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Every Day!!

3-4

「久しぶりだね」
 沈黙を破ったのは佐織だった。
「ああ、そうだな……」
「元気だった?」
「とりあえずは」
 しかし、どうも淡泊な会話。すぐに話が切れてしまう。
「ねぇ」
 佐織はそう言って、俺に近づく。
「私、大地君に言わなきゃいけないことがあるの」
 辛そうな表情。佐織がこんな顔をするのは、俺の所為だ。
 全部。そう、俺の所為なんだ。
 ズキズキと、胸が痛む。その痛みは、奥に奥へと池に石を投げたように波紋を広げていく。
「ごめんね」
 佐織は告げた。言ってはいけないことだった。謝らないといけないのは、俺の方なのに。
「謝らないといけないのは、俺の方だ」
 そう言って、今度は俺の方が一歩佐織に近づく。でも、佐織は俺が近づいた分だけ、後ずさる。
「佐織?」
「え、エヘヘ」
 ――キーンコーンカーンコーン……
「あ、5時間目始まっちゃう。じゃ、じゃあね、大地……」
 佐織は踵を返して、教室を出て行った。誰もいない教室には、俺一人が残された。
「結局……」
 ――ケリ、つけられなかったな――


 5時間目をボーっと過ごし、あっという間にホームルーム。が、先生の話など右から入って左に抜けるように、全く頭に入らない。
 ゴンッ!
「いってぇ!」
「こーら、ちゃんと話聞く」
 生徒名簿で思いっ切り頭を殴られ、涙目になりながら見上げた先には、あきれ顔の沙希さんが立っていた。
「ほら、ホームルーム終わったぞ。それと、大垣先生が呼んでた。夏の大会まで後1ヶ月。そろそろ1次選考始めるんだとよ」
「1次選考?」
 はて、聞いたこともない。
「うちの水泳部、部員は多くないくせに希望種目はすっげぇだぶってんの。だから、とりあえずみんな競わせるんだって。で、毎年6月くらいに1次選考で何名か選んで、試合1週間前に2次選考で確定させるの。まぁ、あんたは確かバック(背泳)だっけ? 希望者、あんまりいないから大丈夫か。まぁ、タイムは計るからさっさといきな」
「はいさ〜」
 とりあえず机の横に駆けてある袋を手に、俺はノロノロとプールに向かうのだった。

「さて、これより、第十五回大八橋学園水泳部夏季総体校内種目第一次選考会を始める!」
 プールサイドで、上半身裸で叫ぶ大垣先生。てか先生、無理して漢字、並べなくて良いですから。はい。
「まぁ、てきとーにアップ(ウォーミングアップの意)やって、ちゃっちゃと計って帰るべ」
 うぁ〜、しかも速攻やる気ナッシング? とりあえず、俺はプールサイドで軽く身体をほぐす。
「大地さん。調子、どうです?」
「あ、紗英さん」
 ストレッチしている俺の傍に、紗英さんがやってきた。水着の上からジャージを羽織っているってことは、今から練習だな。
「まぁまぁ、ですかね」
「そうですか。あ、種目、何でしたっけ?」
「バックですよ。人少ないから大丈夫だとは思いますけど」
 俺はチラリとプールを見る。水泳部の部員は30人。内、フリー(自由形、またはクロールとも言う)希望者は13名を数える。またブレ(ブレストの略の意。平泳ぎのこと)希望者も10名で、残りの7名は個人メドレーやバック、バッタ(バタフライの意)希望者ばかりだ。1種目につき、学校毎で3名の出場が認められているから、まぁ、バックはかなり余裕だ。
「とりあえず頑張ってくださいね。応援してますから」
「あはは、どうもです」
 紗英さんはペコリとお辞儀して、25メートルプールに戻る。
 プールサイドを見渡す。設けられている長いすを見て、既視感を感じた。
 ――そう言えば、あの席は佐織の指定席だったな――
 いつも、どんな大会でも、佐織はあの位置で応援してくれた。
 雨の中の試合でも、必ず傘なんてささずに、メガホンを叩きながら応援してくれたな。
 先ほど、空き教室でかわした会話が蘇る。
 あんなに、辛そうな表情の佐織。結局のところ、あそこまで追いつめたのは俺だ。なのに、俺は何の償いもできないで、ここでのうのうと生きている。
 どうすればいいか何て分からない。でも、やれることはやらないといけない。
 それが分かれば苦労しないよ――
 大きく溜息をついて、俺はプールに飛び込んだ。室内といえども、少し肌寒い水に肌がぶるりと震える。
 今は、とりあえず泳ごう。何も考えず。がむしゃらに泳ぐんだ。
 500程度泳いだ後、第1次選考会が始まった。


 個人メドレーが終わり、次の種目は自由形。女子100メートル自由形の第5コース(俗に呼ばれるセンターコース)で準備している人物を見た瞬間、俺の気分は奈落のどん底まで落とされた。
「何してるんですか、玲先輩」
「ん?」
 とか言いながら、玲先輩は振り返る。何故か水着姿。しかも競泳用。ゴーグルはミラーだし、キャップには『夜露死苦!スピード無制限!』と白抜きの豪快な筆で書かれている。
 なんか、セーム(吸水性に優れたタオル。水泳選手は全員持ってるはず)まで持ってるし。準備万端じゃないの。
「いやぁ、水泳もいいかなぁと思ってな。こうしてるわけだが。何? 問題でもあるのか?」
「だって玲先輩、空手部じゃないですか。大会の日程だってかぶってるんじゃ……」
「あーあー、そこはノープログレム」
 人差し指をチチチ、と横に振り、玲先輩は不敵に笑う。
「私はシード権ありの選手だ。こっちでやったあと、すぐに駆けつければ間に合う。まぁ、地区予選しか出ない予定だがな」
 そう言って胸を張る玲先輩。思わず目線がいってしまうのは本能というものだ。仕方がない。
「まぁ、とりあえず私の泳ぎを見ておけ。こうしてタイム計って泳ぐのは初めてなんだから」
「初めてなんですか……」
 大きな溜息を俺はつく。まぁ、玲先輩のことだ。もう何を言っても無駄だろう。
 ホイッスルが鳴り、玲先輩は台の上に上がる。あ、クラウチングスタートだ。
「よぅい」
 パンッ!
 タイミング良く、玲先輩は飛び込んだ。
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