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Every Day!!

2-6

「何でお前が風呂に入っているんだよ!」
「だってお兄ちゃんと一緒に入りたかったんだもん」
「ああ、なるほど、って何言ってるんだお前は!」
 恵里はとんでもないことを毎回するが、まさか一緒に風呂に入ってくるとは思わなかった。しかも、恵里は俺の真後ろにいた。
「いいじゃない。こんな可愛い従妹と一緒にお風呂に入れるんだから」
「そう言う問題じゃないだろ!」
 俺は慌てて風呂をあがろうとするが、足を捕まれて風呂に背中からダイブ。
 しかも、後ろに倒れたので、恵里の上に。
「うわ!」
「キャッ!」

 ドッボーン!

 これまたベタな水音と共に、湯の中に飛び込んでしまった。
 俺はすぐさま
 何とか立ち上がろうと、手を風呂の底につく。

 ムニュ

「へ?」
 俺は恐る恐る手をついたところを見る。
 その先はやっぱりお決まりだった。
 湯の中で恵里がバタバタと暴れている。
 俺はすぐに手を払って立ち上がり、恵里を引き上げる。
「プハッ!」
 恵里は大きく息を吸い込む。かなり苦しかったようだ。
「ハァハァ。もう、お兄ちゃんったら大胆ね」
「何言ってんだ、バカ。で、何でここにいるんだ」
 もう諦めてしまった俺は、風呂の端に座る。さすがに中学生なんかに欲情なんてしないさ。ましてや恵里だしな。
「え、いや、ね。お兄ちゃんがお風呂に入っていくところを見て、これはチャンスだなって思って」
「そんなことかいな」
「えへへ。で、どう? 私のカ・ラ・ダは?」
 そうやってあんまり無い胸を前に突き出す恵里。
「残念ながら色気が足りないな。出直せ」
 素直な感想。
「ぶー、何ひっどーい」
「とりあえずな」
「うん?」
「二度とこんなことはするなぁぁ!」


 風呂から上がり、俺は屋上で一服していた。
 大八橋寮の屋上には、小さな花壇にベンチが設置されていて、よく一服するのに俺は使っている。
 たまに紗英さんと一緒になったりするけど。
 もうすぐ夏とはいえ、夜はやっぱり寒い。
 俺はジャージを着込んで、ボーっと空を見つめる。
「今日は新月か……」
 空には、いつものように輝く月は見えなかった。
 そう言えば、あの日も月のない日だったと思う。
 薄暗い路地に響く悲鳴。あざけり笑う男達。
 今でも、その傷は残っている。
 拭う為。そんな過去を拭う為に、俺はここに来た。
「何にも変わって無いじゃないか……」
 ベンチに思いっ切りもたれ、俺は天を仰ぎ呟く。
 変わっていない。そうだ。前に進めてなんかいない。
 実際、俺は最初の1歩を踏み出したまま、動けずにいた。
 なぁ、俺はどうすればいいんだ?
 なぁ、俺はどうなるんだ?

『ゴメンね。大ちゃん。本当にゴメンね』

 そう、泣きながら俺に謝ってきた。
 その時、俺は何にも言えなかった。ただただ、見つめることしかできなかったんだ。
 今はどうしてるのかな。元気に暮らしているのかな。
 空は世界中につながっている。きっと、この世界のどこかで、しっかりやっていっているはずだ。
「いつまでも引きずってられねぇのにな……」
 俺の呟きは、虚しく、月のない空に響いた。


