Every Day!!
1-9
「そ、特別寮」
「そんなものがあったのか?」
和彦は半信半疑だ。俺も実際そうだった。
「ここね、3年ほど前にできたんだけどね。実は半年ほど前までは完全な女子寮だったのよ。でも、学園長の気まぐれか知らないけど学園長公認の人のみ入寮可能になったのね。だからそんなに人数も多くないし初等部の子だって入寮可能なのよ」
初耳だ。あの爺のことだし気まぐれだと思うが。もしかしてって可能性も捨てきれないが敢えて言わないでおこう。
「何だけど男子が少なくなったのよね。理事長、もしかして顔で選んでいるのかしら?」
あり得そうだ。
「じゃ、じゃあお前はそんな楽園に選ばれた一員なのか?」
そんなめっちゃショック!って顔して言わなくても良いだろ、和明よ。
俺はそんな和明の肩に手を置いて『また明日会おう』と呟いたのだった。
そんなこんなで、今日は入学式だ。
色濃い3日間を過ごし、なんだかかなり時間がかかったって気がする。
真新しいブレザーに袖を通し、服装をチェックする。
ちなみに、大八橋学園では男女共ブレザー。
そして男子はネクタイ、女子は洒落たリボンを付ける。
この制服だが、かなり男子のは格好良く、女子のは可愛らしい雰囲気なので、制服目当てでこの学園に入学希望する人も少なくはない。
俺は必要な書類などを鞄に放り込み、玄関へ向かう。
そこにはニコニコと立っている花梨に、これまた微笑を浮かべる紗英さん。朝から元気に言い争う泉田姉弟。それをあたふたしながら止めようとする希美子ちゃんがいた。
「よ、みんなおはよう」
「おはよう、大地君」
と、本当に嬉しそうな花梨。
「おはようございます、大地君」
と、小さくお辞儀する紗英さん。
「あ、おっはー! お兄ちゃん!」
「ういっす、大にぃ!」
と、泉田姉弟。
「わわ、大地先輩、おはようございます!」
と、俺を見て慌てて挨拶する希美子ちゃん。
うん、今日もみな元気だ。
と、その時。背後と上から妙な殺気が!
「どりゃあぁぁああ!」
と、後ろから襲ってくるのは和彦。
「とうっ!」
と、上から襲ってくるのが玲先輩。
「っと」
と、右にヒョイと避ける俺。
「「ああ〜!!」」
玲先輩と和彦は見事に正面衝突した。
……うん、みな元気だ。
っていうか和彦は朝からわざわざここまで来たのか? よくやるやつだ。
とりあえず、のびているこの2人はほっといて、学校に行くことにしよう。
「さ、学校行くか」
「うん」
と、右に回るのが花梨。
「はい」
と、左に回るのが紗英さん。
「あ、待って!」
「え、オイ!」
と、泉田姉弟。
「あれれ!」
と、慌てて追いかけてくる希美子ちゃん。
十人十色な反応に思わず笑みがこぼれる。
これからの学園生活に思いをはせながら、俺達は林道を歩いていった。
学園の入り口で泉田姉弟と希美子ちゃんに別れを告げ、高等部の校舎へ向かう。
学園全体の入学式は今日だが、何せ日本一大きい学園だ。同じ場所で一斉に行う場所などない。
なので各部のホール、または体育館で入学式は執り行われるのだ。
とりあえず、俺達はクラス分けを見る為に昇降口に向かう。
「同じクラスだと良いね」
花梨がとびっきりの笑顔で俺を見る。
「……ああ、そうだな」
あんまりにも眩しい笑顔だったので、俺は素っ気ない返事しかできなかった。
そうしているうちに昇降口にたどり着く。
すでに人がわんさかいる。
「あちゃ〜、これじゃ見えないよぉ」
「とりあえず俺が見てくるわ」
人混みをかき分け、何とか前に出る。
え〜っと、岡野大地、岡野大地っと。
あ、あった。
なになに、1年……T組?
何かおかしい。
明らかにAからGまでしかないのに、そこから飛んでTとある。
もう一度見るが、やっぱりT組だ。
ふと気づけば、花梨もT組だった。それに大八橋寮の高等部全員T系統だ。
『学園長公認の人のみ入寮可能なのよ』
沙希さんの言葉を思い出す。もしかしてその人達はみんなTなの?
