳴が聞こえたかと思ったら。頭上から何か大きなものが降ってきた。
「うわっ!」
 そして、僕の上に降ってきて、僕はその下敷きになった。
「うぅ〜。な、何だ?」
 目を開けると僕の上になんと若い女性が乗っていた。
「きゃぁ! ごめんなさい!」
 女性は驚き、そしてすぐに立ち上がった。
「イテテ」
「すみません、お怪我はないですか?」
 女性は心配そうにこっちを見る。
「あ、ああ。大丈夫です。はい」
 僕はパンパンとひざをはらう。
「なら良かった。で、あなたはどちら様ですか?」
 首をかしげ尋ねてくる。
「今日からこちらに赴任しました上宮一といいます。どうぞよろしく」
「ああ、話は伺っておりました。私は中嶋由喜といいます。こちらこそよろしく」
 そして僕は彼女と握手をした。白くか細い腕で僕が握ったら折れそうなほど細く見えた。
「えっと、どうかなさったんですか。突然上から落ちてきたのでかなり驚きましたが」
「ああ、実はこの書類を運んでいて」
 指差した先にはなんと段ボール箱が二箱あった。あの中にびっちりと書類が入ってるらしい。
「手伝いましょうか?」
「ええ、お願いします」
 僕はそのダンボールの重いほうを持った。かなり重たい。僕らは一階奥の物置へ向かった。
「本当に新しい先生が来てくださって助かります」
「え、そうですか?」
 中嶋先生はニコッと笑い言った。
「この学園には聞いたと思いますが私と校長しかいませんからねぇ。しかも校長はよく出張されるんで実質私一人なんです。それに前きた先生は精神的に追い詰められちゃって自殺未遂してしまいましたから。何故この学園に?」
「え、そーですねぇ。友人の紹介でしたしね。実は職が見つからなくて途方にくれてたんです。教師が小さいころからの夢でしてね。まぁ臨時教師なんで。中嶋先生は?」
「私も小さいころからの夢だったんですよ。それにここって自然が多いでしょ? 自然があるところって私好きなんです。それと、私のこと、先生って言うのやめてくれない? なんだか堅苦しいでしょ。私あんまり敬語好きじゃないんで」
 中嶋先生はこっちを見る。
「え、そーですか。なら中嶋さんで」
「えー、そんなの面白くないですよ。下の名前で呼んでほしいな」
 中嶋先生は意地悪そうに笑う。いや、実にいじらしい笑いだ。
「え、ええ。じゃ、じゃあゆ、由喜さんで」
「よろしい、じゃあ私は一君って呼びますね。ほら、そこが物置ですよ」
 中嶋先……、いや由喜さんはポケットから鍵を出すと倉庫の錠前をはずし、ドアを開けた。
「へ〜、結構広い部屋ですね」
「去年までは立派に教室として使っていたのよ。ほら、そこに置いて」
 僕は部屋の隅にダンボールを置いた。
「はい、どうもありがと。で、さっきから何してたの」
「えっと、校舎の中を回ってたんです。ほら、僕教室とかまだ分からないから」
「なるほどね。よし、私が案内してあげよう」
 ドン、と由喜さんが自分の胸を軽くたたいた。
「え、そうですか。ありがとうございます」
「ではではついて来なさい。それと……」
 ずいっと、由喜さん詰め寄ってきた。
「さっきも言ったけど敬語はやめてね?」
 少し、恐かった。


 その後、僕は由喜さんと一緒に校舎の中を回った。二階には四教室あり、そのうち二教室を使っているようだ。他にも会議室と小さな職員室もあった。三階には音楽室に広めの集会室があった。そして一階の校長室側の廊下の向こうには体育館がつながっていた。
「まぁ、大体このくらいね」
「どうも助かり、……助かった」
「いえいえ」
 そう話していると校門から校長先生が歩いてこっちに向かってきた。
「やぁ上宮先生。あれ、中嶋先生じゃないですか。もう上宮先生と仲良くなったのですか。それはいいことですね」
 校長先生はハハハと笑う。
「さぁ、寮のほうへ向かいましょう。ほら上宮先生」
 僕と由喜さんと校長先生はそのまま寮へ向かった。
 少し陽が傾いてきて、影が長くなっていた。そして目の前には木造の建物があった。
「ここがウチの寮です。山原寮っていいます。さ、こちらです」
 僕は校長先生に案内され中に入る。
「ここも三階建てで、一階が教員用の部屋と食堂、風呂。二階が女子生徒の部屋。三階が男子生徒の部屋です。さ、こっちが上宮先生の部屋ですよ」
 僕の部屋は奥から二番目の部屋だった。
「私は家が近いんで家に住んでいます。中嶋先生は隣の奥の部屋です。では、私はこれで失礼しますね。ではまた明日」
「ありがとうございました。さようなら」
 僕は深々とお辞儀をした。中に入ると先に送っておいた荷物がちゃんと入っていた。僕は置いてあったいすに腰掛けた。
「ふぅ、少しもらった書類に目を通すかな」
 僕は鞄にしまっていた書類を出す。
「ええ、由喜さんは僕より年下だったんだ。何々、二十三歳? 若いなぁ」
 とまぁ、僕はパラパラと書類を見ていたときだった。
「へ〜、一君って年上だったんだ」
「わっ!」
 どてっ!
 突然由喜さんの声がして僕は驚きのあまり椅子ごとひっくり返った。
「あ〜あ、そんなに驚かなくてもいいのに」
「イテテ。ゆ、由喜さん。何勝手に部屋に入ってるんですか!?」
 僕は打った鼻を押さえながら立ち上がる。
「勝手じゃないよ。ちゃんとノックしたけど返事がなかったしどうしたのかな、てドアを開けたら一君がぶつぶつ一人で何か言ってたのよ。それと、また敬語になってる」
「あ、そうなんですか。スミマセン……」
 僕はカァッと顔を赤くする。
「んで、一君って何歳なの?」
「えっと、今年で二十五」
「二十五歳ねぇ。二つ年上なんだねぇ」
 正直言うと、僕は由喜さんの方が年上に感じる。
「さて、今日は歓迎会ということで二人で乾杯しようか?」
「え、でも僕、酒弱いんだけど……」
「そんなこと気にしなーい」
 そして次の日、二日酔いで死にそうになったのは言うまでもない。
 夏の始まり。そう、ちょうど七月の最初の日曜日だった。
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