Every Day!!
2-4
何というか、やっぱりいつもの朝だった。
けたたましく鳴る時計を投げ飛ばし、布団に潜り込む俺に、いつものように恵里がダイブしてくる。
いい加減やめてほしい。
その理由はいろいろあるけど、まずは俺がベッドではなく、布団で寝ているということが1番の理由だ。
布団だ。つまり、それほどクッションが効かない。
そんな上に、思いっ切りダイブされたら、めちゃきつい。否、死ぬ。
腰と背中と腹にものすごい衝撃を受け、毎朝悶絶するのだ。
そして、今日もまたいつものように、布団の上で俺は悶絶した。
「え、恵里……少しは俺のことも考えてくれ……」
「うん♪ だからいつも起こしにきてるじゃん」
もう、どうにでもなれ。
恵里を拓也に引き渡し、身支度を整える。
今日は球技大会。いよいよ練習の成果を発揮する日だ。
初日はバスケットの予選なので早速出番だ。
「大地君。おはよ。一緒に食堂行こ」
半開きのドアからヒョッコリと花梨が顔を出した。
「ああ、おはよ。ちょっと待ってくれ」
服装を整え、廊下に出る。
食堂は1階なので階段の方へ向かう。
「今日は頑張ろうね、大地君」
「そうだな」
花梨の目は闘志に溢れていた。かなりやる気のようだ。まぁ、少しは期待しておこう。
食堂には、すでに玲先輩と紗英さんがいた。
「おはよ、ご両人」
「おはようございます。花梨ちゃんに大地君」
「どーも、おはようございます」
「おはようございまーす」
いつもの席に腰を下ろす。すでに朝食が配膳されていた。
「喜べ大地よ。この慈悲深き私が貴様の食事をなんと配膳してくれたのだぞ。さぁ、この恩に報い、我が空手……」
「はい、頂きます」
見事に玲先輩の話を無視して、食事を始める。最近、毎朝こんな感じだ。
「玲先輩。大地君はうちの期待の新星なんですよ」
「むぅ我が空手部にきても同じだろうよ」
「でも大地君は水泳部を選んだんです」
「いや、きっと心の奥では武術を欲しているはずだ」
なんか玲先輩と紗英さんが不毛な言い争いをしているが無視しよう。
「あ、玲先輩と紗英ちゃんは何に出るんですか?」
「愚問だ。私はバレーとバスケットだ。畜生、ソフトに出たかったのに身長で決定させられてしまった」
「私はバスケットだけですね。他でも推薦されましたが辞退しました」
「じゃあ2人とも戦う可能性がありますね」
確かに考えられるな。しかし、確か玲先輩はDブロック、紗英さんはAブロックのはずじゃあ。
「まぁ、そこまで勝ち上がってこいよ、大地」
やっぱそういうことね。
さて、いよいよである。
ここは中等部第2体育館。1回戦はここで行われる。相手は中等部2年B組Bチーム。
なんだか身長160センチくらいの連中がゾロゾロと。なんだか簡単に勝てそう。
「岡野君。油断は禁物だよ」
「わかってらぁ」
隣でバッシュの紐をなおしている佐川さんを見る。かなり本気顔だ。
「とりあえず、みんな集まって」
コートでシュート練習をしていた花梨と根暗、それに何故か腕立てをやっていた磯田が佐川さんのところに集まってくる。
「いい。とりあえず身長じゃあこっちが圧倒的に勝っている。でも、相手はきっとすばしっこいわよ。だからとりあえず足下に注意して。足下を抜かれる可能性があるからね。で、とりあえずゴール下での争いはこっちが絶対的に有利なんだから岡野君と根暗君にボールを集めましょ。それで私と花梨と磯田はサポートね」
「ちょ、ちょっと待てよ」
そこにすでにキャプテンをいう座を奪われてしまった磯田が口を挟む。
「何?」
「何で俺がサポートなんだ?俺はセンターなんだから攻める方だろ」
ごもっともな意見。確かに、こいつはセンターだったはずだ。
「ああ、あんたさすがに体が男子の中じゃ1番ちっさいし無理だわ。それに根暗君は競り合いでも戦えるようになったしね。だからポジションチェンジ。岡野君がセンターで、根暗君がパワーフォワード。で、アンタはスモールフォワード」
「のぉぉぉぉぉおおおお!」
と、叫びながらくずおれる磯田。元気出せよ。
「さぁ、張り切っていくわよ。とりあえず100点差つけるんだからね!」
バスケットとなると、かなり性格が変わるんだな、と感心しつつ、とりあえず集中する。
さて、頑張りますか。
「のぉぉぉぉぉおおおお!」
「お前は黙ってろ」
ピーッ!