しかし、他のクラスメイトだっているのだから別に良いか。1人くらいは顔見知りがいた方がいいのかもしれない。
それにしても、さっきから気になるのが1年T組名簿の中に『河原和彦』という文字があることだ。何で?
「……悪かったな、俺がいて」
「うお!」
気がつけば、隣に和彦がいたのでびっくりした。
「何だ、その男臭い反応は。きゃ、とか、わぁ、とかいう反応はできんのかい」
こいつは一体俺に何を期待しているのだろうか。
「マァ、トリアエズヨロシクナ」
「めっさ棒読みじゃないか!」
和彦の的確なつっこみ。まだまだ俺たちコンビは健在のようだ。
人混みから出ると、花梨がかなり気になる〜ってオーラを出しながら待っていた。
「どうだった?」
「同じT組だったぜ」
「え、ホント? やった!」
花梨は小さくジャンプして喜ぶ。そうか、そんなに俺と一緒で嬉しいか。
隣で和彦がプルプルと震えていた。
「ん? どうした、和彦?」
「ききき、貴様ぁ! 入学早々、何女捕まえてんだよぉぉぉおお!」
と、突然つかみかかる和彦。オイオイ。ホント女のことになるとおかしくなるな、こいつは。
俺は適当に和彦を蹴飛ばしてKOさせる。ふ、まだまだだな。
「大地君。この人は誰?」
俺の服の袖を引っ張りながら、控えめに聞く花梨。
「こいつはあれだ」
「あれってあれ?」
「そうだ。あれだ」
「なるほど」
「って納得してるんじゃねぇ!」
ガバァッと復活する和彦。つっこみ魂までは死んでいなかったか。
「コホン。花梨、こいつは同じクラスの河原和彦っていう男だ。ちなみに中学時代は何故か俺に突っかかってくるやつでな……」
「何言ってるんだよ、お前は」
やっぱり、俺らのコンビはまだまだ健在の模様。花梨もクスクスと笑っている。
「ヨロシクお願いしますね、河原君」
「おう、よろしくな。花梨ちゃん」
手を差し出す和彦。
「じゃあ、行こうよ、大地君」
花梨が手を取ったのは俺の腕だった。
その光景を見て、差し出した自分の手を呆然と見る和彦。
……元気出せって、和彦。
とりあえず、俺たちは1年T組の教室まで来た。
どうやら、クラスの人数は25人程度。だいぶ少ない。
俺は自分の席を探して座った。
名簿順なので、窓際の前から4番目。ちなみに後ろから2番目。絶好の位置だ。
……ちなみに和彦は俺の真後ろだった。不運だ。
「何言ってるんだ。親友が真後ろに来て光栄だろ」
一体こいつは何を言っているんだ? まぁ、俺は軽くスルーする。
廊下側の席にいる花梨と目が合う。花梨は小さく手を振ってきた。俺も小さく振り返す。
すると、ドアが勢いよく開き、ショートカットの女の子が出てきた。
その子はズンズンと進み、俺の隣に腰掛ける。
って、須野!?
須野も俺に気づき口をぱくぱくとさせている。
「な、お、お前!?」
そりゃびっくりするだろう。
クラスが8クラスもあるのに一緒のクラスで、しかも隣だった、とかだもんな。
「や、やぁ」
とりあえず引きつった笑みを返す。なんかこんな反応されたらこうとしか返せない。
「ふ、ふん」
と、須野は俺から顔をそらし、自分の荷物を鞄から出し始めた。
後ろから和彦が小声で話しかける。
「誰? この子」
「ああ、こいつは須野加奈子ってやつでな。ソフト部の推薦で入学したやつ」
と、だいぶ簡略して説明する。こいつのことだ。あんまり詳しく話すと厄介なことになりそうだしな。
その時、ガラリとドアが開き先生が入ってくる。
って、沙希さん!?
本日2度目のびっくり。
沙希さんはスーツをビシッと着こなし、薄く化粧をしていた。
なんか綺麗だなぁ。
教壇の前に立つと、沙希さんはパラパラと書類を確認し、全員の顔を確認した。その時、少し俺と目があった気がした。
……気のせいかな?
