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Every Day!!

2-5

 なんていうか、百合子ちゃんの機嫌がすこぶる良い。
 1回戦よりだいぶテンションがあがっている。
 もうすぐ2回戦だというのに、ウォーミングアップ、とか言ってすでにグラウンドを10周も全力で走っている。しかも、少しも息が切れていない。
 顔は妙にさわやかだし、一体何があったのか気になる。
 とりあえず、このままじゃいつまでたっても走り続けていそうなので、呼び止めることにする。
「百合子ちゃん。もうすぐ試合だからそろそろ止めようよ」
「ん? あ、そうね」
 百合子ちゃんはすんなりとこっちの方へやってくる。
「じゃ、体育館行こうか」
「そだね」
 かなりニコニコ顔だ。ものすごく上機嫌。
 そんな彼女に少し戸惑いつつ、でも悪い気分にはならないし逆にいいか、と納得する自分がいる。
 とりあえず、彼女が上機嫌なのは何にせよいいことだ。うん。
 体育館では、すでに大地君と根暗君が待っていた。あ、磯田君もいた。
「おっそいぞ〜。もうコートで練習なんだから」
「あ、ご……」
 私がゴメンと言おうとした、その時だった。
「ゴメン! 大地。私がちょっとグラウンド走っていたんだよ」
「え、ああ。そうなのか」
 ビックリした。
 私が言葉を発する前に、百合子ちゃんが大地君の目の前に出て謝った。
 それだけならまだいい。
 いつから百合子ちゃんは大地君を『大地』と名前で呼ぶようになったんだっけ。
 少なくとも、さっきまでは『岡野君』と呼んでいたはずだ。
 なのに、何で……。
「ん。花梨、どうかしたか?」
「え、いや。なんでもないよ」
「そっか。じゃあ、2回戦頑張ろうぜ」
「う、うん」
 なんだか、嫌な胸騒ぎがする。少しばかり、気分が悪い。
 きっと気のせいだ、と心の中で決めつけ、私は練習を始めた。



 なんだか、さっきから佐川さんが突然愛想良くなった。
 いや、別にその前は愛想良くなかったわけではない。普通に接してくれていた。
 まぁ、なんだか上機嫌なようだし、この調子だと2回戦も楽勝だろう。
 根暗の方も、なんだかスッキリした表情だし。磯田なんか守備専門の漢と言われ、かなり調子づいている。
 2回戦の相手はなんと中等部3年G組Aチームだった。つまり、高等部1年D組Aチームは見事敗退。
 おいおい、中学生に負けるなよな。
 まぁ、そういうときもあるもんだけど。
 こちらもやっぱり一番でかいやつで磯田と同じくらいだった。
 根暗と俺のコンビで何とかなりそうだ。佐川さんも元気だし。
 しかし、何故だか花梨が少し元気がなかった。
 心なしか、顔色が悪い。試合中、きつそうだったら選手交代しないとな。ま、応援にきてるやつを1名ほど指名しておくか。
「大地。この試合もがんがん攻めるからね」
「あいよ」
 佐川さんが隣に並ぶ。
 佐川さんは女子の中ではそこそこの身長だが、それでもやっぱり俺とは10センチくらい差がある。まぁ、花梨よか高いけど。
「さ、みんな行くよ!」
 佐川さんの一言で、みんなコートに入る。
 んじゃ、さっさと終わらせますか。


