Every Day!!
3-12
夢を見た。
何度も、何度も見た夢。
そして、
悪夢。
逃げまどい。泣き叫び。許しを請い。
そして、彼女は儚く笑った。
自分の罪に押しつぶされそうで。
だからといって、謝っても、彼女は一言「いいよ」と言うだけだった。
逃げたくなった。彼女の顔を見ることが出来なかった。
けれど、その必要はなかった。
彼女は自ら去った。俺の前から。
そして――
再び、現れた。
「うげっ」
壁からはき出され、俺は見事頭から一回転する。俺を引き込んだ壁の向こうは、やっぱり暗闇で何も見えず、手探りで壁を触っても、俺が出てきた穴は見あたらなかった。
「おーい、花梨! 佐織! だいじょーぶか!」
壁に向かって叫び、耳を当ててみる。しかし、向こうからは何の音もしない。
「おーい! 誰かー!」
押しても叩いても壁は反応しない。畜生、この野郎。何とか言えよ、こら。
大きな溜息をついて、その場に座り込む。避難経路を示す明かりも何故かなく、完全な暗闇だった。
「どーすっかなぁ……」
途方に暮れる。ホント、こうなるんだったら、やるんじゃなかった。今更ながら、後悔がこみ上げてくる。
とりあえず、向こうは二人いるから大丈夫だと思う。それに、誘導灯通りに行けば外に出れるはずだ。
それより、
「ホント、どーっすかなぁ……」
問題は俺だ。みっちもさっちも行かなくなった。この真っ暗闇の迷路を如何に脱出するか。いや、時間がかかったら誰かが探しに来るだろうけどさ。ほら、暗闇だから不安じゃん。な。
ぐぅ〜
「…………」
腹まで減ってきた。最悪。
と、その時だった。
「?」
遠くから、何かの音がする。
カツカツカツ
ごくりと息を呑む。何だ、何が近づいているんだ。
カツカツカツ
音はドンドン近づき、微かな明かりを俺は見た。こ、これはもしかして、天の救いか!?
「やぁ」
ひょっこりと姿を現したのは、懐中電灯を片手に持ち、アロハシャツに身を包んでいるヘボラパークの園長だった。
「ちょ、大地君! 大地君!」
急に壁に吸い込まれた大地君。しかも、そのあとすぐにその穴は閉じられてしまった。
「大地! 声聞こえてる? こら、大地!」
佐織さんもドンドンと壁を叩く。しかし、向こうからは何の音も、そして誰かの気配もしなかった。
「ど、どうしよぉ……」
不安になってきて、泣きそうになる。佐織さんがそっと寄り添ってくれた。
「だ、大丈夫よ。所詮アトラクションの一つなんだからさ。ね」
「う、うん……」
けれど、佐織さんの顔にはやっぱり不安の色が伺えた。ちょっとだけ、体が震えている。
「と、とりあえずここを出ましょう」
そう言って、佐織さんは私の腕をとって歩き出す。
暗闇の中、誘導灯の明かりを頼りに私たちは歩いていく。さっきまで、不安をやわらげてくれた大地君はここにいない。
「ねぇ、花梨ちゃん」
「え、何?」
不意に、佐織さんが立ち止まって私の方に振り返った。
「こんなときにあれだけど、……大地のこと、どう思う?」
「えぇ!」
かぁ、と頬の温度が上昇していくのがわかった。ホント、こんなときに何てことを聞いてくるのよ〜。
鼓動は上がり、心臓がばくばくする。ちょっとだけ大きく深呼吸して、何とか落ち着く。
「な、なんで突然そんなこと?」
「ん、ちょっとね。で、どうなの?」
「え、ええーっと……」
返事に窮してしまう。大地君のことはとてもいい人だと思う。憧れでもあるし。
でも、彼のことを考えると、胸が苦しくなるところがある。
例えば、玲先輩と組み手を組んでいるのを見たとき、急に胸が痛くなった。ちくちくちくと、針が私の心を突き刺すような。そんな痛みを覚えた。
私は、大地君をどう思っているんだろう。
俯いて黙っていると、佐織さんが口を開いた。
「あのね、私、花梨ちゃんに話したいことがあるの」
顔を上げて、佐織さんを見る。真剣な眼差しで、佐織さんは私を見ていた。
「とっても、とっても哀しくて、辛い話。きっと、目を背けたくなるような話。でも、花梨ちゃんに聞いて欲しいの」
真っ直ぐに見つめられた私。きゅっと気が引き締まった。直感的に、私は佐織さんが何を言おうとしているのかわかった。
――大地君のことだ。
拳を軽く握る。覚悟を決めた。
「やぁ」
片手を挙げて、ひょいと俺の隣に座る園長。何やってんだ、この人は、ホント。
「いやぁ、災難だったね。穴から落っこちるわ、迷路に迷うわ、懐中電灯の電気は切れるわ。挙げ句の果てには、壁の穴に吸い込まれ、美少女二人と離ればなれになるわ。うわぁ、ホント、君はすごいな。超アンラッキーボーイ」
「何なんですか、一体」
暗闇の中、二人。
「いやね、実はね、僕。大八橋源治郎とかいうじいさんと友人でね。ちょくちょく会って、酒を飲み交わしているんだよ」
「なっ!」
俺は驚いて園長の方を向く。園長はニヤニヤと笑っているだけだ。
「何を言いたいんだ?」
「別に何にもないさ。ただ、友人からのお願いに、誠心誠意を込めて応えようかな、とね」
スッと、園長の目が細くなった。すぐさに、俺は園長が何についての話をしたいのかわかった。
「さて、まずは昔話をしてもらおうか。一応聞いたんだけどね、年寄りは物覚えが悪いから」
畜生。あのジジイ。俺は心の中で密かにジジイに毒づいた。
でも、このままじゃいけないと言うことを一番痛感しているのは間違いなく俺自身で、そして、その事実から逃げているのもまた、俺自身だった。
――腹、くくるか。
真っ暗な天井を見つめながら、俺は口を開いた。
そう遠くない、過去の話を。
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