Every Day!!
1-11
部活が終了する前に俺は見学を終えた。
それほど見るところがなかったのと、自分は本当に見ているだけだったですることがなかったからだ。
どうやらこの学園の入部するのは自由らしく、そう言えば今日の朝に和彦が空手部に入部したとか言っていたのを思い出す。
学園を出て、林道にはいると後ろから声を掛けられた。
「先輩♪」
「ん?ああ、希美子ちゃん。今帰り?」
見たらすぐ分かることなのだがとりあえず聞く。まぁ、雰囲気というやつだ。
「はい。先輩もですか?」
「ああ。何なら一緒に帰ろうか」
「ハイ♪」
希美子ちゃんは嬉しそうに俺の隣に並ぶ。その様子があんまりにも可愛いので思わず頬がゆるむ。
「先輩、聞いてくださいよ〜」
「ん、どうしたの?」
「私、また学級委員に選ばれちゃったんです。去年もやったんですよ。もう勘弁してほしいって感じなのに」
俺は希美子ちゃんを見てなるほどなと思う。
どう見てもそんな雰囲気だ。
眼鏡に三つ編み。少しそばかすのある顔。もう間違いなく学級委員って感じを醸し出している。
「ま、内申あがるいいんじゃないの?」
「でも、内の学園エスカレーター式ですよぉ!」
そう言えばそうだった。
俺は外部受験だったので中学時代、内申あげるので必死だった。
思い出したら笑える日々だ。
基本的に、希美子ちゃんの話他愛もない話に俺が耳を傾けるような形で俺たちは寮に向かったのだった。
いつものように朝が来て、いつものように恵里が俺に飛び乗ってきて、そしていつものように学校行く。
まぁ、いつものようにと言ってもまだ3日しか繰り返されていない日々。それでいて今までのどの3日間より濃く感じられた3日間。
花梨たちと出会ってからはもう1週間経つのかとしみじみ思う。
目の前で必死に授業している40過ぎの禿げた先生の話を聞きながら、俺は今日までをしんみり振り返る。
元はと言えば、環境を変えたくて入った学園。そしてものの見事に俺の環境は様変わりした。
人は過去を忘れることはできないと言った人がいる。
だけど、俺は忘れることはできなくとも、心の奥にしまう事はできると思う。
昔の思い出。苦くても辛くても楽しくても、どんなものでもすべては過去にあった出来事なのだから。
昔のことを掘り返したってどうにもならないし、どうすることもできない。
そうなんだ、過去は所詮過去なんだ。
そう結論に達したとき、本日4度目の授業を終えるチャイムが鳴った。
「大地、食堂行こうぜ!」
「ああ、そうするか」
この学園も他の高校と変わらず食堂がある。
購買部ももちろんあるし、弁当を持ってくるやつらだって当然いる。
俺は寮生活なので弁当はない。伯父さんに頼めば作ってもらえるらしいが、俺は別にどうでもいいと思っていた。
高等部はT組を除く全クラス40人である。
そしてそのクラスが各学年7クラス。
それにT組は各学年バラバラだが、1年生は25人、2年生は27人、3年生は30人いるらしい。
トータルすると900人を超えるのだ。
なので、食堂はやっぱり混む。300人入れるらしいが、やっぱり足りない。
俺たちが行った頃には、すでにほとんどの席が取られており、まばらにしか席は空いていなかった。
「あっちゃ〜。やっぱ席無いか」
何処を見渡しても空いてる席は見あたらない。困ったな。
「仕方ない、購買でなんか買って食うか」
そう言って出たところを引き返そうとしたその時だった。
「おーい、大地にその他1匹」
「あ、玲先輩!」
突然声を掛けられて振り返ると、玲先輩がこっちに向かって手を振っていた。
「ここ空いてるから座れ」
見ると玲先輩のテーブルに3つ空席があった。
さりげなく命令形だが、俺と和彦はありがたくそこに座らせてもらい食券を買いに行った。
無難にうどんを選び、さっさと受け取り席に戻る。
「いや、助かりましたよ、先輩」
「なに、別に良いさ」
カツ丼をガツガツと食いながら玲先輩は答える。
すると、空いていた目の前の席に一人の女の人が座った。
「お、玲ちゃん。こいつが言ってたあの子?」
リボンの色から見て玲先輩と同じ3年生らしい。
印象は何処にでもいそうな女子高校生だが、なんだか玲先輩と似たオーラを放っている。
「あ、大地。こいつは私の親友の桂久美だ。同じ空手部でな、私の良きライバルでもある」
「ハ〜イ、大地君。ヨロシクねぇ〜」
「ど、どうも。岡野大地っていいます。ヨロシクお願いします、桂先輩」
「桂先輩って。あたしのことは気軽に久美って呼んでねぇ」
「は、はぁ」
なんだか性格は玲先輩と真逆な気がする。しゃべり方も全然違うし。
「あ、この人どちら様?」
そこにカレーライスをお盆にのせて和彦が戻ってきた。
その瞬間、久美先輩が和彦の手を取る。間違いない、これか背負い投げの体勢。
まさかと思った瞬間、和彦の体は宙に舞った。
そして……
ドンッ!