 あっという間だった。
 そりゃもう呆気なく試合は終わってしまった。
 結果は89対6。かなりの大差になんとシュートは3本しか決められていないというあり得ない展開だった。
 まず、佐川さんの独壇場は前半からずっと続いた。
 何本も何本もスリーポイントシュートを放つ。しかも、ほとんど入る。
 パスワークもドリブルも異常なまでに良くなっていた。かなり速い。
 根暗も負けじと絶好調だった。
 遠慮しがちだった彼が、なんと3ファールも犯したのだ。珍しい。
 体育館の応援席を見ると、綾木さんの姿があった。ああ、なるほどね。
 その隣にブスッとした顔した須野が座っていた。相変わらず愛想のないやつだ。
 磯田は、1回戦以上に守備に徹していた。それ故に4ファールも犯しやがった。あぶねぇだろ!
 花梨は、なんだか動きがぱっとしない。
 少しばかり反応は鈍く、パスを上手く出せずにいた。
 俺は何とかフォローに入り、事なきを得たが、なんだか心配だ。
 俺はというと、佐川さん&根暗の集中パスでまいりかけていた。
 何度も何度も俺にパスを回す。
 仕方ないのでそのパスを返そうとするのだが、なにせ俺はセンターだ。返してどうする。
 だから、とりあえずシュート。
 ゴールの真下なのですんなり入る。アッサリ入る。
 相手の子は1回戦の子同様泣きそうな顔をしていたが、佐川さんは容赦なく攻め続けた。
 そして、試合終了。
 心を少し痛めたが、勝ったから良しとしよう。強く生きろよ、少年達。
「あ〜、疲れたぁ!」
 とか言いながらも、めちゃくちゃ元気そうな佐川さん。あの人ならもう1試合できそうだな。
 それに比べ、めちゃくちゃ疲れた顔をしている花梨。だいぶ心配だ。
「おい、花梨。本当に大丈夫か?」
「え、うん。ちょっとしんどいだけ」
 今日の試合はすべて終了だ。試合後は各自自由に帰宅していい。
「花梨。今日は早めに帰ろう。明日は試合無いからゆっくり休めるし」
「うん……」
「え、大地帰るの?」
 佐川さんが呼び止める。
「おう。花梨が辛いって言ってるからな。寮まで連れてってやらねぇと。試合はまだあるんだから」
「ん、そうね。じゃあ、また明日」
 少しばかり、佐川さんが残念そうな顔をしていたが、俺は気がつかなかった。
「おうよ。また明日な。根暗に磯田もまた明日」
「……またね」
「ヒハハハ、また明日なー!」
 3人に別れを告げ、鞄を持って校舎を出る。
 すでに日が傾いていて、あたりは少し暗い。
「花梨、本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ」
 その言葉とは裏腹に、花梨の足取りはどうも頼りない。
 俺は一応花梨の荷物を持ってやっているが、それでも花梨は結構辛そうだ。
「本当かよ」
「ほ、本当だよ」
 信じられない。
 ここから寮までそれほど遠くないが、なんだか花梨が倒れそうな気がしてならない。
 俺は花梨の前に背を向けてしゃがんだ。
「ん?どしたの?」
「ほら、乗れよ」
「え?」
 とりあえず、負ぶって帰ることにしたのだ。



 大地君の背中は大きく、そして温かかった。
 さっきまでの不安な気持ちも一気に吹っ飛んでしまった。
 ああ、そうか。
 大地君は私の傍にいる。
 肌のぬくもりを感じられる距離に、彼はいるんだ。
 同じテンポで、大地君は歩く。
 そのたびに、私は小さく揺れる。
 アスファルトで覆われた道。周りを囲む木々。風で揺れる木の葉。
 その中を、私と大地君が歩く。
 温かい。温かい。温かい。
 大地君の背中に顔を埋める。幸福感で、私の胸はいっぱいになる。
 一体、私は何に怯えていたんだろう。何を怖がっていたんだろう。
 分かっている。本当は分かっている。
 大地君が、いなくなることが怖かったんだ。
 隣の部屋、同じクラス。
 いつも一緒にいるから、そう感じてしまったんだ。
 でも、もう大丈夫。
 変わらない。何にも変わらない。
 ただ、私がそう思っていただけ。不安は不安だけど、きっと大丈夫。
 揺れる。揺れる。揺れる。
 私は、大地君の背中に顔をさらに押しつけて、そして、眠った。
 この時間が、永遠に続くことを願って。



「……キツイ」
 寮まであと少しのところで、俺はそう漏らした。
 背中に乗っている花梨はさっきから心地よさそうな寝息を立てている。
 それはいい。体調が悪いと言っていたのだから、寝ることはいいことだ。寝る子は育つって言うしね。
 だが、この林道を花梨を背負ったままここまで歩いてくれば、さすがに苦しい。キツイ。
 まぁ、自分で言い出したのだから文句は言わないけどさ。
 じっとりと汗がにじむ。
 とりあえず、さっさと帰らねば。
 トボトボと花梨を背負ったまま歩き続ける。
 すでに、日はすっかりと暮れている。まぁ、球技大会期間だもんな。遅くなって当然だけど。
 小さな街灯の明かりに、俺と花梨の重なった陰が長く延びる。
 首筋には、規則正しい寝息がかかる。
 さっきからずっと背中になま暖かくて柔らかいものが押し当てられているが、なるべく何にも考えないようにして歩く。ま、仕方ないって。
 寮まであと5分くらいってところまで来た。
 後ろから車のエンジン音が聞こえる。
 珍しいな。この道を車が通ること何て滅多にないのに。

 ブロロロロロ!

