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僕らの学園

第10話

 僕は由喜さんに教えてもらった場所で夜風に当たっていた。後ろから物音がしたかと思うと由喜さんが僕の隣に座りビールを差し出してくれた。
「ほら、お疲れ」
「あ、どーも」
 僕はそれを受け取りプシュッと缶を開けた。
「風が気持ちいいね」
「そうですね」
 風は静かに吹いている。
「……ごめんね」
「え?」
「キャンプの初日。あんな弱気な事言って。駄目だよね。ここで教師やってるのにあんなこと言ったら……」
「……。由喜さん」
「何?」
「僕がいますからね」
「え?」
「つらくなったり苦しくなったら、絶対に僕に言ってくださいね」
「……っぷ。あははは! 今のめっちゃクサいよ」
「ええ?」
「……ありがと」
 由喜さんは僕の方にもたれかかってきた。目の前で流れ星がいくつか流れていった。星の光が僕らは明るく照らしていた。



 夏休みも今思えばあっという間だった。気がつけば新学期。
 さて、張り切って仕事をしよう。僕は張り切って働いた。生徒たちもいつしか僕に心を開いてくれるようになった。由喜さんとも更に仲良くなった。
 ねぇ、見ているかい? 昔の僕。
 僕はこんなに頑張っているよ。もう、弱気になったりしてないよ。
 僕はこの学園、この生徒たちが大好きなっていた。
 木の香りがする校舎。子供たちの楽しそうな声のする寮。風で揺れる木の葉の音が木霊する森。光で輝く川のせせらぎ。
 何事も、好きになるのに時間はかからないんだね。
 ねぇ、見ておいてよ。僕は頑張るからさ。
 そう、僕は決意した。
 この時間、この場所、僕は全力投球で生きていく、絶対に何にも負けない、大切なものを守り抜く。そう決めたんだ。
 まだ、夏の暑さが残るこの場所。僕はこの秘密の場所で自分に誓った。


 決意の日から早三ヶ月半。学園生活にもしっかりと馴染み、山々はさまざまな色に染まっていく。その矢先だった。
「上宮先生」
 不意に廊下で校長先生に呼び止められる。何事だろう。
「何ですか? 校長先生」
「ちょっといいですか? 話があるんですが」
「は、はぁ。いいですよ」
「じゃあ授業が終わったら校長室に来てください」
 そう言うと校長先生は行ってしまった。その背中はなんだか悲しそうだった。
「どうしたのかな」
 僕は何の話か気になり午後の授業が身に入らなかった。
「先生どうしたの?」
 西山さんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「そうだよ。なんか変だぜ」
 藤見君も心配してくれているようだ。
「ん? いや、校長先生に話があるって言われてね。何だろうって考えてただけだよ」
「先生何かやらかしたんじゃないのぉ」
「い、いや何もしてないって!」
 教室は笑いに包まれる。この時は、まだ僕は何も知らなかったから良かったかもしれない。この笑い声が聞けなくなるなんて僕は思ってもなかった。


「では、上宮先生。そこにおかけください」
 授業が終わり、僕は校長室に来ていた。なんだか空気が重い。嫌な予感がする。校長先生の言葉もなにか暗い。
「実はこの学園が国有化されることになったんです」
「ホントですか!?」
「児童相談所としての役割を持ち、それでかつ事情を抱える子供たちを受け入れているというところが教育委員会のお偉いさんの目に留まったんです。これだけのことをしているのに何故私立なんだ、と文部科学省に文句を言ったらしく経営も苦しいこの学園が国立になることが決まったんです」
「そうなんですか。で、どうして僕が呼ばれたんですか?」
「国有化と決まった以上、この学園は特殊なのでしっかりとした教員を雇う必要があるのです。あなたはただの教員免許しか持っていない。普通このような学園で働くにはさまざまな研修を受けなくてはならないのですよ。中嶋先生も私もしっかりと研修は受けましたが上宮先生は臨時教師ということで教育委員会から人事異動命令が出ました」
「ええ?」
「国は新たに二名の教師、一名のカウンセラーを派遣することを決めました。上宮先生は本籍が東京にあるので東京の学校に人事異動ということになりました」
 僕は何がなにやら分からなくなった。僕はこの学園を離れなくてはならないのか? また東京に戻るのか?
「上宮先生。せっかくこの学園にも慣れてきたというところで気の毒ですが一応十二月までということで決まっています」
「……」
「上宮先生?」
「……校長先生。頼みがひとつあります」
「はい、何でしょうか?」
「このことは僕が去るその日まで誰にも言わないでください」
「え?」
「生徒にも、中嶋先生にも。お願いします」
 僕は震える声で校長先生に頼んだ。
「……分かりました。このことは皆さんには言わないでおきましょう」
「では、失礼します」
 僕は校長室から出た。
 泣きそうだった。
 でも、僕は泣かなかった。
 まだ二週間ある。その二週間は僕はこの学園の先生なんだ。くよくよしてたら駄目だ。僕はこの学園の生徒たちを守り、そして成長させないといけない。
 そう、それが僕の使命だから。
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