「皆さん、おはよう! 私は君たちの担任になる大塚沙希だ。一応数学を担当している。ちなみに大八橋寮の寮長も兼任しているのでこの中に何人か顔見知りがいるな。とりあえずヨロシク」
沙希さんはそう言うと俺の方を見てウインクした。やっべ、めっちゃ綺麗。
その後、俺たちは体育館に移動し入学式。
爺がアホみたいな演説をしていたが、話はすべて軽く聞き流していたので問題なし。
その後はアッサリと解散に至った。
とりあえず、俺は教室の中で机に突っ伏して休んでいた。
よくよく思えば、一人でいるのはかなり珍しい気がする。
騒がしい日々の中の、一時の安らぎといえるだろうか。
和彦は早速空手部の見学に行ってしまった。あいつも本当に好きだな。まさか入学式初日から行くとは思わなかった。
俺の場合寮に帰ってもすることもなく、とりあえず休憩ということでここに残っている。
今思い返せばだいぶ3日間でいろいろなことがあった。つーかいろんな人に出会いすぎたな。
その所為か自分の心と向き合う時間が全然とれなかったと思う。
何の為にこの学園に入ったのか。
あのことに対する爺や母上の計らいもあったと思うが、実際自分の意志だ。
この学園に、周りの環境を思い切って変えることで、物事が良い方向に転がるかもしれない。そう思ったからだ。
ふと、あの笑顔が思い出される。
佐織は元気にしているのだろうか?
今もまだあの笑顔を振りまいているのだろうか?
あのときの罪悪感が蘇り、胸が苦しくなる。
別れ際の、あの佐織の顔。
「大地は何にも悪くないんだよ」
と、泣いて言ってくれた。
そんな佐織を、俺はまっすぐ見ることができなかった。
俺は怖かったんだ。佐織の中の俺の立場が。俺の中の佐織の立場が。
佐織は俺から離れていった。そして、俺もその思い出の地を離れた。
もう自分の中で吹っ切ったつもりだった。だけど、まだ全然吹っ切れていなかった。
そんな弱い自分が嫌いだ。
佐織を守ってやれなかった自分が嫌いだ。
だから、俺は強くなろうと思った。
強くなるまで、誰にも心を開かないでおこうと思った。
固く閉じておこうと思った。
そして、誰も好きになれない自分がいた。
気がつけば日は傾き、夕日が教室を真っ赤に照らしていた。
そろそろ帰ろうかなと思って席を立つ。
すると、もう一人教室に人が残っているのに気がついた。
花梨だ。
俺は花梨に近づく。どうやら寝ているようだ。
起こすのはなんだか申し訳なく思ったので、目の前の席に座る。
なんだか小刻みに震えているようだ。どうやら寒いようだ。そりゃそうだろう。廊下側の席にまだ春先だ。
俺は自分の上着を掛けてやる。
気持ちよさそうに眠る花梨を見ると、なんだかホッとする。
「ん〜」
「?」
どうやら寝言を言っているようだ。
「ん〜、だいちぃぃ……」
「!」
こいつ、今俺の名前を呼ばなかったか?
まぁ、今のは空耳だろう。
俺はそのまま、花梨が起きるまで花梨の寝顔を見ていた。
「ん?」
私、どのくらい寝たっけ?
花梨はむっくりと起きあがる。自分に上着が掛けられていることに気づき、辺りを見渡す。
どうやら、教室で寝込んでしまったようだ。
花梨は目の前に誰かがいるのに気づいた。こっちを向いて腕を組みながら寝込んでいるようだ。
暗いのでよく見えない。
顔を近づけてみる。
「あ」
大地だった。どうやらこの上着は大地のものらしい。
そういえば大地君が教室でボーっとしていたので待っていたんだった。
花梨は自分が教室に残っていた本来の目的を思い出した。
すでに辺りは真っ暗だ。グラウンドで部活をしている人たちがまばらに見える。
花梨は大地の顔を見る。小さな寝息を立てて眠っている。
きっと私を待っていたんだけど寝てしまったのだろう。
花梨はクスリと笑った。
そして、無性に大地が愛おしくなった。
大地と出会えて本当に良かったと思っている。
とても安らげる人。そして私を包み込んでくれる人。初めてあったその時から、すでに花梨は大地に馴染むことができた。
基本的に男は苦手で、どうしても奥手になってしまう花梨にとって、このことはものすごいことだった。
自分自身、信じることができず、運命じゃないのかと思っている。
しかし、大地はどうしても花梨に心の内を開かない。花梨でさえもうすうすと感づいていた。
この人は自分の傷を覆い隠している。そう感じるのだった。
花梨は思う。
どうか、大地に1歩でも近づくことができますように。
そして、彼の傷を取り除けるように。
小さな月明かりが、教室を照らし出した。
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