Every Day!!
2-11
「最近、全然目立たない」
一人でこう呟きながら、ドリブルをしているのは磯田大麻だ。
現在、球技大会3日目、バスケットの3回戦。相手は中等部2年A組Aチームだ。
ガンガン攻める岡野に根暗。それを上手くサポートしている女性2人。
そして、ひたすら守備に徹しているオレ。
ああ、何て虚しいんだ。
大麻は一人うなだれる。
人より目立つ為に、学級委員になった。
さらに目立つ為に、人気種目のバスケットをやろうと思った。
もっともっと目立つ為に、練習だって気張ってやった。
何だけど……。
何故か、他の連中にかっさらわれてしまった。ああ、虚しい。
とりあえず、目下優勝候補の大麻たち。一応、守備に徹する彼にもスポットは当たっている。
なんだけど、目立つのはやっぱりオフェンスに決まっているのだ。
特に、根暗と岡野は目立つ。
根暗はなんだかかなり明るくなっている。異様な光景だ。
審判に見えないように、一体何人ぶっとばしていることか。
岡野は相変わらず正確なシュートを決める。
ゴール下では無敵だな。うん。
とか思いながら、自陣に攻めてくる相手に容赦なく体当たりをかます大麻。その光景はなかなか迫力のあるものだった。
ふん、どーだ。守備一徹、伊達に続けた訳じゃないぜ。
大麻はふふんと笑う。だが、
「ちょっと、磯田。早くパス回してよ」
「はい」
アッサリを佐川にパスを回すオレ。
オイオイ、切り込めよ。攻め込めよオレ。
しょんぼりとしているその間も、味方は着実に点を重ねていくのだった。
あれよあれよで、気がつけばCブロック決勝まで勝ち残った。
ハッキリ言おう、あり得ない!
相手は高等部3年A組Bチーム。このブロックで数少ない高等部3年生のチームだ。
ちなみにAブロックは紗英さんのクラス、高等部2年T組Aチームが勝ち残っている。
Dブロックでは、最凶コンビ、玲先輩&久美先輩率いる高等部3年T組Bチームがそのブロック決勝に駒を進めた。
残念ながら、話がクラスのもう片方のチーム、高等部1年T組BチームはAブロック準決勝で敗退している。よく頑張ったな。
泉田姉弟がいる中等部3年T組は惜しくも破れたが、中等部2年T組BチームがなんとBブロック決勝に残っていた。
てか、メンバーに希美子ちゃんがいる。ううむ、俺の周りはみんな万能なのか?
とか何とか。
とりあえず家路につくことにしよう。うん、その方が賢明だ。
「おーい、花梨。一緒に帰ろうや」
丁度着替えて出てきた花梨に、そう声をかける。
花梨はピクッと体を少し震わせ、顔を少し赤くしてコクリとうなずいた。
はて? また体調でも悪いのだろうか。
その可能性は大いにあり得る。
なんてったって午後で2試合だもんな。ああ、昨日もしっかり練習してたし。疲れがたまってるのかも。
「花梨、大丈夫か?」
俺は花梨に近づき、声をかける。
花梨はふるふると顔を横に振った。
つーか口で答えろよ。
まぁ、細かいことはおいておこう。どうやら大丈夫みたいだし。うん。
「よし、じゃあ帰るか」
「え、あ、うん」
花梨はとことこと俺の後ろをついてきた。
山の向こうから夕日が俺たちを照らしていた。
大八橋寮内にある、大きな道場。何故寮ごときにこれだけの設備が整っているのかはさておき、その中央に私は正座していた。
「遅い……」
時刻は夜の8時を少し回った頃。大地との組み手の約束は8時からの予定だったので、少しオーバーだ。
少しばかり待っていると、ドタバタと激しく慌てる音がして、道場のドアが勢いよく開いた。
「玲先輩! 遅れてすいま、へぶぅ!」
道場に飛び込んできた大地に、私は容赦なく上段回し蹴りを見舞う。
不意打ちだったので、大地は蹴りをモロくらって、思いっ切り吹っ飛んだ。ふ、心地良い。
「あ、玲先輩。い、いきなり何するんですか」
「遅れたバツに、気を抜いていたからだ。ほら、早速始めるぞ」
「え、あ、はい」
私は早速大地と組み手を始める。
組み手と言っても、とりあえずめちゃくちゃに技を掛け合うだけなのだが。
基本的には空手技。しかし、たまに柔道や合気道も混ざる。
まぁ、柔道はあんまりしないけどな。大地が真っ赤になっていやがるし。
