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Every Day!!

3-13

「だーいちっ! おっはよー」
 意外と、過去のコトって忘れやすいものだ。
「おー、佐織。おはよう」
 ハッキリと思い出すことが出来ない。当たり前だ、過去の記憶ってそんなもの。
「どわっ、いきなり腕に抱き付くなよ。ったく、もう」
 けど、これだけは絶対に忘れない。
「いいじゃない、別に。だって私たち――」
 彼女と恋人になったのは、この学園に入学する二年前の春だった。



「ホントに、なんてお前は果報者なんだ! 許せん! 世間が許しても、学園一モテないキングのこの川原和彦様が許さん!」
「いや、お前一とキング、意味重複してね?」
 目の前でぎゃいぎゃい騒ぐ和彦。非常に鬱陶しい。ついでに暑苦しい。
 佐織と付きあいはじめた――そう言うと、和彦はあっと言う間に狂暴化した。空手部に属するこの筋肉バカは残念ながら一度暴れるとなかなか止められない。言うタイミング、ミスったかな。
「むきーっ! これか、これが勝者と敗者の超えられない壁なのか。やはり許さん。貴様には鉄拳制裁をくらわせてやろう!」
 と、おもむろに上着を脱ぐ和彦。って、やめろ。お前のパンチでこの前、三年の先輩が病院送りにされたじゃないか。まかさ忘れたとは言わせないぞ。
「ふふ、あいつは受け身の取り方が下手だったからな。だからひっくり返ったときにもろに頭をぶつけて脳震とうなんか起こすんだ。大丈夫、その点お前は俺が鍛えた。保証する」
「いや、そんな問題じゃないし。ていうか人の心の中を読むんじゃない! 気持ち悪い」
「ふ、そのくらい親友である俺さまにはちょろいちょろい。って、貴様、親友のこの俺を気持ち悪いだと! な、なおさら許すまじ。覚悟っ」
 中腰で一気に間合いを詰める和彦を、何とかかわす。妙に腰が退けているのは仕方ない。何だか、犬をなだめているような気分だ。
「つーか武道の心得ある者が人を傷付けるために武道を使っていいのかよ」
「く、くぅ〜、言わせておけばぬけぬけと。いいか、これは暴力ではない! 鉄拳の名の下において行われる神の鉄槌、制裁なのだ!」
 がぁー、と和彦が跳びかかってくる。その姿はさながら野犬のよう。つまり、非常に下品な姿。
「だぁー、誰が野犬か! 死して償え!」
「だから人の心を読むな!」
 教室のど真ん中でくんづほぐれつの大乱闘を繰りひろげる俺と和彦。……端から見たら迷惑以外何でもないだろうな、ホント。

「いい加減にしたら、川原君」
 
 その声で、和彦の動きは止まり、そしてコンマ数秒後には、俺の上から跳ね起きていた。くそ、ホントに現金な奴だ。
「いやぁ、お見苦しいところを。男の友情を確かめあっていたらいつのまにかこんなことに」
「何が男の友情だ。お前の醜い嫉妬心を俺は全身で感じたね」
 身体のホコリを払い落として、立ちあがる。
「ま、とりあえずありがとな、村瀬」
「どういたしまして、岡野くん」
 そう言って、にっこり笑う佐織。一応、学校では騒がれるのも嫌だし名字で呼びあうことにしている。
 学校では過度の接触は避けようと、俺の方から提案した。何ていうか、ケジメっていうのは大切だと思うから。
 佐織は結構ぶーたれていたけど、こればかりは譲れないね。学校の外は外、中は中だから。
 隣で何故か直立不動で突っ立っている和彦に目をやり、そして再び俺の方を見た。
 立ち話はしないよ。俺は目でそう訴える。すると、佐織に伝わったのか、彼女はちょっと肩をすくめて『残念』といったジェスチャーをした。
 ちょうどその時、一限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。俺は和彦のえり首を掴んで、席に座る。運が悪いことに、和彦は俺の後ろだ。
 席に着くや否や、和彦は前に身を乗りだしてきた。
「おいおい、大地」
「何だよ、もう先生来るぞ」
「分かってるって。じゃなくて、付きあってるんだよな、村瀬と」
「だからお前がさっき殴りかかってきたじゃないか」
「そりゃそうだけど……。何か、前と全然変わってないぞ?」
「学校の中では今まで通りにしよう、って決めてるから」
「ふーん。なんか、もったいないな」
「何とでも言え」
 もったいないもったいない、と和彦はブツブツ言いながら身体を引っこめる。確かに、まぁ、もったいないかもな。俺だって少しでも長い間、佐織と一緒に過ごしたいさ。けどね、分別ってもんがないと駄目だろ。
 それに、俺達にはまだまだ時間がある。これから先、ずっと佐織とだけ付きあっていく、なんていうことはきっと可能性としては低いだろう。けど、すぐに終わるとは思わないし、終わらせたくない。
 これから俺と佐織は二人の時間を、思い出を沢山作っていく。きっとそれは間違いないことだ。
 だから、焦っても仕方ない。この学校での生活もまだ二年あるし、その先も佐織と一緒に歩めると思う。
 なんだ、もったいないことなんて何もないじゃないか。大丈夫。うん。
 
 でも、俺は一体何に大丈夫、なんて思ったんだ?

 先生が入ってきて、俺の思案は中断された。
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