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Every Day!!

2-8

 和明と沙希が談笑をしている最中も、試合はちゃんと進んでいた。
 拓也は少し焦っていた。
 前半、恵里の見事なボレーシュートで1点を先取した。
 そう、そこまでは良かった。
 しかし、そこから相手チームの逆襲が始まった。
 どう考えてもフォーメーションを変えてきている。3−4−3と超攻撃的なフォーメーションだ。
 そう言えば、前回の試合でも後半はそのフォーメーションで試合をしていたことを思い出す。
 研究熱心な拓也は前の、相手チームの前の試合を観ていたのだ。
 前半は0対0だったのに対し、後半はフォーメーションを変え、がんがん攻めていたことを思い出す。
 結果、後半だけで4得点と圧勝していた。
 自分たちのチームも前の試合は5対0で圧勝しているが、そのうち3点は恵里の得点である。
 に対し、相手は4得点ともすべて違う選手が取っていた。
 つまり、誰でも点を取れるチームなのだ。
 さっきからこっちは防戦一方だった。
 守備重視のフォーメーションなのに、押されっぱなしで、すでに3本のシュートを放たれている。
 そのうち1本だけ枠内をとらえていたが、拓也は何とか止めることに成功していた。
 このままでは負けてしまう。
 拓也は負けることだけはキライだった。
 その原因はすべて恵里からきている。
 恵里は勉強以外なら何でもできる子だ。
 その弟、拓也はそんな姿をずっと見てきた。
 勉強しか勝てない。
 そう思うと悲しくなった。そんなん、ただのガリ勉じゃん。
 だから、拓也は自分を鍛えまくった。
 小学生だというのに、ウェートトレーニングなんかもした。
 お陰で、中学に入ってからは文武両道、何でもできる、と評判にもなった。
 しかし、やっぱし恵里には勝てなかった。
 少しは差が縮まったかな、と思っているのだが、それでも負けは負け。
 あんまりにも恵里に負け続けるもんだから、他人にはなおさら負けたくない、そんな気持ちが拓也の中には渦巻いている。
 しかも、今日は大にぃが観に来ている。こんなところで負けるわけにはいかないのだ。
 また、ゴールをねらうボールが鋭くこっちに向かってくる。
 そのボールに向かって、拓也は飛びついた。