「うげぇ!」
吹っ飛んだカレーライスはものの見事に玲先輩がキャッチ。ナイスです、先輩。
背中からモロ落ちた和彦は白目をむいてぴくぴくと悶絶している。お、恐ろしい。
「け、こいつも駄目か」
久美先輩は髪をかき上げながらそう呟いた。こ、この人、玲先輩とそっくり。
「あ、ああ、大地。こいつも私と同じ境遇なのだ」
「……やっぱり?」
その後、和彦を放っておいてカレーは玲先輩と久美先輩に食べられたことは言うまでもない。
午後の最後の授業はホームルームだった。どうやら学級委員などを決めるらしい。まぁ、入学して3日目なのでちょうど良い時期かもしれない。
不運にも、俺は放送委員になってしまった。不幸だ。
元凶は和彦。
花梨が放送委員に立候補し、和彦がおもしろ半分で俺を推薦しやがった。もちろん和彦にはあとで卍固めをきめてやったが。
今日の放課後はその委員会の集まりがあるらしい。花梨は初めて委員会に所属したらしく、かなり張り切っていた。
「ねぇ、大地君。委員会ってどんなんだろうね?」
「さぁ、俺もなったことないからな」
「ふ〜ん」
放送委員会は放送室で集まるらしい。
俺と花梨は高等部第2棟にある放送室へ向かった。
大八橋学園高等部には3棟ある。
第1棟が普通教室。そして第2棟が生徒会関係、または特別教室。そして第3棟が部活棟となっている。
俺と花梨は放送室のある第2棟へ向かっていた。
第1棟から第2棟の2階につながっている廊下を通り、そのまま3階へあがる。
すると、3階の1番奥の方に『放送室』と書かれた看板があった。
ガラリとドアを開ける。
「どうも、1−Tです」
「あ、いらっしゃ〜い。って大地君じゃな〜い」
「げ、久美先輩」
中に入ると、そこには先ほど出会った久美先輩がどかっと座っていた。何てアンラッキーな。
「げ、って何よ。げ、て。もう、失礼しちゃうわね〜」
「す、すいません……」
この人、玲先輩より苦手かも。
「大地君。この人はどちら様?」
「あ、ああ。この人は玲先輩の親友で桂久美先輩。空手部の人らしいよ」
「ついでに、放送委員会の委員長よ〜ん」
「げ、マジっすか!?」
「マジもマジも大マジよ〜」
どうやら、俺はこんな人の元で1年間いろいろとしなくちゃならないようだ。何て不幸な俺……
「げ、元気出しなよ、大地君。人生、そんな不幸なことばかりじゃないから……」
フォローのつもりだろうか。不幸という言葉に敏感に反応してしまう俺。
「まぁ、1年間よろしく〜って私3年だっけぇ〜。なら10月で引退だねぇ〜」
お、そういえばそうだ。なんか少しばかり嬉しい。
「あ、大地君。今、嬉しそうな顔したねぇ〜」
「え、いやぁ、そんなの気のせいですよ。ハハハ」
そんな他愛もない話をしている内に、委員会のメンバーが揃った。
「さぁて、今から放送委員会を始めまぁす」
久美先輩に目をつけられていたものの、人数が多い分仕事はあまり割り当てられなかった。
まぁ、週に1度、朝の放送の機材係になってしまったけどさ。
「じゃあ帰ろうか、花梨」
「うん♪」
話し合いもあんまり長くならなかったので辺りはまだ十分明るい。こんなに明るい内に帰るのって入学して初めてだな。
俺と花梨は寮へ向かう林道を二人並んで歩く。
どうしても俺の方が足が速いので少し遅くして花梨と合わせている格好だ。くぅ、俺って優しい。
それにしても、花梨とこう2人っきりっていうのは久しぶりだ。
