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Every Day!!

2-7

 やっぱし、須野は強かった。
 第2セットは第1セット以上の形相で相手を睨み、第1セット以上の迫力で圧勝した。
 25対20と、すんなり1回戦を突破。2回戦進出だ。
 俺は勝った須野達を出迎える為にコートの方に降りた。
「よぉ、須野。やったな」
 須野は相変わらず不機嫌な顔。いや、いつもよりもっと不機嫌そうな顔だ。
「……ふん」
 そう言うと、須野はさっさと歩いていく。
「な、なんかしたかな、俺」
 とりあえず、少しばかり傷ついた俺。ウワーン。
 そんなこんなで昼食。
 もち、弁当のない俺は教室で寝ていた和彦と合流し、共に食堂へダッシュ!
 1日10食限定のスペシャルメニューを勝ち取った。
「ハッハッハ! やったな、和彦!」
「フハハハ! 俺たちの足の勝利だ」
 とか言いながら、適当に空いている席に座る。
 初めて見るスペシャルメニュー。
 値段もなんと300円とリーズナブル。
 その上、量がものすごく多く、品数も多い。
 男子に大人気のメニューであり、超レアなメニューでもある。
 とりあえず、早速食す。
「う、美味いぞ、和彦」
「あ、ああ。感動もんだな。やっべ、涙出てきたぜ、俺」
「うう、俺もだ」
 飯を食いながらも、なんかコントになっている俺らのやりとり。いつもの昼食。
「そんなに美味いか?」
「そりゃ、もう、めちゃ美味いっすよ!」
「へー、そうか。じゃあ少し貰おうか」
「あ、そんなに取るなよ、って玲先輩!」
「やぁ、大地。そんな化け物を見たような顔をするな」
 空いていた前の席に玲先輩が座っていた。
 なんか俺のスペシャルをガツガツと食っているのですが。
「ちょ、そんなに食べないでくださいよ!」
「ふん。最近構ってくれないから仕返しだ」
 いや、子供ですか、あなたは。
 そう言えば、最近は玲先輩と全然組み手をくんでいないな。
 まぁ、球技大会前で練習もあるし、怪我したら困るってことだったんだけどな。
 ふと隣を見ると、真っ青になって涙を流す哀れな和彦の姿が……。
 あ、隣で久美先輩がガッチリと和彦の腕を捕まえてる。あ、今、ご飯食べさせた。もはやペットだな。強く生きろ、和彦。
「何? お前もやってほしいのか? それなら、喜んでやってやるけど」
 俺の視線の先を見て、玲先輩がいつものように真剣に言う。
「いえ、丁寧にお断りしますので飯を返してください」
「ハッハッハ。まぁまぁ。とりあえずこれでも食え」
 そう言って、渡されたトレイの上には、
「うどんっすか?」
「そう、うどん」
「はぁ」
 俺は、深いため息をつくとうどんを食べ始めた。


 食事を終え、俺は高等部第2グラウンドに来ていた。
 ここで、サッカーの準々決勝が行われるのだ。拓也率いる中等部3年T組が早速登場する。
 俺はその試合を観戦しに来たので。
 グラウンドに着くやいなや、恵里のタックルをもろに腹にくらい、一瞬死んだ親父を見たが、何とか生還することができた。
「おい、恵里。いい加減、その突撃やめろ! 俺の体が保たねぇ!」
「えへへ、いいじゃん。スキンシップだよ、スキンシップ♪」
 もう、勝手にしろ。
「あ、大にぃ!」
「よぉ、期待のキーパー。調子はどうだ?」
「上々だよ。相手は高等部2年だからね。頑張らなきゃ」
「ああ、そうだな。とりあえずPK戦に持ち込んで目立て」
「えー! 私が点を決めるからそんなことにはならないよぉ!」
「ま、頑張れよ。二人とも」
「うん。大にぃも応援ヨロシク!」
「キャー、お兄ちゃんに眼頑張れって言われたぁ! 恵里ちゃん、頑張っちゃう!」
 そう言うと、俺は応援席(各コートの横に設置されている)に戻る。
「なんか楽しみだな」
 なにげにサッカー好きの和彦の隣に座る。
「ああ、そうだな」
 中等部3年T組は中等部として唯一ここまで勝ち残った組だ。
 1回戦、2回戦共に5対0で圧勝してきている。
 しかし、相手チームの高等部2年F組もなかなかの強者だと聞いている。
 とりあえず、接戦が予想され、かなり楽しみなカードだ。
「あ、大地せんぱーい!」
 その声に振り向くと、大きく手を振る眼鏡の女の子がいた。
「やぁ、希美子ちゃん。奇遇だね」
 希美子ちゃんは空いている俺の隣の席に、タタタとやってきてちょこんと座った。
「いや、2年T組は中等部の星ですからね。観に来たんですよ。はい」
 だいぶ興奮気味な希美子ちゃん。どうやらかなり楽しみにしているらしい。
「そうだね。でも、相手もなかなかの強者って聞いているからね。とりあえず、勝てるように応援しないと」
「だな」
「ですね」
 同時に相づちを打つ和彦と希美子ちゃん。
 主審のホイッスル、高等部2年F組ボールから試合は始まった。

