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Every Day!!

1-8

 俺は寮の中を走り回る。
 しかし、一向に花梨は見つからないままだった。
「ああ、くそ!」
 腹が立って思いっ切り近くの壁を蹴飛ばす。
 しかし、意外にこの壁が固くへこみさえもせず、逆に俺の右足に鋭い痛みだけが残った。
 その痛みに耐えながらも、花梨を探す為に走り回る。
 ふと考える。
 何で俺は花梨を探しているんだ?
 そして、俺は立ち止まった。
 何でなんだろう。あいつとは会ってまだ数日なのに。
 そして、花梨の顔を思い出す。
 そう。彼女は俺に優しくしてくれた。
 普通に接してくれた。
 過去の傷に触れずにいろいろとしてくれた。
 よし。
 理由はしっかり整った。
 俺はもう一度走り出す。花梨を探す為に。
 屋上に飛び出る。すると、いた。
 フェンスのすぐそばに、立っている花梨が。

「花梨」
 ずっと外を見ていた花梨はビクンと反応する。
 そしておどおどと俺の方へ振り返った。
「大地君……」
 どうやら泣いてはいなかったようだが、その表情は悲しみに満ちあふれていた。
「あのな、花梨……」
「嫌! 聞きたくない」
 花梨はバッと手を耳に当てて顔を左右に振る。
 完全な拒絶。罪悪感でチクリと胸が痛くなる。
 ――畜生、玲先輩め。後で覚えてろよ。
 とりあえず、今は誤解をとくことが先決だ。そう、誤解さえとけば大丈夫なはずなのだ。
「花梨、さっきのは誤解なんだ!」
 耳をふさいでいるので大きな声で聞こえるように言う。
「え?」
 花梨は驚いたような目で俺を見る。まぁ、そりゃそうだろうけどさ。
「実は先輩が言ったことはまるっきり嘘なんだ!」
 もう、ここでは包み隠さずすべて言わねばならない。そうじゃないと駄目なのだ。
 花梨は信じられないって顔に変わった。そりゃそうだろう。あんなに気品あふれる先輩(猫かぶり)から聞いた話だ。嘘なわけないって信じているはずだから。
「確かに、俺は昨晩先輩と過ごした。でもな、ただ組み手をしていただけなんだ!」
「え?」
 さらに驚きの表情になる花梨。絶句とかいうやつだろう。だって玲先輩としていたのが組み手だなんていわれたら誰でも驚く。
「だから先輩言ってただろう。『肩がこった』って。それは長時間組み手をしていたからなんだ!」
 自分で言っていて悲しくなる。
 なんて情けない誤解なんだ。これじゃあコメディドラマみたいじゃないか!
 花梨の顔がだんだんとゆるむ。
 そして――
 ――思いっ切り笑われた


 俺はブスッとした顔で目の前で食事を取る女性2人を見ていた。
「あっはっはっは! だから花梨ちゃんは怒ったのか! なるほどな」
 玲先輩はもう花梨の前では猫をかぶらなくなっている。つーか初対面の上にさっきまであんな事があったのによくこんなに馴染めてるな、と感心させられる。
「だって、初めて会った相手にそんなことをするなんて信じられないって感じだったんですよぉ。しかも私はこんな人と仲良くしてるのかって考えたらホント怖くなっちゃって。気がついたら……」
「「上段回し蹴りぃ!」」
 もう二人の息はピッタリだ。恐ろしい。
 俺は大きなため息をついて立ち上がる。
「ん? どうしたんだ、大地。まだ私たちのトークは終わってないぞ」
「いや、もう部屋に戻ります……」
「えぇ〜、戻っちゃうのぉ。もうちょっと聞いてくれたって良いじゃない」
 ハッキリ言おう。花梨ってこんなキャラだったか?
 とりあえずその点は黙っておこう。
 きっとこの子も皮がはがれただけなんだ。そう信じたい。つーか信じさせてくれ。
「疲れたんで。ね。じゃあ失礼します」
 俺はトボトボと食堂を後にする。
 とりあえず、もう一眠りしよう。そして、この疲れを取るのだ。
 俺は自分の部屋へと向かう。
 俺の部屋は階段を上がってすぐ目の前だ。
 とりあえずドアを開け、中に入る。
 そして、石化。
「よ、大地よ。元気にしとったか?」
 そこには爺がいた。


