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Every Day!!

2-1

 ピチチチチチ……
 鳥のさえずりが聞こえる。
 暖かい春の日差しがカーテンの隙間から差し、部屋全体を少しずつ暖める。
「ん〜〜」
 大きな背伸びをしながら俺は起きあがった。
 久々に目覚まし無しで起きた気がする。
 殺風景だったこの部屋も、さすがに1ヶ月も住んでいれば物が溢れてくる。
 とりあえず布団をたたみ、制服に着替えることにする。
 早いところ起きておかないと恵里の襲撃を受けるからな、と苦笑いを浮かべる。
 すでに季節は梅雨の前。もうすぐ初夏にさしかかる。
 それでも、木々に囲まれたこの地はまだまだ春の陽気に包まれ、木漏れ日が優しく俺たちを包んでいる。
 そんなセンチメンタルな俺の気分はさておき、時計を見るとまだ朝の6時半だ。
 さすがに早く過ぎたなと思いながらも、俺は部屋を出て食堂に向かう。
 すでに食堂では泉田姉弟の父である和明氏の姿が見えた。
「伯父さん、朝からご苦労様です」
「おお、大地。今日は早いな。飯か? 飯なら1人前くらいすぐにできるからちょっと待て」
「はーい」
 俺は適当な席を見つけて座る。
 この『大八橋寮』の食堂はなかなかの広さを持つ。
 と言っても、だいたい30人入れるか入れないかの広さなのだが、この寮に入っている人数が10人なので別に問題はない。
 中央あたりの4人がけのテーブルに腰を下ろし、ボーっと窓の外を見る。
 林に囲まれているこの寮の朝はなかなか幻想的だ。
 鳥のさえずりもよく聞こえ、最近、通学途中にイノシシも見かけた。つまり自然が多いってわけ。
「あ、大地君。おはよう!」
 俺を見かけるやいなや元気に挨拶してくれたのは俺の隣人の水島花梨である。
 同じ日にこの寮に入り、そして同じ学年同じクラスときたもんだ。
 これだけ一緒になるなんてな。なかなか珍しい。
「ああ、おはよう。花梨は早いな」
「大地君はもっと早かったじゃない。どうしたの?」
「ん? たまたま早く目が覚めただけ」
「ふ〜ん」
 花梨は俺の前の席に座る。
 少しばかり髪の毛がはねているが、まぁ、朝なので仕方がないであろうと勝手に解釈する。
「あ、花梨ちゃんも起きたんだ? 待ってね、今すぐ作るから」
「あ、ありがとうございます」
 伯父さんはせっせと働いている。ホント感動物だ。
 実際、あの人はこの寮で食堂の伯父さんをやっているわけではない。
 元はエリート商社マンだったこの伯父さん。
 しかし、息子と娘がこの寮に入ることにし、親バカなこの人は仕事を辞めてこの寮で勤めることにしたのだ。
 ホント、尊敬するぜ。
「それにしても、花梨はいつもこの時間なのか?」
「うん。そうだよ。女の子は朝は時間がかかるんだよ」
 そんなことを言いながら胸を張る花梨。いやいや、別に自慢する事じゃないようなきがするのだが。
「その割には髪の毛立ってるな」
「え!? うそっ」
「ウソついてどーする」
 花梨は慌てて鏡を出す。そして一気に顔が赤くなった。
「あ、やだ。ホントだ。キャッ、恥ずかしいぃ」
 そう言うと花梨はダッシュでどこかに行ってしまった。
 大方自分の部屋に戻って直すのだろうが、今の反応の方がよっぽど恥ずかしかったぞ、花梨よ。
 そんな花梨を見てニヤニヤしている俺もどうかと思うが。
 すでに時刻は7時になりそうだ。みんな起きてくる頃合いだろうな。
 ちょうどその時、食堂にまた誰か入ってきた。
 その姿を見た瞬間、俺の笑みが凍り付いた。
 その人は俺を見ると、いやらしい笑みを浮かべ、一歩ずつ俺によってくる。
「ど、どーも、玲先輩」
「おはよう、大地よ」
 この人、木村玲先輩は俺の苦手な人の一人だ。
 初めてあったときに背負い投げをされ、それを上手く受けてしまったのが運の尽き。
 それから最低週に3回は組み手の相手をさせられている。
 かなり美人な上に、スタイルも抜群なのだが、その性格はあまりにもひどいものだ。
 しかも、俺をからかうのが楽しいらしく、いっつもだしにされている今日この頃である。
 玲先輩は俺の隣に座り、体を寄せてくる。なんか今日も企んでいるご様子。
「大地」
「な、何でしょうか?」
 今や俺の状態は蛇に睨まれた蛙。全く動くこともできない。
「できれば今日の夜、したいのだが」
「は、はぁ」
 もう、明らかに誤解されてもおかしくないような会話だ。
 言っておくが、組み手の話だと言うことをしっかりと念頭に置いて頂きたい。
 なんだか媚びるような声色で話してくる玲先輩。ハッキリ言おう、勘弁してください。
「どうなんだ? オッケーなのか、駄目なのか?」
 さりげなく上目遣いで俺の顔をのぞき込んでくる玲先輩。こーいう時だけ女の魅力を使ってくる先輩はかなり卑怯だ。
 体をこれだけ密着されて、ノーと答える男がいるだろうか。
 しかし、俺はノーと答えなければならない。この人は異常なまでに強いのだ。
 ノーと答えようとした瞬間、玲先輩にギロリと睨まれる。
 思わず、俺は顔を上下振ってしまった。なんて情けない俺。
「そうか、オッケーか。ははは、大地ならそう言ってくれると思った」
 そう言うと玲先輩は俺の頭を抱きかかえたままハッハッハと笑う。なんかおっさんみたい。
 とりあえず、今日の夜は死んだな、と思うと、朝から暗澹たる思いになった。
「自分でオッケーと言っておいてそんな嫌そうな顔をするな、大地。だいたい嬉しいだろ。私みたいな人と肌と肌のふれあいができて」
 玲先輩は少しすねた顔をしながら俺の顔をのぞき込む。
「いえ、先輩とこんなに組み手をくんでいたら俺の命がいくつあっても足りない気がして……」
 俺の本音だ。
「大丈夫だ。大地は私の見込んだ男。きっと死なないさ」
 今の発言って、死ぬ可能性もあるってことだよな?そうだよな?
「はい、できたよーん」
「あ、どーも」
 伯父さんから朝食を受け取り、席に戻るとちょうど花梨と紗英さんが来ていて、いつも通り4人で朝食を取るのであった。