審判のホイッスルで試合が始まる。
佐川さんが早速ジャンプボールでボールを奪い、ドリブルで抜けてくる。
花梨、根暗とパスがきてそのまま根暗はシュートを放つ。
放物線を描いたシュートは惜しくも少しずれた。
俺はリバウンドを取りにジャンプする。
相手の子も必死に手を伸ばすが、身長差ではこっちの方が断然上だ。
ボールをしっかりとつかみ、そのまま軽くシュート。
ゴールの真下だったので、簡単に入った。まずは先制。
相手の子がドリブルしながら突破してくる。
しかし、佐川さんにアッサリと取られまた根暗へ。
根暗はスリーポイントラインからシュート。
スッと、リングにもあたらず、今度はちゃんと入った。根暗がさりげなく嬉しそうだ。
その後、勢いづいたのか猛攻は続く。
佐川、根暗、たまに間に花梨が入り、そしてシュート。失敗したときはそのリバウンドを俺が取り、そしてシュート。
この流れでポンポンと点を取っていく。ちなみに、磯田は守備に徹していた。
前半が終わって、56対8。かなり一方的な試合展開だ。
「さぁ、あと50点は取るわよ!」
元気な佐川さんは、後半はスリーポイントシュートをバンバン決める。
相手の子は今にも泣きそうだ。おい、少しは手加減してやれよ。
そんなこんなで、後半は佐川さんの独壇場で、気がつけば107対14。佐川さんの目標の100点差には少し及ばなかったが、圧勝だった。
根暗は一人で40点も稼ぎ、佐川さんに至っては後半だけで33点の45点。俺が16点取り、花梨が6点取った。ちなみに磯田は3ファールくらっていた。
さい先良いスタートを切れた。とりあえず1回戦突破である。
1回戦後。
あれだけの大差をつけて勝ったのだから、瞬く間に俺たちのことは学校中に有名になった。
高等部1年T組の最凶ポイントガード、佐川百合子。魔のリバウンド男、岡野大地。大柄な根暗シューター、根暗闇。コートの華、水島花梨。守備専門の漢、磯田大麻。
なんだかおおそれた異名までつけられている。つーか佐川さん、最凶って、ねぇ。
俺なんて魔のリバウンド男だしな。魔って何よ、魔って。
根暗はまんまだな。あと花梨も。
磯田は事実攻撃につかせてもらえなかっただけなのだが……。う〜ん……。
「お前ら、派手にやったなぁ」
「お、和彦」
声を掛けられた方を見ると、和彦が立っていた。
「お前らはどうだったのよ?」
「67対58で勝ったさ。お前達みたいな化け物と違うっちゅーの」
「それでも、お前一人で何点いれたんだ?」
「う、」
和彦は押し黙る。
そう、こいつもスポーツはめちゃくちゃできる。
「ま、まぁ、気にするなって。ほら、やっぱバスケットで実力だしな。化け物なわけないって、な」
「ふ〜ん」
とりあえず、こいつのことだし50点は入れてるに違いない。
「じゃ、俺、このあとすぐに2回戦なんだ。頑張れよ」
「ああ、和彦もな」
和彦は、Aブロックの予選会場に戻っていった。
「ね、ねぇ」
「ん?」
後ろを振り向くと、根暗が立っていた。
「ふぅ〜、疲れたぁ」
私は、汗でじっとりと濡れた髪をタオルで拭く。このときばかりは、自分の長い髪を鬱陶しく思ってしまう。
あー、シャワー浴びたい。
「そだね〜。2回戦は確か午後だっけ?」
「うん。そのはず」
隣でスポーツ飲料をグビグビと飲んでいる百合子ちゃん。1回戦は彼女が大活躍だった。
後半なんか、大地君が百合子ちゃんのあまりの迫力に口が半開きだったしね。ふふふ、可笑しかったなぁ。
「何一人で不気味に笑ってるわけ?」
「わっ」
目の前に、百合子ちゃんの顔が度アップであった。
どうやら、私はボーっとしていたようだ。
「ねぇ。そう言えば花梨って岡野君と仲良いよね? 名前で呼び合ってるし」
「え、あ、うん。そうだよ」
「二人って付き合ってるの?」
「え、いや、な、その…」
