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Every Day!!

2-10

「ゲームセット!」
「ワァァァ!」
 ホームベースを挟み、2つのチームが深く礼をする。
 高等部2年F組対高等部1年T組は高等部1年T組が5対0で圧勝した。
 勝利した彼らの表情からは嬉しさがにじみ出ており、彼らを応援していた人たちがその試合のヒーローに駆け寄る。
「加奈子ちゃん! やったね。完全試合だよ!」
「すげーよお前!」
「いよっ、ソフトの星!」
 などとはやし立てられている本試合のヒーローの須野加奈子は、やっぱしぶすっとした顔だが、少しばかり頬に朱を混ぜ、小さくお辞儀する。
「さっすがだな、和彦」
「まさかサイクルヒット達成するとは思ってもなかったぜ!」
「うちの最強の1番打者だな!」
 これまた本日の打者でのヒーロー、河原和彦。
「だ、だははは! これくらいあったりまえよ!」
 と、大きく笑いながら野郎集団(これ重要)の歓喜の輪に飛び込んでいった。内心、少しばかり女の子が出迎えてくれたっていいじゃないか、とか思ってたりする。
「お兄ちゃん! 何やってるのよ!」
「だ、大にぃ。気、落とすなって」
「次の試合では大活躍だよ、きっと」
「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ」
 と、上から、泉田姉弟、花梨、紗英さんに励まされている俺こと岡野大地は、本日3打数無安打1四球と全くの見せ場なしの結果に終わっていた。
「ハッハッハ! 今日の夜は私と組み手だな! あー、楽しみでたまらない!」
 喜びながら俺の背中をバンバンと玲先輩が乱暴にたたく。ハッキリ言って、めちゃくちゃ痛い。
 そうである。
 見事俺は第1打席を除く、全打席凡退。しかも2三振という結果になってしまっていた。
 ああ、何て哀しい。哀しすぎるぞ、俺。
 とりあえず、午前の部はこれで終了だ。1回戦は不戦勝だったからな。
 今日もまた、昼飯のスペシャルメニューを勝ち取る為に走り出す。
 と、その時。
「ほら、岡野。お前はこっち」
「ぐえっ」
 首根っこひっつかまれ、急発進しようとしていた俺の体は急停車。
 ふぅ、危うく目玉が飛び出るところだった。
「てか須野。お前、何すんだよ」
 俺は、首根っこを引っぱった張本人、須野の方へ向き直る。
「だから、アンタは一緒に私と昼ご飯を食べるの」
「へ〜。ん? ……はぁ!?」
「反応遅いわね」
「何でお前と一緒に食わなきゃならないんだよ! しかも、俺には弁当がない! 食堂のスペシャルメニューが俺を待っているのだ!」
 そう言って、俺は食堂の方へ再び走り出そうとするが、またまた首根っこを捕まれてひっくり返った。
「ったく。そのくらい分かってるわよ。それに弁当はあるし私と2人きりじゃないんだから」
「へ?」
 そう言うと、須野の後ろから小柄な女の子が出てきた。
 って、綾木さんじゃん!
 綾木さんはおずおずと小さくお辞儀した。
 須野はひっくり返ったままの俺の耳元で「相談したいことがあるから」と小声で言った。