 全く、冷や冷やする展開だぜ。
 手に汗を握るってこういう事を言うのだろう。
 1点を先取して、前半はアッサリと終わった。
 しかし、後半になってから、どうもかなり相手の猛攻が始まったようだ。
 尋常じゃない攻めだ。
 DFまでも前に出て攻めている。
 カウンターもことごとく失敗し、前線では恵里が暇そうに適当に駆け回っている。
「なんか、やばそうだな」
「ああ、そうだな」
 隣でだらけたまま試合を眺めている和彦。
 かなり面白くなさそうに観ているが、片手に持っている球技大会のパンフレットが握りつぶされている。
 なんて素直じゃないやつだと、思わず苦笑してしまう。
「ど、どうなるんでしょう? 先輩」
「さぁね。まぁ、ゴールには守護神がいるから大丈夫だと思うけど」
 さっきから拓也は好セーブを連発していた。
 そのお陰で、まだ1対0のままでいられている。普通のキーパーならすでに1対2くらいになっているであろう。
 コーナーキックで大きく弧を描いたボールがペナルティエリア内に飛んでくる。
 一斉にジャンプする選手たち。
 一人の頭に当たったボールは、そのまま地面で1度バウンドし、
 ――拓也の手をすり抜けた。
 ピー!
「ウワァァァア!」
「アーーーー!」
 歓声と悲鳴が混じる。
 コーナーキックから見事ヘディングでゴール。さすがの拓也もあの至近距離からじゃ防ぎきれなかったようだ。
 これで1対1。同点だ。
 俺はふぅ、と天を仰ぐ。
 さっきからずっと集中して観ていたので、かなり疲れてきていた。
 と言っても、後半はあと4分弱。このままいけば延長戦、そしてPK戦にもつれる可能性は大だ。
「追いつかれたな」
「ああ。ま、大丈夫だろう」
 振り出しに戻っただけなので、それほど悲壮感はただよっていない。
 しかし、この調子では延長戦で決められる可能性も大きい。
 拓也は一度タイムを取って、みんなを集めた。
「何を話しているんでしょうね?」
「さぁな。きっと良い作戦が思いついたんじゃないの」
 希美子ちゃんの問いに和彦が答えた。
 何故か希美子ちゃんは不満そうな顔をしていたが、一つため息をついてグラウンドの方を再び見た。
 なにやらゴソゴソと何かをしている。
 少しして、みんなは元のは位置に戻る。
「あっ」
 希美子ちゃんが声を出す。
「そうきたか」
「やるねぇ、拓ヤン」
 和彦は少しだけ身を前に出す。
「拓ヤン?」
「そ、俺がつけた愛称。どうよ。いいっしょ」
 なんか、ありきたりな愛称だなと、思わず笑いそうになる。
 どうやら、フォーメーションが変わったようだ。
 見たところ4−4−2。2トップは泉田兄妹。
 相手チームも少し困惑しているようだ。まさかこんな奇策に出るとは思ってもなかったのだろう。
 ほら、拓也。相手に一泡吹かせてやれよ。
 念が通じたのか、あっという間に形勢は逆転する。
 拓也はものすごいドリブル裁きであがっていく。
 それよりも速く、恵里は相手の懐まで入り込む。
 攻撃的なフォーメーションにしたからか、相手は反応しきれていないようだ。
 前線にいた選手もダッシュで戻ってくる。
 それと同時に、拓也は恵里に向かってパスを出す。
 恵里はそのままシュートの体勢へ。
「!」
 しかし、恵里はシュートせずにゴールと並行にボールを転がす。
 相手はそのボールを奪いに行こうとするが、なんと拓也が飛び出してきた。
 いかんせん、ゴールに近い位置である。相手は防ぎようもなかった。
 気がついたらゴールネットはゆらゆらと揺れていた。
「ワァァアア!」
 大きな歓声が上がる。
 俺も思わず大きくガッツポーズをしてしまった。
 そんな俺を見て、拓也もガッツポーズ。
 恵里はピョンピョン跳び回って同じチームの女の子と抱き合って喜んでいる。
 後半はだいたいあと30秒。勝負あったな。
 見事、中等部2年T組は準々決勝を突破したのだった。



 結局、拓也たちのチームは次の準決勝で高等部3年A組に惜しくも破れてしまった。
 それでも、中等部の中でそこまで進んだのだからすごい。
 とりあえず、すでに日は傾き、辺りは暗くなっているので、俺は寮へ帰ることにする。
 薄暗闇の中、林道の脇に設置されている小さな外灯だけが、辺りを照らす。
 何て言うか、不気味だ。
 実はというと、花梨は何故か佐川さんと明日に向けて特訓をするらしいので、まだ学校に残っている。
 俺はというと、一緒に参加しようとしたが、思いっ切り拒否された。
 少しばかり心に傷を負ったが、俺は広い心の持ち主だ。笑顔で別れを告げ、帰っている。
 それにしても、やっぱり不気味な道だ。
 この林道では滅多に人も、車も通らない。
 なので、危険は危険な道だ。夜、女の子一人で歩いたりなんかできないな。
 なので、大八橋学園では8時以降に寮や最寄り駅に行く生徒を送るバスが運行されている。
 残念ながら、俺は7時半頃に学校を出たので、そのバスには乗っていないが。
 とりあえず、トボトボと暗い林道を歩く俺。
 すると、不意に背後から殺気を感じた。
「ムッ」
 俺はサッと後ろに振り返るが、そこには誰もいない。
 俺はすぐにその場を離れると、上から何か黒い陰が降ってきた。
 なにやら長い棒を振り回し、俺に迫ってくる。
 上体を反らせ、棒をかわすと、相手に足払いをかける。
 それと同時に、相手は高く飛び上がり、それを回避。そのまま上からまた降ってくる。
 体をひねり、それを避けると、俺は棒をつかんだ。
 謎の襲撃者とのにらみ合い。
「……爺」
「お、やっぱしバレとったか」
 謎の襲撃者の正体は、大八橋学園学園長、大八橋源治郎であった。