 しかも、この音は改造してある車だぞ。もしかして暴走族!? 峠を攻めに来たのか!
 後ろからまばゆいライトが俺たちを照らす。
 こ、これはやばいかもしれないぞ!
 何とか逃げないと。轢かれる! 間違いなく轢かれる!
 明かりはどんどん近づいてくる。
 ああ、こんなところで2人で逝ってしまうのか。何てこった。ああ、神様!

 キキィィィィー!

「うわぁ!」
 急に、その車は車体を横に向けて急ブレーキ。
 もう少しで接触しそうな距離で、見事止まった。あ、危なかった。
 そして、さらなる驚き。
 なんと、中から出てきたのは……
「あんたら、何してるわけ?」
「さ、沙希さん!?」
 沙希さんこそどんなマシン乗ってるんですか。


 沙希さんの車に乗せてもらい、寮に帰ってきた。
 今日は本当に疲れた。明日は出番もないので、とりあえずしっかりと休まないとな。
 しかし、その前にこの背中で寝ている花梨を何とかしないといけない。
 もう辺りは真っ暗だが、中等部、高等部の子たちはまだ誰も帰ってきていないようだ。
 確か遅くまでの練習が許可されてたよな。帰りは学校のバスで送ってくれるらしいし。
 とりあえず、花梨の部屋の前まで背負ったまま移動。
 ドアを開ける。
 ガチャガチャ
「ん?」
 ガチャガチャガチャ
「げ?」
 ガチャガチャガチャガチャガチャ!
「うぉぉぉぉおお! あかねぇよ!」
 プチ悲劇発生。ドアが施錠されています。
 そりゃそうか。きっと鍵は花梨が持っているだろうしな。
 花梨の鞄の中を少しばかり拝借する。
 しかし、鍵はない。見つからない。
 何てこった!
 きっと花梨が持っている。身につけているぞ!
 ポケットに入っている可能性があるが、そんな寝ている花梨の体を迂闊に触れるわけがない! 否、触れない。
 仕方ないので、俺の部屋で寝かすことにする。ま、9時頃まで寝てたら起こしてやればいいしな。
 俺の部屋に運び、座布団の上におろす。
 そして手際よく布団を押入からだし、部屋の中央にひく。
 花梨をお姫様だっこの形でその上に運び、タオルケットを掛けてやった。
 ま、こんな感じでいいでしょ。
 時計を見ると、まだ7時半。
 今日は汗も多く掻いたので、早めに風呂にはいるとするか。うん。
 俺は、着替えとタオルを持って部屋を出た。


 大八橋寮の風呂は、なんと露天である。
 風呂の入り口には説明文が書かれており、そこには『学園長のご趣味』と書かれている。
 中は何故か風呂が1つしかない。
 なので、男子と女子は時間をずらして入っていたりする。
 7時から8時は男子。8時から9時は女子。9時以降は入っている人はちゃんと木札を入り口にぶら下げておく。ってな感じに。
 7時から8時の間に入るのは初めてだった。
 いつも9時以降に入っている。たまに木村先輩が水着で特攻してくるが、何故かその時間帯はいつも誰もいないからだ。
 まぁ、9時以降は男女一緒になってしまう可能性があるからみんなさっさと済ましてしまうんだろうね。
 脱衣所でさっさと服を脱ぎ、浴槽に向かう俺。
 湯気で真っ白な風呂場は、いつ来てもいい感じだ。
 体をさっと洗い流し、湯につかる俺。
「ふぃ〜。疲れがいやされるぅ〜」
 ホント、風呂はいいね。
「ババンババンバンバ、アビバビバビバ、いっい湯だなぁ〜♪」
 思わず歌を歌ってしまうほどの気持ちよさだ。
「ホント、そうだねぇ〜」
 お、お前も分かるのか?
 やっぱり、露天はいいよな、露天は。
「身も心も洗われるぜ〜」
「風呂はやっぱり憩いの場所だね。うん」
 ん?
「でさ、やっぱり体洗いっこしたりすると最高だよね。うん。絶対そうだよ」
 は?
「それにもしかしたらあんなことも……キャッ! 何言ってるの、私」
 …………
「……なぁ」
「何?」
「恵里か?」
「うん、そうだよ。お兄ちゃん」
 少しの沈黙後。
「何でお前がここにいるんだよ!!」
「えへ」
 どうやら、風呂でも憩いの時間は得られないようだ。
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