 結局花梨を9時に起こそうと思っていたのだが、あまりにも寝顔が可愛かったのでそのままにして、俺は食堂の椅子で寝た。
 次の日、花梨は慌てて食堂の俺のところに来てペコペコと謝った。
 とりあえず、花梨は元気になったようだ。
 朝食を取り、いつものメンバーと学校へ向かう。
 変わらぬ朝。
 しかし、周りは妙に殺気立っている。もちろん、それは球技大会の所為である。
 言い忘れていたが、球技大会で総合で上位入賞したチームには賞金が与えられる。
 その賞金をクラスで山分けするのも良し、文化祭で使うも良し、様々な用途法があるので、みんな殺気立っているのだ。
 今日はバレーボールの予選にサッカーのベスト3が決定する。サッカーはもう佳境にはいるな。こら盛り上がるわ。
 ま、俺たちのクラスとは関係ないことだけど。
「そう言えば、拓也。お前、サッカー出てるんだっけ?」
 隣を歩く拓也はすでにジャージ姿だ。
「そうだよ。昨日は運良く勝ち残ったけどね。恵里も出てるんだぜ。昨日なんかハットトリックなんか決めやがったんだよ」
「ははは。恵里らしい。拓也はやっぱキーパーとかディフェンスとか?」
 拓也は基本的に攻めるのが苦手だ。
 なので、どんな種目でも後衛に回る。
 しかし、任せたら最強なので、いつの間にか『守備職人』などと呼ばれているのだ。
「まーね。攻めるのは苦手だし。あ、大にぃ。暇なら見に来てくれよ。高等部の第2グラウンドだし、午後だし」
「そうだな。見に行ってやるよ」
 拓也がサッカーするところか。最近拓也のこと、構ってやれなかったもんな。丁度いい機会だ。
「きゃー、お兄ちゃんが見に来てくれるぅ! 恵里、頑張っちゃう!」
 突然話に割り込んでくる恵里。
「……これは何とかしておいてくれ」
「……合点承知」
 少しばかり、いつも姉の尻ぬぐいをする弟を不憫に思う俺。
「私も忘れないでよね」
 後ろからぬっと須野が現れた。
 相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
 そう言えば、須野はバレーに出るんだっけ?
「おうよ。ま、せめて1回戦は勝ってくれよ」
「当たり前よ」
 相変わらず、負けず嫌いなところはある。プライドが高いってこういうやつのことだろうな。
 とりあえず、須野のことだから負けることはないであろう。せめて1回戦は突破してくるはずだ。
「とりあえず応援には行ってやるからな」
「そんなの無くても勝てるわよっ」
 俺は少し後ろの方を歩く花梨を見る。
 花梨は俺と須野のやりとりをニコニコと見ていた。
 とりあえず、肩をすくめて、苦笑いを浮かべる。
「それは勝ってから言えよ」
 球技大会、第2日目が始まる。



 ここ、大学部第1体育館は熱気に包まれていた。
 バレーボール1回戦。
 高等部1年T組Aチーム対高等部2年D組Aチーム。
 実は、2年D組Aチームにはバレーボールで推薦で入学したやつの他、バスケットボールでの推薦されたやつがいるそうだ。
 それで、優勝候補の一角に挙げられている。
 それに対し我が1年T組Aチームはというと、こちらもバレーの推薦のやつが一人にスフとボールの推薦で入学した須野がいる。
 なので、こっちも優勝候補の一角だった。
 初っぱなから優勝候補同士の戦いは恐ろしく迫力がある。
 整列したときも、お互い眼とばしてたし。女ってこえぇ。
 審判の笛の音と共に、試合が始まる。
 バレーボールは6人制。9人制もあるのだが、国際ルールに則ってやるんだそうだ。つーか9人制って日本だけだよな。
 早速須野のサーブがコートの隅に際どく決まる。
 そのサーブをレシーブしそこねた選手が須野を睨む。須野も負けじとにらみ返す。
 なんだか異様な雰囲気になってきましたよ。
 ちなみに、男子選手もいます。男女混合ですから。
 あ、そこの隅に震えながら固まってる。可哀想に。相手チームも似たようなことになっているな。
 両チーム、男2人に女4人。男子がのけ者にされつつ試合は進む。
 須野と、相手チームのボス格の人。えーっと、とりあえず体ごついしゴリラと呼ぶか。
 愛称ゴリラ(大地命名)と須野の壮絶な戦いが繰り広げられている。
 須野のサーブをゴリラがレシーブ。
 隣で震えていた男子Aが絶妙なトスを上げ、ゴリラが宙を舞う!
 アタック!
 しかし、またこれも絶妙なタイミングで須野がブロック!
 相手コートに落ちていくボール。ゴリラは『取らなきゃ殺す!』と男子を脅迫。
 半ベソかきながら飛ぶこむ男子B。
 手を伸ばすが惜しくも届かず。審判の笛。
 得点を見ると25対23。どうやら第1セットはうちがとったようだ。
 あ、さっきの男子Bがボコボコに踏まれてる。……哀れだ。
 ベンチでは、須野がチームメイトに小声で作戦を伝えている。
 やっぱり、負けず嫌いなんだな。
「ひゃ〜、凄いなぁ」
 第1セットの間、食い入るようにコートを見ていた花梨が感嘆の声を出す。
「そうだな。特に須野とゴリラの戦いがすさまじかった。哀れだぜ、男子B」
 ホント、涙が出てくる思いだ。
「へ? ゴリラって? 男子Bって?」
「え、いや、気にするな。うん」
 思わず口を滑らせてしまったぜ。いかんいかん。
 スッと、隣に人の気配がした。
「第2セットが楽しみですね」
「そうだなって紗英さん! 何でここにいるんですか!?」
 思わず答えてしまったが、隣にいたのは何故か紗英さん。ちなみに花梨は右隣で紗英さんの逆。
「だって暇でしたから。私は昨日頑張りましたし」
 そう言えば紗英さんもバスケだったよな。うん、そのはず。
「へ、へぇ。ご自分のクラスは応援しないのですか?」
「ええ。そんなことしなくても大丈夫ですから。ほら」
「え?」
 紗英さんが指さした先を見る。
 そこは、須野達が試合している隣のコート。
「決まったぁぁぁああ! 高等部2年T組Bチーム! 圧倒的な強さだ! 高等部3年B組Aチームを第2セット25対2。2−0で圧勝! 1回戦突破だぁぁ!」
 あ、ありえねぇ……。
「私のクラスは強いんですよ、大地君」
「へ、へぇ」
 恐るべし、2年T組。
「あ、大地君! 第2セット始まるよ!」
「お、おお」
 俺は再びコートに目を戻した。
 さて、頑張ってくれよ。須野。