 球技大会、サッカーは前後半20分で執り行われる。
 そこで決着がつかなかった場合は10分間の延長戦。
 それでも決着がつかなかった場合、PK戦という流れになっている。
 拓也のチームは高等部相手に互角以上に戦っていた。
 フォーメーションはどうやら4−5−1らしい。ちなみにもちろん前線は恵里。
 現在、前半10分地点で0対0のほぼ一進一退の戦い。
 シュート数はお互いだいたい2本程度だ。相手チームも守備陣が厚く、なかなか突破できない様子。
 逆に中等部2年T組は1度突破されたが、見事拓也がセーブした。ファインプレーとかいうやつだ。
 中盤辺りでボールは行ったり来たりする。なかなかパスがつながらない様子だ。
 短いパスも、横からパスカットされる。かなりフラストレーションがたまってくる試合展開。
 不意に、ボールは戻される。受け取ったのはなんと拓也。
 拓也は大きく縦に入るパスを繰り出す。
 そのボールの先には、前線でずっと待機していた恵里。
 ディフェンスを振り切り、ボールを受け取ると、ドリブルであがってくる。
 1人、2人、3人とあっという間に相手を抜き去る。
 ゴールまであと10メートルのところで、シュートを打った。
 大きく、弧を描いたボールは、ゴールの隅の隅に
 ――決まった。
 中等部2年T組、1点先取である。



 ゴールネットが揺れる。
 それと同時に観客席も大歓声で揺れた。
『ウォォォオオオ!』
「恵里ー、でかしたぁ!」
「あーん、恵里ちゃん格好いい!」
「頼むぅ! 俺と付き合ってくれ!」
「拓也くーん!」
 などと様々な歓声が飛び交う。まぁ、主に中等部の子たちだが。
 その歓声に答えるかのように、恵里が大きくガッツポーズする。
 そして、クルリと回ると、俺の方を向いて
 チュッ
 と、投げキッス。あっという間に黄色い歓声が後ろから飛び交う。
「……好かれてるな、お兄ちゃん」
「……黙れ」
 と、和彦をはたき倒す俺。相変わらず甘美な声を出す和彦。うう、気持ち悪い。
 グラウンドを見ると、拓也と目があった。
 とりあえず親指を立てる。すると拓也もそうしてきた。
 さて、もっと楽しませてくれよ、泉田兄妹。



 高等部第2グラウンドを、少し遠くから双眼鏡で眺めている男がいた。
 彼の名を泉田和明という。
 現在、大八橋寮の雑務にあたっている人だ。
 本当はかなりの商社マンだった。
 しかし、娘と息子が寮にはいると言いだし、心配なのでその仕事を辞めついてきてしまったのだ。
 今、和明の腕の中には妻の遺影があった。
 彼の妻、泉田祐子は5年前にガンで他界してしまった。
 なので、和明は男で一人、子供2人を育ててきたのだ。
 そんな和明は、今、娘と息子が元気はつらつに走り回っているグラウンドを見てニヤニヤしている。
 本当はもっと近くで応援したかったのだが、ついうっかり少し雑務を残してしまっていて、それを片づけている間に正門が施錠されてしまっていた。
 なので、近くの高台からこうして眺めているのである。
 それでも、和明は幸せだった。
 自分の子供が大活躍している姿を一目見れるだけで、胸がいっぱいになった。思わず涙が溢れそうになる。
 しかし、今の和明の状態はかなり怪しい。
 服装は慌てて出てきたのでエプロン(ピンク)のままだし、しかも双眼鏡を覗いて高校のグラウンドを眺めている。
 そのグラウンドには15、16の子供たちが体操服という服に身を包んで走り回っている。
 さすがに、女子はブルマってわけではないが、それでも明らかに女子高校生を双眼鏡で眺めている変態にしか見えない。
 しかし、和明はそんなことなど気にしていなかった。
 自分の子供の勇姿を見過ごすわけにはいかない。この目に焼き付けなくてはならないのだ。