 最初は周りから痛いほどの視線を受けていた団体での登校にも慣れ(つーか見ていた連中が興味を失いもう見てこなくなっただけだが)俺は高等部1年T組に向かっていた。
 大八橋学園には各学年AからGまでの7クラスと特別クラスのTの計8クラスある。
 AからGまでのクラスは40人と人数が決まっているが、T組だけは各学年バラバラだった。ちなみに1年は学年の中で一番少ない組でもある。
 そんなクラスは高等部第1棟2階の一番奥に教室がある。
 高等部には計3棟あり、第1棟、第2棟、第3棟と分けられている。
 第1棟は通常の授業を受ける教室や職員室があり、第2棟には特別教室や生徒会関係の教室がある。そして第3棟には文化部など部活動に使われる部室などがある。
 ちなみに何故か音楽室と美術室は第3棟にある。部活優先ってことっすか?
 俺は入学して3週間後、水泳部に入部した。
 いや、まぁ、何故そんなに時間がかかったかというと世にも恐ろしい妨害工作が働いたからである。
 もちろん、その黒幕は玲先輩と久美先輩の鬼の3年空手部コンビ。
 ちなみに実行犯は和彦だったりする。
 その手口は実に陰湿だった。
 まずは部活の入部届けがどこかに行った。
 仕方がないので新しい入部届けを職員室に取りに行くと、なんと和彦が自分のと一緒に俺の入部届けを空手部の顧問に提出しようかというところだった。
 何とか取り返し、空手部の入部は免れたものの、何とも恐ろしい人に目をつけられたなと思ったもんだ。
 ちなみに和彦は次の日、失敗したからだろうかボコボコにされて登校してきた。
 誰がやったか何て一目見れば分かる。明らかにあの2人だ。
「やぁ、今日は良い天気だね」
 とか言ってきた和彦には思わず同情してしまう。
 まだまだ妨害工作は続く。
 何とか水泳部の入部届けをゲットし、あの保健医の大垣先生に提出しにいこうと思っていたときだ。
 まず、突然上から水の入ったバケツが降ってきた。
 普通は水が出やすいように逆さに降ってくるものだが、違った。
 なんと、底を地面と垂直にして降ってきたのだ。
 さすがにこれにはぶったまげた。
 底が頭にぶち当たり激痛が走る。
 その瞬間、中の水が俺の体にかかるのだ。
 あっという間に頭を除く体のすべてが濡れた。
 ちなみに頭には痛みが残る。普通に頭から濡れた方がマシだ。
 入部届けも案の定ぐしゃぐしゃになり、運悪く水性ペンで書いたので訳の分からないことになっていた。
 仕方なく、新しい入部届を書くことにした。
 新しい入部届を書き、提出に職員室に出向いたのだが、いっつも大垣先生は入れ違いで出て行っていた。
 毎回、玲先輩か久美先輩か和彦に呼ばれて出て行くらしい。絶対タイミングを計られている。
 仕方ないので授業中に頭が痛いと仮病を使い、何とか保健室を目指すのだが、何故か毎回(3回やった)先に玲先輩がいたりする。
 ちなみに、その理由はすべてアレがきついからと言う。
 オイオイ、いくら何でも先々週からずっとはないだろう?
 しかし、そんなことも言えない情けない男がここに一名。まぁ、気にするな。
 一番使いたくなかったのだが、このままでは水泳部に入部できないので、俺は泣く泣く沙希さんに提出した。
 ちなみに『これで貸し5な』と言われた。
 残念ながら俺はそんなに貸しを作った覚えはない。

