PREV | NEXT | INDEX

Every Day!!

3-6

「相談?」
「うん。大にぃくらいしかできる人がいないから」
 拓也は深く頷きそう言った。うっすらと頬が赤らんでいる気がする。俺にしかでき何ような恥ずかしい相談なのか?
 確かに、この寮で拓也が相談などをできそうな人物は俺しかない。第一、男子生徒の一が少なすぎる。しかも唯一の男性職員は拓也の親父さんだ。普通、この年頃の少年が親に深刻な――拓也が深刻そうな顔をしていたから――相談などできるわけがない。まぁ、そうだろね。うん。ていうか、どれだけ偏っているんだ、この寮は。
 とりあえず俺は拓也の正面を向き、話を聞いてやることにした。こういう風に頼られるのは嫌ではない。いや、むしろ歓迎だ。男同士、腹を割って話し合うことはいいことだからな。うん。そうだ。きっと。
「まぁ、何もできないかもしれないけど、話なら聞けるし。何でも言えよ。さすがにこの寮じゃ、俺にしか喋れないのは分かるからな」
「うん。あのな……」
 それから拓也は、胸の内を一切俺に晒してくれた。そりゃもう熱血に、額にうっすらと汗が滲み出るくらい、熱々と語ってくれた。ていうか相談なんだけどね。
 そして、話をし終えた拓也の顔は実に爽快で、俺はげっそりとしていたのだった。
「ありがと、大にぃ。話を聞いてくれただけでもスッキリしたよ! なんか、自分だけで何とかできそうな気がする。じゃあね! 大にぃ、おやすみ!」
 そう言って部屋から軽快に出て行く拓也。
 ああ、疲れた。とりあえず俺は布団を引っ張り出した。妙に湿気ってる。あー、ちゃんと干さないとな。そろそろ夏が近づいてくるし。ていうか梅雨時だし。
 布団を敷きながら、拓也の話を反芻する。
 拓也が俺に相談してきた内容は……、好きな女の子の話だった。
 とりあえず、俺は黙って話を聞いた。どうやら、その女の子は他の男子からも人気があって、すごく近づきにくいらしい。それでも、拓也はその娘が好きらしい。
 まぁ、それはよくある話だ。
 ありふれた答えで俺はその相談に乗った。なんだか、心がちくちくと痛んだ。
 これ以上、拓也と話をしていたら気が狂いそうになりそうなところで、拓也は部屋を出て行ったのだ。
 大の字で布団に寝転がる俺。
 そう言えば、俺に誰か好きな人ができたことは、あのとき以来全くないことに気づいた。
 大八橋学園に来て、いろんな人と出会い、慌ただしくも楽しい日々が続いた。その反面、自分に構う余裕がなかった気がする。
 今は違う。
 球技大会が終わり、今学期はもう夏休みまで何もない。自分に構う余裕ができれば、周りを見渡す余裕もできた。
 そして、佐織が転校してきた。
 中学の頃、俺は佐織が好きだった。それは確かなことだった。
 でも、今はどうなのだろうか? 俺に好きな人はいるのだろうか?
 ここに来て、まず花梨に出会った。紗英さんに沙希さん。そして玲先輩。恵里と拓也とも再開し、和彦ともまたつるむことができた。須野とはあまり仲良くないけど、出会った頃と比べれば須野もだいぶ棘が取れてきたと思う。
 様々な人と出会った。様々なことがあった。
 が、考えてみろ。俺は漫然とその流れに乗ってきただけではないのか?
 自分の意志で自分が望むがままに行動したことがあっただろうか。ただ、こうすれば何とかなるだろうなというような行動しかできていないんじゃないのか?
 漠然とした不安感。今の、ただ流されるような生活が壊されることに対する恐怖。
 そんなものに、俺は今まで無意識に怯えて暮らしてきたのかもしれない。
 誰かを好きになれ、ということではない。自分の手で何かをしないといけない。そんな感じがするのだ。
 佐織はきっかけに過ぎず、拓也はそのきっかけを生かしてくれた。
 ジジジ、と光る電球。佐織と拓也に感謝しないといけないなと思う。でも、自分が動けるかどうか分からない。
 今の生活が壊れてしまうことへの恐怖。それはきっと、佐織との事件が原因で、俺の中に芽生えてしまったのだと思う。
 だからといって、俺は佐織を責めることはできない。悪いの俺なのだ。あのときの記憶は、今でも鮮明に思い出すことができる。
 とりあえず、考えないといけない。
 これから俺がどうするのか。どうしたいのか。
 昔のことにとらわれ、全く進むことができないことは分かっているのだ。なのに、何もできないからタチが悪い。
 佐織との話はケリがついていない。でも、無理にケリをつける必要はあるのだろうか?
 むしろ、これから新しい関係を佐織との間に築いていく方が重要課題じゃないのか?
 頬を力一杯叩く。痛い。やらなきゃよかった。でも、気合いが入った。
 うじうじしてるのは俺には似合わない。考え込むなんて全く俺じゃない。
 行動する。それが俺のスタイルだ。部屋で一人で考え込むのは俺以外の誰か暗いやつがやればいい。
 そう考えると、今まで考えていたことがバカらしくなる。確かに、バカだな。俺。こんなこと、考える人間じゃないのに。
 目を閉じる。真っ暗で、何も見えない。
 そして、瞼の裏に広がったものは――
 ――こういうときだけ、嫌なことを思い出してしまう俺は、つくづく運がないな。
 意識は、闇の中へ――
PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2005-2008 All rights reserved.