 6月の暖かな日差しの元、俺は屋上にいた。
 大八橋学園の高等部校舎の屋上は常に開放されている。
 屋上は緑化委員の管轄下で、そこら中に花壇があり、色とりどりの花々が咲き誇っている。
 また、ベンチがいくつか設置してある、昼食時などはそこに座って食事を行うこともできる。
 花の良い香りが辺り一杯に広がり、風に乗って俺の鼻へと届く。
 う〜ん、何て心地の良い日だ。
「ちょっと! 岡野。聞いてるの!」
 スパァァアアン!
「ぐぉ!」
 思いっ切りハリセンで後頭部を殴られ、俺はベンチから転がり落ちて悶絶する。
 ハリセンで俺を殴った張本人であり、この屋上に俺を連れてきた女、須野加奈子はハリセン片手に俺をにらみつけている。
「相談事があるからあんたを呼んだのに、話くらい聞きなさいよ!」
「か、加奈子ちゃん。そんなに怒らなくてもいいよぉ〜」
 と、言いながら須野をなだめているのがクラスメートの綾木さん。
 現在、この屋上には俺と須野、そして綾木さんの3人しか見あたらない。
「何言ってんのよ、和美。あなたのことなのよ。こんな適当じゃ駄目でしょ」
 そう。その通りである。
 相談事があるから、俺はここに連れてこられたんだ。いやぁ、本題を忘れるところだったぜ。
「とりあえず相談は聞いてやるから飯を食わせろ。何処にあるんだ、一体」
 そう言うと、須野は俺に弁当を手渡した。
 なかなかファンシーな弁当だ。今時花柄にクマの絵ってどういうこと?
 つーかこれってくまの○ーさんじゃないの?
「須野。まさかお前、こんな可愛らしい趣味を持っていたのか……」
「ち、違うわよ! これは和美が作ったの!」
 相変わらず不機嫌そうな顔のままぶっきらぼうに答える須野。
 俺はその隣にちょこんと座る綾木さんを見た。
 綾木さんは顔を赤くして少し俯き「はい」と小声で答えた。
「なるほど。綾木さんなら納得だ」
「どーいうことよ」
 須野が目線だけこっちに移し、睨んでくる。
「いや、別に何でもない」
 そう言うと、俺は弁当を食べ始める。
 量はだいぶ少なかったが、かなり良い出来で美味しかった。
 あっという間に平らげたときには、まだ須野は食べ終わっておらず、綾木さんは半分以上残っていた。
「で、相談事って何だ」
 胸ポケットから爪楊枝を取り出し、口にくわえる。
「あんた、爪楊枝なんか持ってるの」
「ああ、歯は男の命だ」
 そう言うと、俺は須野に向かってキラーンと笑う。
 しかし、須野はその笑みを無視して飯を食い続ける。
 おい、少しはリアクションを取ってもらわないと虚しいだろ。
「実はね、和美のことなの」
 そう須野が切り出すと、綾木さんの肩がピクリと動いた。
 俺は爪楊枝をくわえながら、空を仰ぎながら話に耳を傾ける。
「和美ね、河原のことが好きなんだって」
「は?」
 一瞬、俺はフリーズした。
「ちょ、悪いけどもう一度言ってくれない?」
「だから和美は河原のことが好きなんだって。で、仲の良いあんたに協力してほしいと」
 ま、マジっすか?
 俺は須野の隣に座る綾木さんを見た。
 彼女は真っ赤になって俯いていた。



 どうしてだろうか。こうも、心がぎゅっと締め付けられるのは。
 彼を見ていて、どうも心が切なくなる。
 ただ、愛おしくて。彼の傍にいたくて。
 でも、私にはそんな勇気もなくて。加奈子ちゃんに頼ることしかできない。
 それでも、私は彼と仲良くなりたかった。傍にいたかった。
 望むことは、それだけ。ただ、それだけ。



 俺の球技大会は、どうやらだいぶ恋愛沙汰が絡んでくるらしい。
 根暗に恋愛相談され、そして今度は、その根暗が好きな相手である綾木さんから恋愛相談を持ちかけられた。
 しかも、和彦が好きだって?
 あー、頭痛くなってきた。
 っていうか狭間に立たされた俺の立場ってどうよ?
 とりあえず、須野たちと別れ、一人中庭のベンチでボーっとしている俺。
 午後の競技はあと1時間したら開始だ。30分前に体育館に行けば間に合うか。
「どーっすかなぁ……」
 真っ青な空を明るく照らす太陽。残念ながら、俺の心はそんな空のように澄み切ってはいない。
 だいたい、根暗も根暗だと思う。
 思いっ切りあたって行けばいいんじゃないのか?
 そう思うのだが、アイツの性格上不可能に近い。
 どうにも複雑な心境である。
 近くの高等部第2体育館ではにぎやかな人の声が聞こえてくる。ちなみに、そこで試合は行われる。
 物思いに耽っていると、不意に声をかけられた。
「よぉ、根暗じゃねぇか」
「……隣、いい?」
「ああ、座れ座れ」
 根暗は俺の隣にちょこんと座る。
 ちなみに、がたいの大きさは根暗の方が俺よりでかいからな。
「なぁ、根暗」
「ん?」
「お前、告白とかしねぇのか?」
 根暗はしばし考え込んだ。
「……僕さ、今の関係が壊れるのが恐いんだ。壊れちゃったら普通に話してくれる人もいなくなっちゃうし」
 しんみりと、根暗は続ける。
「僕、性格がこんなんだからね。苛められたりする以前に誰にも相手にされなかったんだよ。なんかね、自分は空気みたいな存在になった気分」
「そっか」
 俺は空を見上げたまま、眉間にしわを寄せる。
 腹が立った。
 ものすごく腹が立った。
 そう、俺は今、ものすごく怒っている。
 ウジウジと、受け身に回っている根暗に対し、怒りの念を抱いているのだ。
「根暗」
 低く、冷たい声で名前を呼ぶ。
 さすがに、俺の雰囲気をくみ取ったのだろう。根暗は少しばかり顔を引きつらせて「な、何?」と聞き返す。
「お前な、自分から何かしようと思わないわけ?」
「えっ」
「だいたいな、自分は性格が暗いからしょうがないって思ってる地点でもう駄目なんだよ。自分を変えろ。変えるんだよ」
 根暗は黙ったまま俺の話を聞き入る。
「いいか? この球技大会でお前はだいぶ変わった。俺はお前の意外な一面も見れたし、お前は俺とか花梨とか磯田とか佐川さんと仲良くなれた。でもな、相変わらず自分は何にも変わらないって思ってるんなら意味ねぇ! 自ら、変わろうとして、そして変わったのなら大いに意味があるんだ。いつまでもウジウジと現状に留まっていたら虚しいし、苦しいだけだぞ」
 根暗は相変わらず黙ったままだ。
 俺は席を立ち上がり、背伸びをする。
 結構長い間座っていたので、腰が痛かったしな。
「ま、あとはお前次第さ。頑張れよ」
 そう言うと、俺は第2体育館へ向かう。
「岡野くん!」
「ん?」
 俺は振り返る。
「ぼ、僕。頑張ってみるよ!」
 根暗の決意の眼差しは、今までの心のもやを払拭したような眼差しだった。



