僕らの学園
第1話
森の中のね、小さな学園だった。悩み事もあったけど、みんなくじけず前向いて。ワイワイ キャッキャ ああ、愉快だね、眩しいね。すべてはここから始まった。
青々と生い茂った葉と葉の間に、夏の暑い陽がこぼれる。蝉の声が遠くから聞こえ、初夏の心地よい風が頬を抜ける。山々の木々は風でゆれ、それに合わせて陽の光も踊る。そんな自然の中に、ぽつんと小さな駅があった。
「山原ぁ〜山原ぁ〜、お忘れ物の無いようにお降りくださいぃ〜」
キィキィとさびた鉄の音を鳴らし、2両編成の電車が入ってくる。
「ドアが開きまぁ〜す」
車掌の間の抜けた声と共に電車のドアが開く。そして一人、二人とその駅で降りた。
「ふぅ、ここか」
僕は大きな鞄を抱え、夏だというのにコートを羽織ってぼそりと呟いた。
「おお、にぃちゃん。もう夏だというのに暑くないんけぇ?」
トラクターに乗り、麦わら帽子をかぶった中年男性に声をかけられた。
「鞄に入らなかったもので。はは、さすがに暑いですねぇ」
苦笑いを浮かべコートを脱ぎ、腕に掛けた。
「何処から来たんだぁ? ウチの者じゃないじゃろ?」
「東京から来ました。ここにある学園の臨時教師として来たんです」
「はぁ〜、東京からかぁ〜。そんな都会からようきなすったぁ。んでも、ウチの学園ですかぁ。よくまぁそんなところに……」
トラクターの男はそこまで言いかけたが僕を見て、言おうとした言葉を、飲み込んだ。
「まぁ、あの学園はこのたんぼ道を真っ直ぐ行って、森の中の道を抜ければ着きますわ。んでは、失礼」
「いえいえ、どーも」
そしてトラクターの男はさっさと行ってしまった。
「大きなお世話だよ」
僕はそうつぶやくと、鞄を持ち、歩き出した。太陽は高く高く昇っていた。
田んぼのあぜ道を通り抜け、森に入った。ヒヤッとする風が心地よく、葉に太陽の陽があたり眩しく輝いている。
きれいな所だ。東京ではこんなところなかったからな。
大きく息を吸い、歩調を速め学園へ向かう。少し傾斜のある坂を黙々と歩く。
コートをかけている腕は少し汗がにじんでいる。風が吹くたびに森は囁くような声を出す。静かな森の中で聞こえるのは鳥のさえずりと葉が揺れる音だけ。
やけに光が差す場所に出たかと思うと目の前に木造の古い建物が見えた。門らしきものがあり、そこには少し古びた看板が掛けてあり「山原学園」と、書かれていた。
「上宮せんせーい」
そう呼びながら校舎から一人の男が僕のほうへ走ってきた。
「校長先生。どうもご無沙汰してます」
「いや、上宮先生。はるばる東京からご苦様です。うちも教員の数が足りなくて……本当に助かります」
校長先生ペコリと頭を下げた。
「いやいや、そんなことないですよ。僕は仕事に来てますし、それに一度こーゆーところに来てみたかったんです」
「そうですか。ならよかった。では、立ち話も何ですし中に入りましょうか」
校長先生について行き校舎の中に入る。
中に入るとまず、古い木の香りがした。今時木の校舎は珍しい。日当たりのいい場所に立てられてるせいか中はものすごく明るかった。木の床の上を歩くたびにキィキィという音が鳴るのもいい。そういろいろ考えてるうちに校長室に着いた。
「では、お掛けください」
僕は校長室の真ん中にある大きく古びたソファーに腰を掛けた。
「では、この学園についてお話ししますね」
校長は棚から何かの書類を出したかと思うと目の前の机に置いた。
「この学園の全校生徒は二十一人です。この学園の生徒は何らかの事情で全国から集まった子供達です。親から虐待をうけた子、いじめをうけた子、周りの環境になじめなかった子。など沢山の事情を抱えた子供達です。そのため、年齢の幅は広く。一番下で小学二年生、上で中学三年生となっています。子供たちはここから少しはなれた寮で生活してます。教員もそこで生活するようになっています。まぁ児童相談所と学校がくっついたもんですかねぇ。なんで国からも何とか運営できる額の補助金をもらってるんです」
「なるほど。で、何故教員の人数が足りなかったのですか?」
「一応私立ですからね。国はお金はくれるけど人はくれないんです。それに誰もやりたがらないんです。こんな生徒達ですから逆に先生が精神的に追いつめられたりするんです。今まで来た先生の中には自殺しそうになった先生もいるんです。それにこんな田舎だし、私立というのも加わり先生が集まらないんです。今、ここの先生は私ともう一人、中嶋先生しかいません。あ、それと上宮先生ですね」
僕は目の前の書類を手に取った。
「これは?」
「これはあなたが担任する生徒たちの書類です。担任といっても二十一人しかいませんからね。一応九人ということになってます。困ったことがあれば中嶋先生に聞いたら大丈夫です。では、一旦失礼しますね。寮の様子を見てこないとだめなんで。先生は校舎の中を見といてください。また二時間ほどしたら来ますね」
そう言うと、校長は足早に校舎から出て行った。窓からはさんさんと日が差している。
「さて、学園の中でも見て回ろうかな」
僕は立ち上がり、校長室を出た。
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