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Every Day!!

3-3

「村瀬佐織です。よろしくお願いしまーす!」
 黒板に自分の名を書き、くるっとみんなの方に向き直り元気よく佐織はお辞儀する。
「村瀬は父親の転勤でこっちに引っ越してきたそうだ。みんな、仲良くやるんだぞ」
「はーい!」
 クラスのみんな(特に野郎)が元気よく返事する中、俺だけが固まっていた。
「おい、大地」
 身を乗り出し、声をかけてきた和彦の言葉でハッと我に返る。
「大丈夫か。おい」
「あ、ああ……」
 胸の中に広がるあの日のこと。罪悪感が沸々と蘇ってくる。
「俺も話は聞いていたがまさか同じクラスだなんてな……」
 和彦はどかっと椅子に座り直す。俺は和彦から佐織へ視線を移す。
 と、俺と佐織の目が丁度合った。
 佐織はすぐに顔を伏せたが、拳をぎゅっと握りすぐに顔を上げる。
 そして、思いがけぬ言葉を発するのだった。
「大地! 久しぶり!」
 変わらぬ笑顔のはずだったのに、俺にはどこか陰りが見えた。


 正直言おう。その後、どれだけ大変だったかを。
 転校生がそんなことを言うと、もちろんクラスの連中は俺との関係を知りたがる。質問の嵐を受ける前に俺は戦略的撤退を図ることにした。いや、別に逃走ではない。
 ホームルームの直後に教室を飛び出し、1時間目が始まる頃に舞い戻る。そして、次も授業が終わった瞬間逃走。開始直前に帰還。それを見事昼休みまで続けたのだ。
 午前の授業がすべて終わり、その瞬間俺は和彦と共に食堂へダッシュした。一瞬、佐織が俺に話しかけようとしていたが、俺は話す気にもなれなかったので、そのまま俺は食堂へ向かう。
 スペシャルメニューを見事勝ち取り、俺と和彦はガツガツと昼食に勤しんでいた。
「う、美味いぞ、和彦」
「あ、ああ。やっぱ何度食っても感動もんだな。やっべ、涙出てきたぜ、俺」
「うう、俺もだ」
 とか何とか。前にも繰り広げたような会話を交わす俺たち。だが、いつもと違うのは和彦が俺に気遣っているのが感じられたことだ。
 さりげなく、俺の方を伺う和彦。その視線から俺を心配していることが簡単に分かる。
 何も言わずにとりあえず飯にありつく俺。理解ある友に心の中で礼を言い、水を飲み干す。
「やはり2人ともいたか」
「あ。玲先輩に久美先輩。どーも」
「ハ〜イ、カズ君。と、岡野く〜ん。元気〜?」
 と、トレイを片手に現れたのは我が大八橋学園最凶コンビの玲&久美先輩だ。さっきまで実に幸せそうにスペシャルメニューにありついていた和彦の顔がぴしっと固まる。
 久美先輩は和彦の隣に座り、ピッタリとくっつく。和彦の顔に汗が一筋流れる。強く生きろ、和彦。
「ん? 何だ。大地もやりたいのか? あれ」
「いえ、お断りします」
 サッと身を寄せてきた玲先輩をかわし、みそ汁をすする。
 玲先輩はちっ、と舌打ちをして自分の飯を食べ始めた。ちなみに和彦は久美先輩にあーん、をさせられている。
 しかし、和彦が心なしか嬉しそうな顔をしているのは目の錯覚じゃないだろう。可哀想に、もうそこまで染められたか……。
 俺は和彦を哀れむような目で見て、またみそ汁をすすった。

「さてと、大地」
「はい? 何ですか?」
 水を飲んで一息ついた玲先輩が俺を見る。
「先ほど1年に転校生が来たと聞いたのだが、何処のクラスか知っているか?」
 玲先輩は好奇心で聞いているのだろう。だが、その言葉に俺と、まだ久美先輩にもてあそばれていた和彦が敏感に反応した。
「ん? どうかしたか?」
「……いえ、何にも」
 俺は和彦に目配せをし、「同じT組でした」と答えた。
「そうか、T組か……。ふむ」
 玲先輩は腕を組んで何か考え出した。
「何かあるんですか?」
「いや、ちょっとな。T組は転校生が入ることは絶対無いはずなのだが……」
「え?」
 いや、何でもない。と言うと玲先輩は空になったお椀などをトレイに載せ、「じゃあ、また後でな」と行ってしまった。
 久美先輩もその後を追うように行ってしまい、俺と和彦がポツンと残された。
「なぁ」
「ん?」
「何だったのかなぁ」
「さぁな」
 俺と和彦はお互いの顔を見合わせ、肩をすくめた。


 食堂から教室へ戻る廊下で、彼女は立っていた。
 その視界に俺の姿を見付けるやいなや、笑顔で小さく手を振ってきて手招きした。
「大地」
 隣で歩いていた和彦は俺の顔を心配そうに見る。
 たぶん、いや、絶対に話さなければならない。
 そのくらい俺だって覚悟していた。
「大丈夫だ」
 そう和彦に言い、俺は彼女に向かって歩き出す。
 ケリをつけないと。
 そうじゃないと、今の、楽しい、"毎日"が消える――


 とりあえず、廊下で話すのも何なので俺と佐織は空き教室で話すことにした。
 少しくらい空き教室。俺は近くの机の上に腰かける。佐織は俺の正面で立ったままだ。
 お互い、ちらちらと目で見るだけで話が進まない。
 気まずい沈黙が、教室内を包む。
 俺は、何を話せばいいのか全く分からなかった。
 たぶん、佐織も同じだろう。約1年半ぶりの再会だから。
 きっと、普通の1年半ぶりの再会なら話すことに困ることはないだろう。
 今まで何があったのかとか、元気にしてたか、とかいろいろと話す材料はあるはずだ。
 でも、そんなこと俺たちは話せない。
 普通の再会とは違う。
 今でもハッキリと思い出せる。
 佐織との出会い。
 そして、――佐織との別れ。
 彼女の笑顔だって思い出せる。
 そして、――彼女の泣く姿だって。
 俺と佐織の関係は、
 ――元恋人だ。
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