 ウォームアップをしながら、私は昨日の夜のことについて考える。
 百合子ちゃんが言った。大地君が好きだと。
 その時のことを思い出すと、何故かカーッと顔が赤くなってしまう。
 そして、不可解な胸の痛みがするのだ。
 苦しい。何でこんなに苦しいのか分からない。
 百合子ちゃんが大地君と並んでいるところを想像すると、胸が本当に苦しくてたまらなくなる。
 結局、昨日は百合子ちゃんの質問に満足に答えることはできなかった。
 実際、あんまり教えたくなかった。
 あんまりにもしどろもどろになるものだから、百合子ちゃんが質問を切り上げてくれたから良かったけど。
 このままじゃ、百合子ちゃんが大地君にアタックしちゃう。
 そう思うと、何故か急に焦りが生まれる。
 こんな感じ、初めてだ。
 今まで、こんな気持ちになったことなんて1度もなかった。
 だから、私はどうしていいか分からず、ただただ耐えるだけである。
 この前、気分が悪くなったあのときより、さらにひどい。
 そして、私はハッと気づく。
 ああ、これが恋なんだ、と。
 私は大地君に恋い焦がれているだけなんだ。
 そう考えると、かぁーっと頬がさらに熱を帯びてくるのが分かった。
 自分の気持ちが分かり、さらに恥ずかしい気持ちがわき上がってくる。
 そう言えば、今まで大地君に恋しているんだなぁって分かるような言動が多々あった気がする。
 まぁ、大地君は全く気づいていなかったけど。
 そっか。そうなんだ。
 意外とアッサリと答えが出たので、拍子抜けてしまったが、いざ自分の気持ちに気づくと、どうすればいいか分からない。
「どうしよう……」
 冷静に考えれば、大地君の周りには魅力的な女の子が沢山いる。
 このままでは、大地君が他の女の子のところに……
 そしてまた、ハッと気づく。
 あ、これが嫉妬なんだ。
 この前、気分が悪くなったのもきっと嫉妬の所為。
 すべてにことに合点がいき、原因が解明された。
「私は大地君が好き……」
 一人で呟き、一人で顔を赤くする。お決まりの行動である。
 ライバルは多い。
 でも、私は大地君の傍にいた。一緒にいたい。
 私は、自分の素直な気持ちをしっかりと確認した。
 とりあえず、今は試合の方に集中しよう。
 きっと、百合子ちゃんは早速仕掛けてくると思うけど、さすがに試合後のことだろう。
 これからは大変だ。
 自分の気持ちに気づいてしまった以上、その気持ちを大地君に伝えたい。そして、彼の恋人になりたい。
 私の心の中で、願いが生まれる。
 きっと、その願いは大変な願いだ。
 でも、私は叶えたい。
 私はぐっと拳を握って、「頑張ろう」と小さく呟いた。
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