しかし、今日はなんだか歯切れが悪い。いつもの切れがないな。
球技大会中は競技に支障が出るから組み手はやらなかったのだが、それでもこんなに切れが悪くなるなんて。
大地を見ると、何か考えているような顔だった。
ふむ、何か悩みだろうか。
軽く足払いをかけ、あっという間に私は大地をひっくり返した。いつもなら、こんな技くらい返してくるのに。ちぇ、つまんない。
「ほら、大地」
「あ、どうも」
私の差し出した手をつかみ立ち上がる大地。
そのあとも、少しばかり組み手を続けるが、やっぱり変わりなし。
お互い疲れてきたので、座り込んで休む。
「おい、大地」
「何ですか?玲先輩」
大地は顔だけこっちに向ける。
「何か、悩みでもあるのか?」
「えっ」
ひどく困惑した顔をする大地。ふふふ、当たりだな。
「それはお前自身のことなのか?」
「え、まぁ。そうでもありますね」
「そうでもある?他人のこともであるのか?」
「ええ、そうです。ちょっとね、複雑に事情が絡みすぎて」
大地はハハハと笑う。それほど深刻なものでもなさそうだ。
「そうか。それならいいが、組み手中に考え込むのは止めろ。いくら何でも今日は弱すぎるぞ」
「え! そ、そうでした?」
「ああ、その通りだ」
「すいません」
「ハッハッハ、そんな謝るな」
私はよっと立ち上がる。
これだけ言っておけば大地は大丈夫だ。
大地はそんなに弱くない。否、強い。多くのことを言わなくても、分かるやつだ。
とりあえず、自力であとは何とかするだろう。てか何とかしてほしいものだ。組み手は相手が強くないと面白くないからな。
「さて、大地。続きをやるぞ! 今日は柔道だ!」
「げっ! か、勘弁してくださいよぉ〜、玲先輩!」
「ハッハッハ!」
夜は、段々と更けていく。
「3−Aファイ! ファイ! ファイ! ファイ! ウォオオオ、3−A!」
尋常じゃない盛り上がりを見せるのは高等部3年A組チーム。
現在、ソフトボール3回戦が行われる中等部第2グラウンドに来ている。
4日目の今日はバレーにサッカー、そしてソフトボールと大忙しだ。
サッカーの方は高等部2年のどっかのクラスが優勝し、バレーの方は残念ながらベスト16敗退だった。
そして、本日最後のソフトボール。
と言っても、これに勝ったらもう1試合しなきゃならないんだけどね。
須野と俺はバッテリーなのでこうしてキャッチボールをしているわけだが、相変わらず須野はブスッとした顔でこっちにボールを投げてくる。
チラリと俺は応援席を見る。
いつもの面子がずらり。泉田姉弟に紗英さん、花梨、それに希美子ちゃん。玲先輩と久美先輩は大学部のグラウンドで同じく試合だ。
ふと、和彦の方を見る。
ウォーミングアップを終えた和彦に、綾木さんがタオルとドリンクを手渡していた。
綾木さんの顔はほんのりと赤くなっており、和彦は大喜びでそれを受け取っていた。
――好きって、何だろうな――
ふと、俺は考える。
好きなら好きでいい。ただ、分からないのは好きになって一体どうするということだ。
好きになったから告白。付き合う。
今や、好きという言葉からはこういうものにしか行き着かない。
しかし、どうやったらその言葉と結びつくのかが分からない。
結局は捻くれているんだと思う。
少し、シリアスに考えてみた。
須野が投げるボールが、心地よい音を出してミットに収まる。
何て言うか、強かった。
さすが試合前、あれだけ気合いを入れていたチームだ。
現在延長戦に突入し、7回の表。俺たちの攻撃。
ちなみに、今更だがソフトボールは5回まで。延長は9回までである。
まだ8回、9回とあるのだが、できれば早い内に終わらせたい。何故なら、須野がばててきているからである。
今日はバレーで2試合もやった。そのあと、ソフトボールで、しかもピッチャーだ。疲れない方が可笑しい。
だが、すでに7回表はランナー無しのツーアウト。
ちなみに次の打者は俺。
軽くバットを振り、打席に立つ。
おうおう、なに眼飛ばしてんだワレ。
何て感じで、相手をにらみつける(相手投手はなかなか優しそうな顔である。決して恐そうではない)
だがしかし、バカに速いこの速球。打てない。
く、ここで諦めてなるものか!