 と、まぁ、そんなこんなで俺はクラスにたどり着き自分の席に着く。
 入学して一ヶ月、未だに席替えはしていない。なので、やっぱり窓際の後ろから2番目が俺の席だった。

 後ろの席の和彦は今日も死んでいる。
 俺が入部届けを無事出した日から久美先輩に毎朝しごかれているらしい。
 久美先輩曰く『私と相手できるやつを見つけるのが無理なら、育てればいいのよ!』とか言って特訓しているらしい。
 和彦はその所為で毎朝死んでいる。
 嫌なら行かなきゃいいのにとか思うのだが、久美先輩のことだ、地の果てまで追いかけてくるだろう。ああ、恐ろしい。
 ボコボコになって天に昇りそうな和彦だが、昼休みの頃には復活している。
 本人曰く授業で寝ていれば回復するらしい。
 今日も見事な青アザだ。
 しかし、昨日できたやつと比べれば少し小さくなっている。
 ああ、進歩してるんだな、と感心するのだが、その反面この調子じゃ相手できるようになる前に死んじゃうな、と思ってしまっている。
「強く生きろよ」
 なんて励ましの言葉をかけてみる。
「……ああ」
 和彦は小さく肩を震わせて泣き始めた。きっと朝の恐怖がフラッシュバックしたのだろう。可哀想に。
 そんな和明の相手をしていると、俺の席の隣のボーイッシュな少女――須野加奈子――がやってきた。
 今日も見事な不機嫌顔である。どうやら、今日の朝何かあったらしい。
「よ、おはよ」
 泣いている和明を相手にするのは少しばかりむさ苦しいので須野に切り替える俺。
「……ん、おはよ」
 少しばかり反応が鈍く、だいぶ不機嫌な声だがいつもの須野だ。
 須野は自分の席に着くと、さっさと鞄の荷物を出し始める。
 どうやら須野はかなり真面目なやつみたいで、置き勉している様子はない。ちなみに、俺はほとんど置き勉している。
「今日は何があったんだ?」
「……ん、何でもないわよ」
「そうか、だいぶ不機嫌そうだけど?」
「……そう? そうね。確かにそうだわ。朝学校来たらアンタがいたんですものね」
「ははは……」
 相変わらずきつい人である。
 引きつった笑みでクラスの中を見渡すと、ふと俺は花梨と目があった。友達と喋っていたようだが、それでも俺の方を見てニッコリと笑ってくれた。
 俺もちゃんと笑い返す。うーん、須野もこんな風に笑ったら可愛いだろうにな。
 俺は須野の方を横目で見る。まだブスッとした顔だ。
 そんな俺の視線に気づき、さらに不機嫌な表情をして俺を睨む。
「……何よ?」
「いいーえ、何にもないです」
 毎朝のように繰り返される光景。
 そんな朝が微笑ましく感じる。
 チャイムと同時に、担任の――大塚沙希が――勢いよく扉を開けて入ってきた。
 さぁ、今日も1日が始まる。
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