 ポンポン

 和明の方を誰かの手が軽くたたく。
「ん? 誰だい。今は忙しいんだ。あとにしてくれ」

 ポンポン

「だから、あとにしてくれって……」
 勢いよく後ろを振り向くと、そこには眉間に青筋を立てた大塚沙希、が立っていた。
「い、泉田さん。こんなところで何をやっているんですか?」
 そう言われて、和明はやっと自分の状態に気づいた。
 ピンクの、恵里に昔プレゼントされた、エプロンを身にまとい、双眼鏡片手に高校のグラウンドを眺めていた。
 冷静に考えると、やっぱり変態以外なんでもない。
「え、いや、これは。その……」
 かなり焦っているせいか、声が上ずってしまうし全然言葉を発することができない。
 沙希の眉毛は先ほどからピクピクと動いている。かなり危険だ。
「とりあえず、話は寮で聞きましょう。ね、泉田さん」
 否応なしに、和明は先に引きずられていった。



「アハハハハ!泉田さん、サイッコー!」
「そ、そんなに笑わないでくださいよぉ」
 寮の食堂の一角で、沙希は腹を抱えてヒィヒィと笑っていた。和明はそんな沙希を見て少しばかり涙目になりながら笑うなと言っている。実に滑稽だ。
 寮に連れて行かれたあと、幾分和明は落ち着いていた。
 なので、とりあえず順を追って先ほどのことの説明を行ったのだ。
 ものすごい剣幕だった沙希さんの表情は次第にゆるみ、とうとう最後には大爆笑してしまっていた。
 和明は顔を真っ赤にして俯いている。実際、可愛い女の子がこんな反応したら可愛いのだが、40を超えたおっさんがやると気持ち悪い以外の言葉が見あたらない。
 そんな反応を見てさきに沙希は笑ってしまった。大の大人の反応にしては子供っぽいからだ。
「大塚先生〜。そこまで笑わなくてもいいじゃないですかぁ〜」
「アハハハ、ゴメンゴメン。それにしても、泉田さん面白すぎですよ。へぇ〜、なるほどね」
 それにしても、本当に和明は子供が好きなんだなぁ、と沙希は感心した。
 自分だって子供は好きだが、一応職業柄である。まだ結婚して自分の子供がほしいとか思ったことはない。
 それに対し、和明は子供ために自分の未来を捨て、こっちに来た。ホント、感心する以外の言葉が思いつかない。
 そこまで、自分は何かの為に自分の何かを捨てること何てできないからだ。
 沙希は少しばかり和明を羨ましがっていた。
 そんなことのできる和明が、ものすごく羨ましかったのだ。
 自分はそんな真似できない。そこまでの覚悟がない。
 もし、自分の生徒に対し、自分の何もかもを捨てて守ることができるかと聞かれれば、私はできないと答えるだろう。
 しかし、彼はどうだろう?
 きっと彼は自分の子供以外でも、そうすることができると思う。
 そう確信するのは、彼のいつもの態度からである。
 分け隔て無く、いつも笑顔な彼。
 そんな和明が、沙希は羨ましかった。
「えっと、私の顔に何かついていますか?」
 じっと自分の顔を見つめる沙希に不信感を抱き、和明は沙希に尋ねる。
 対して沙希はというと、不意に声を掛けられて少し驚いてしまった。
 そのあと、ずっと和明の顔をじっと見つめていたということが恥ずかしくなり、少しばかり頬を赤く染めて俯いてしまった。
 そんな様子がおかしくて、今度は和明がハハハと笑った。
 それにつられて沙希も小さくハハと笑った。
 もうすぐ季節は夏へと変わる。
 春の香りを少しだけ残した温かい風が、開いた窓から吹く。
 カーテンは小さく踊り、そのたびに床に映る光が形を変える。
 二人の小さな笑い声が、食堂から窓の外に少しだけ漏れていた。
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