彼のブンブン丸池山選手は本塁打か三振か、とりあえず必ずフルスイングだったそうじゃないか。
ふ、俺も彼に見習って思いっ切り振るぜ。
ああ、きっとあたる。3パーセントくらいの可能性であたる。
……、ああそうですよ! 自信がないんですよ!
俺は迫ってきたボールに向かって思いっ切りバットを振る。そして、振り抜く。
鈍い金属音が響く。……金属音?
「ウワワワァァァァアア!!」
歓声が応援席からあがる。俺はすぐにボールの行方を見る。
大きく弧を描いて、ぐんぐん伸びる。あ、フェンス超えた。
って、ことは……
「ホームランだぁ!お兄ちゃん格好いい!」
「すげーぞ大にぃ!」
と、泉田姉弟。
「「大地君やったね!」」
と、花梨と紗英さんがシンクロし、
「せ、先輩。さすがです」
と、希美子ちゃんが感嘆の息を漏らした。
俺はベースを一周し、ホームでチームのみんなにもみくちゃにされる。
「おい、岡野。ナイスバッティングだぜ」
「岡野君やったね」
「畜生!俺が打つ予定だったのに」
みんなの笑い声が聞こえる。
とりあえず、やったの、かな?
「ゲームセット! 両チーム礼!」
「ありがとーございましたぁ!」
結局、負けました。
ええ、負けました。負け負け。
最終回、まずはファーボールでランナーをだし、そして長打。
ランナー2、3塁のときに、俺がパスボール。同点。
そして、次の打者にアッサリセンターに返されてサヨナラ負け。
須野は実に悔しそうな顔をしていたが、「ま、こんな日もあるわよね」と納得し、今は綾木さんと上機嫌(無愛想な顔だが)に話している。
「まぁ、気にすんなよ。キャッチャーは難しいんだから」
「ハハ。大丈夫だって、気にしてねーよ」
和彦と喋りながら俺は応援席に向かう。
「おにーちゃぁぁん!」
「うごぁ!」
思いっ切り鳩尾に恵里がタックル!俺は悶えながらも何とか踏ん張る。
「い、痛ぇぞ、恵里……」
「ヘヘヘ」
と、俺の胸にほおずりする恵里。
「おい、恵里。大にぃから離れろって」
拓也が恵里を俺からはがしにかかる。さすが拓也だぜ。助かる。
恵里は拓也に引きずられ、「あ、このまま帰るな」と一言残し、帰っていった。
「大地君、お疲れぇ」
「お疲れ様です」
「先輩、はい、ドリンクです」
「ああ、サンキュ」
3人に礼を言いつつ、希美子ちゃんから受け取った飲み物を飲む。普通のスポーツドリンクだ。
「惜しかったですねぇ。あともう少しだったのに」
「まぁ、こんなもんだよ、スポーツって」
結構悔しそうな顔をする希美子ちゃん。そんな様子を微笑みながら見る紗英さん。
花梨はどうやらさっきより元気になったようだ。笑顔にかげりがない。
「ま、明日のバスケを頑張るさ。な、花梨」
「うん、そーだね」
少し頬を赤らめて答える花梨。俺はスポーツドリンクを一気に飲み干す。
すでに日は傾いており、夕日が俺たちの横顔を照らす。
ここ最近、ちょっといろいろなことがありすぎたな。俺は苦笑いを浮かべる。
とりあえず、球技大会は明日で最後だ。バスケットのラスト、少し。
問題は山積みだけど、その前に明日を思いっ切り楽しみたい。
苦しいことや、哀しいことの前に楽しいことがあってもいいだろ?
たぶん、平穏な日々は明日で一旦終わりだ。
そのあとどうなるかは誰にも分からない。ただ、平坦な道じゃない。
「明日は、思いっ切り楽しむか」
みんなは、笑顔のままうなずいた。
明日、球技大会5日目。
夕日が段々沈んでいく――
Copyright (c) 2005-2008 All rights reserved.