確か、初めて会ったとき以来だよな。うん。その時は大変だったけれど。
「ねぇ、大地君は何でこの学園に入ったの?」
花梨が数歩前に出て、俺の正面を向いて聞く。
長く、それでいてうす茶色の髪が太陽の光で輝く。
「ああ。周りの環境を変えたかったんだ」
自然と本音が出た。そう。俺は周りの環境を変えたくてこの学園に入った。
「花梨はどうしてだ?」
「ん、私はね……」
あごに人差し指を当てて考える花梨。その一つ一つの動作が絵になりそうだ。
「――きっと大地君と会う為だったんだ」
その時、強い強い風が林道を吹き抜けた。
何故か、いつものような記憶のフラッシュバックはなく、ただただニッコリと笑う花梨の顔を俺はじっと見つめていた。
いや、笑っていたのかもしれない。
ただ、小さく。それでいて優しく。
たった数秒の間だけだったろうけど、俺は彼女を見つめていた――
大地君と一緒に帰れる。しかも2人きりで。
何故か私の心がときめく。
大地君が好きなのかと言われたら私には分からない。
そう感じたりするのが恋で、そして好きなんだよ、と昔友達に言われたことがある。
でも、それは周りの流れと、自分にそう思いこませるだけの言い訳に過ぎないと思う。
きっと、恋っていうのは自覚するのにはとっても時間がかかるもの。
だからこそ、心がときめいたり、ドキッとしたりするんだ。
本当に気づいたその時には、きっと私の心はものすごくドキドキして、その相手なんか見られない。そんな気がする。
まだ、私は大地君が他の女の子と仲良く話していても何とも思わない。
逆に、自分もその中にいれて思いたいと思っている。
ただ、彼のそばに。その一員に。
きっと、彼は私の大切な人となっているのだろう。
恋とも違う、友達とも違う、また別の存在。
二人で歩いて帰る。
大地君は私の歩幅に合わせてくれる。
そんな些細な優しさが嬉しい。
この人と出会えて本当に良かったと思う。
その時、ふと脳裏にある疑問がわき起こる。
どうして彼と出会えたのか。
それはこの学園に来たから。
気がつけば私は彼に何故この学園に入ったのかを聞いていた。
私はその時ハッとした。
きっと答えてくれない。直感的にそう思ったのだ。
だけど彼は、小さく微笑んで教えてくれた。
今まで、見せてくれなかった、心の中。
それを一瞬だけ垣間見た気がした。
彼も私に聞いてくる。『花梨はどうしてだ?』
どうしてだろう?
よくよく考えれば、私は何故この学園に入ったのか分からなかった。
ただ周りに流されて、勉強ができるのならこの学校が良い。いや、こっちの方が校風が良い。こっちは部活が強い。
周りの意見に惑わされ、自分の意見を表に出せず、そして、気がつけばこの学園を受け、そして入学した。
何故だろうと考え込む。
ふと、目の前の大地君の顔が私の目に入る。
優しく、それでいて私を包んでくれる目。そんな眼差しが私に向けられる。
ああ、そうなんだ。
きっと私はその時、一種の運命を感じたんだ。
小さな小さな運命。
でも、これから大きくなることも、そして消えて無くなることもできる運命。
一間置いて、私は言った。
「――きっと大地君と会う為だったんだ」
これは、偽りでも何でもなく、私の心。私の本心。
そして――
――消えて無くなるかもしれない運命。
<第1部完>
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