 体育館の中に、キュキュと靴と床がこすれる音が響く。
 今、体育館の中にいるのは、高等部1年T組の佐川百合子と、水島花梨の2人だった。
 佐川百合子というと、元気な女の子の代名詞であり、一部の男子には激しく人気の高い女の子だ。
 いつも強気で、それでいてスポーツができる。
 実は中等部の後輩にファンクラブ(女子)があったりもする。
 それに対し、水島花梨は学年1の美少女と謳われている。
 もちろん、ファンクラブ(男女の)があり、その人気は本人の知らぬところで拡大していたりする。
 そんな2人が、今、バスケットの練習を黙々と行っていた。
 明日、バスケットボールの試合が行われる予定だ。
 そこでは、チーム数を8チームまで絞り込まれる。
 彼女らのチームは、1回戦、2回戦とど派手な勝ち方をしたので、一気に優勝候補に名乗り出たのだ。
 もちろん、彼女たちはそんなことを知るよしもない。
 それでも、やっぱり負けるのは嫌なので、こうして2人で練習をしているのだ。
 しかし、この練習には実は百合子の思惑があったりする。
 練習を始めて早40分。そろそろ苦しくなってきた。
 花梨は汗でぐっしょりとなっていて、長く少し色の抜けている髪が湿っていて、照明でキラキラと光っている。
 百合子はそろそろだ、と思い、花梨に休憩を持ちかける。
「ねぇ、花梨。そろそろ休憩にしようよ」
「え、そ、そうだね。はぁ、はぁ」
 花梨は運動はあまり得意ではない。
 それでも一応人並み(もしくは少しそれ以上)はできるのだが、百合子はバスケット部の一員である。彼女の練習についていくのでやっとだ。
 百合子からスポーツ飲料を手渡され、それをチビチビと飲みながら汗を拭く。
 すでに辺りは真っ暗で、時刻は午後8時を回っている。
 確かバスの方は10時半が最終便なので、別にそれほど速く終わらなくても良い。それどころかあと2時間も練習しようと思えばできる。
 百合子の方をチラリと見ると、彼女はスポーツ飲料を一気飲みしていた。
 汗を掻いた様子もなく、かなり涼しげだ。
 花梨はそんな百合子を見て、羨ましいと思った。
 私も、あんなにしっかりしていればなぁ。
 昨日のことが思い出される。
 少しばかり精神が不安定になったからって、体調を崩した。
 そして、大地に多大な迷惑をかけ、挙げ句の果てに彼の布団を占領していたのである。
 彼はなんと食堂のあの硬い椅子で一夜を明かしたのだ。
 そのことを思うと、花梨は罪悪感で胸がチクリと痛んだ。



 一方、百合子はいつ話を切り出そうか考えていた。
 実は、今日こうして花梨と練習しているのは話があったからなのだ。
 そう、岡野大地についての話である。
 最近、大地を見ているとやっぱりこの女が一枚絡んでいた。
 もしかして付き合っているのかもしれない。
 この前は否定されたが、それでもウソをついているかもしれないからだ。
 それに、きっと花梨は大地のことを詳しく知っている。
 他の女に自分の好いている相手のことを聞くのは癪だが、なりふり構っていられなかった。
 どうも、大地の周りには女が多すぎる。
 しかも、どいつもこいつも可愛い子ばかりだった。
 高等部3年のマドンナ、木村玲。
 高等部2年の華、黒沢紗英。
 高等部1年一の美少女、水島花梨。
 中等部3年の可愛い子猫、泉田恵里。
 中等部2年の真面目な才女、珠野希美子。
 その他にも、ソフトの新星、鉄仮面美女の須野加奈子。
 もう、数えるだけでもきりがない。
 それに、まだ他にも狙っている連中がいるという噂も聞いた。
 今、行動を起こさないと大地が違う女に取られてしまう。
 百合子は人一倍独占欲が強い女だった。
 それに、本能のまま動くので、いじいじしたりせず速攻行動に移す。
 大地へのアプローチ作戦の第1段階として、今日は花梨を練習に誘っている。
 これも彼女の行動の早さに手際の良さが為し得たものであろう。
 しかし、どうもここまでは良かったのだが、百合子のきれが悪い。
 上手く話を切り出せないのだ。
 いつもなら、お気楽な調子で話を出せるのに、大地が絡んでくると何故かどもってしまう。
 それでも、どうにかして話を切りださないと、せっかく花梨と2人きりになった意味がない。
 勇気を出すのよ、百合子!
 と、自分に気合いを入れるが、それでもやっぱりなかなか話せないのだ。
 こんな状態を恋する乙女っていうのかしら?
 百合子はスポーツ飲料を一気に飲み干したのだった。
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