「ん? どーなの?」
いやらしい笑みを浮かべた百合子ちゃんが私に詰め寄る。
「ちちちちち、違うよ!ぜ、ぜぜぜ、全然、ちちち、、違う!」
「へー、そーなの」
百合子ちゃんはつまんなさそうにプイッと顔を背ける。
私は真っ赤な顔のまま俯いてしまう。
「……なら、私にもチャンスがあるって事だよね」
「え?」
百合子ちゃんが何か呟いたが、私には聞こえなかった。
「いや、何でもないよ。さ、昼食にしよう」
「う、うん」
ま、いっか。
私は百合子ちゃんと一緒に食堂に向かうのだった。
きっと、この人なら僕の力になってくれる。そう思った。
根暗と呼ばれてきた。
名前もそうだったが、性格も僕は暗かった。真っ暗だ。お先真っ暗だ。
そんな僕を相手くれる人なんていない。いるわけない。そう、そうだと思っていた。
「根暗君、オハヨ♪」
そう言って、いつも彼女は声を掛けてくれた。
僕は、女の子に声を掛けられたこと何て今まで全然無かった。
だから、どう答えていいか分からず俯いたまま小さく『おはよ』と返した。
そんな反応をしても、彼女は笑顔を見せてくれた。
嬉しかった。とても嬉しかった。
彼女は、それからもずっと僕に声を掛けてくれた。
恥ずかしさのあまり、僕は全然答えられなかったけど、それでも彼女は話しかけてくれた。
そして、僕は実感したんだ。
ああ、僕は彼女が好きなんだな、と。
そう、世間一般に言われる『恋』だ。青春の1ページ、『恋愛』だ。
だけど、自分の気持ちに気づいたからってそれがなんだ。
相変わらず、性格は暗いまま。真っ暗なままだ。
変わりたかった。こんな自分を変えて、彼女に想いを打ち明けたい。そして、恋人になりたいと思った。
近づきたい。彼女の傍にずっといたい。そんな想いばかりが大きくなっていく。
でも、1人じゃ何にもできない。きっかけにすらない。
だから、まずは力になってくれる人、話を聞いてくれる人を捜すことにした。自分だけじゃ心細いから。自信を持てないから。
体の大きさで、バスケットボールに出ることになった。そこで、彼と同じチームになった。
そう、彼、岡野大地と。
「まさか、ね」
根暗に呼び出された俺は、話を聞き終わり、屋上で今一人で缶コーヒーをすすっていた。
根暗が、なんと俺に恋愛相談なんか持ちかけてきたのだ。
ハッキリ言おう。俺だって素人に近いよ!
まぁ、一応彼女がいなかったってわけじゃないんだけどな。
しかも、根暗が好きだったのは、同じクラスの綾木和美だったとは。
綾木和美とは、根暗のクラスメートである。なので俺のクラスメートでもある人だ。
小さくて、少しばかり引っ込み思案な子だが、明るくなかなかいい子だ。
まさか、根暗な根暗(シャレじゃないぞ)が彼女を好きになるなんてな。
まぁ、誰を好きになろうが勝手だが。
でだ、根暗は親切丁寧に俺に彼女を好きになるまで、の話を聞かせてくれた。
半分、そんなことがあったのかと驚き、残り半分は根暗はやっぱ根暗か、と安心した。
とりあえず、根暗はここ最近一緒にいて、いいやつだと分かっている。
気配りはできるし、さりげなくフォローしてくれたりと。そんな根暗が俺を信用して相談してくれた。
男として、これはなんとしてでも力にならなくては! とか思うのだが、実際何をすればいいのやら。
できれば、和彦にこういう相談を持ちかけてほしかったな、と心底思う。
あいつのことだ。なんだかよく分からないルートで手に入れた女に対する心得とやらを説いてくれるであろう。
……あ、でも、それじゃあ失敗しちまうか。駄目だ。やっぱりあいつには頼れない。
ま、焦らずに考えますか。
缶に残ったコーヒーを、一気に飲み干して、俺は校舎に戻っていくのだった。
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