 ふと観客席を見た。
 最前列に座っている間抜けな面。あれは岡野だな。間違いない。
 それにしても、ずっと間抜けな面してこっち見てるな。少しは応援しろよ、応援。
 ああ、くそ。
 ホントさっきからこのいかつい女が鬱陶しい。ごついし、叫ぶし、私のアタックをブロックするし。
 もう、それに岡野のやつの間抜け面を見たらさらに腹が立ってきた。ええい、くそ。
 とりあえず、第1セットを勝たないと。きっと負けたら岡野の野郎にバカにされる。うん、間違いない。
 一応、この調子だったら僅差だけど勝てそう。みんな私の作戦通りに動いてくれてるし。
 まぁ、あのいかつい女以外相手はくずだし大丈夫。そういえばもう一人のっぽがいたわね。まぁ、独活の大木だけど。
 あの隅が空いてるからそこにサーブを打ち込めば点が取れるはず、っと。
 あ、あのいかつい女が拾った。
 体でかいくせに動きはいいんだから。
 とりあえず防がなくちゃ。
 さっきから何度も打ち込まれてるから威力は分かってるんだよね。
 私以外止められないし、レシーブなんてもってのほか。私でも上げる自信ない。
 だから、なんとしてでもブロックしないと。
 ここで決められたらデュースになっちゃう。

 バンッ!

「よ、っと!」
 私の防いだボールは相手コートに落ちた。ブロック成功だ。
 そこで、審判の笛が鳴る。
 第1セットは何とかとれた。でも、ここまで苦戦するとは思ってなかったな。
 25対23。かなりの接戦。
 でもまぁ、接戦の方が面白いからいいか。
 あ、さっきのブロックしたボールを拾えなかった子がいかつい女にボコボコに蹴られてる。可哀想に。
 とりあえず、私はチームのみんなに第2セットの作戦を伝える。
 このセットを取れば、私たちの勝ちだ。
 今日はもう1回試合があるから、できたら第2セットでケリをつけたい。
 まぁ、負けちゃったらもう終わりなんだけどね。
 作戦を伝え終わって、また観客席を見る。
 岡野の隣に見知らぬ女の子がいる。
 私は、何故か不愉快になった。
 腹が立つ。
 いらいらする気持ちを抑えつつ、スポーツドリンクを一気に飲み干す。
 何よ、アイツ。むかつく。鼻の下のばしてデレデレしやがって。
 隣で、花梨ちゃんが少し寂しげな顔をしている。
 あのバカ。何考えてんのよ。この野暮天。
 タオルでしたたる汗を拭き、少し背伸びする。
 コートに出て、私は岡野をにらみつけた。
 あいつはキョトンとした表情になっている。何てやつ。
 目の前で、いかつい女がかなり荒く息をしている。なんか獰猛な動物みたいだ。
 笛の音と共に、ボールが宙を舞った。
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