「何でお前がここにいるんだよ」
 俺はお茶を出して、とりあえず目の前にどかっと座る。
「酷いのぉ。仮にもお前のお祖父さんなのに。もっと優しくしておくれ」
「何を言ってんだか」
 目の前に座っている爺は、俺の祖父さんだ。俺の母さんのお父さんにあたる。
 そう、大八橋源治郎。
 大八橋学園の学園長だ。
「そんな……もっとお祖父ちゃんに優しくしなきゃ、お祖父ちゃん死んじゃうよ?」
「いや、別に死んでも良し」
「コラ! 大地。そんなこと言ったら駄目でしょうが!」
 何気に声色を変える爺。
「……もういいって」
 とりあえず、このまま話していてもどーせ時間も無駄なので、俺は本題を切り出すことにした。
「で、何のようなんだ?」
「うむ。大地がちゃんとできているか視察に来た」
「やっぱり?」
 母上の電話を受けてから、いつかは来ると思っていた。
 このあり得ないくらいに女子が多く、しかも男子女子の部屋割りがめちゃくちゃな寮に俺を放り込んだ。
 もちろん、それら一連のことにはすべて原因がある。そう、俺だ。
 その俺が気になるのは当たり前だろう。何にも変わっていなかったら次の手を打たなくちゃならないからな。
「それでだ。彼女はできたのか、大地よ?」
「単刀直入に聞きすぎだ、爺。そんなにすぐにできるわけねぇよ」
 俺はぶっきらぼうに答える。
 そんな俺を見て、爺は大きくため息を漏らす。
「いいか?大地。そのままじゃ全然駄目だ。全く駄目だ。すべてが駄目だ。存在が駄目なんだ」
「なんか言い過ぎだぞ、爺」
 さりげなく話が笑いの方へ傾きだしているのは気のせいとしよう。
「大地。昔のことを忘れろと言われて、忘れることができないのは分かっている。だがな、いつまでも引きずってちゃ駄目だ。前を向いて歩いて行かなきゃいけない。現実だ。現実を直視するんだ、大地」
 爺は真剣な眼差しで俺を見る。
 俺だって分かっているんだ。これだけしつこく言われている。
 そして、こうしていろいろとして貰っている。
 俺だってそんなことくらい分かっているんだ。
 自分でなんとかしなきゃならないくらい分かっている。
 でもな、爺……
 ――まだ、心の奥で引きずってしまっているんだ、俺は。


「まぁ、後はお前次第だ、大地」
 そう言うと爺は席を立つ。
「おい、もう行くのか?」
「ああ。爺は忙しいからのぉ」
 そう言うと爺は窓に足をかける。
 って、窓!?
「って、どこから出ようとしてるんだよ!」
「ふぉふぉふぉ。何処って窓しか無かろう」
 そう言うと、爺は『とうっ!』とか言って飛び降りた。
 ベギョ、という音がした後、タタタタと走り去る音が聞こえた。
「……最強だな、爺は」
 あまりの出来事に呆れることしかできない俺。
 すると、突然俺の部屋のドアが乱暴に開け放たれた。
「学園長!」
 黒服の屈強な男たちが次々と入ってくる。
 俺はさらに呆れかえった。
 あのアホ爺、仕事ほっぽり出してこっちに来たな。
 部屋に土足で入ってきて、しかも中を荒らし回っているこの黒服集団は、きっと爺のお目付役なのだろう。
 しかし、人の部屋を荒らすのはあまり感心しない。ハッキリ言おう、昨日片づけたばかりだ。
「あ、だだだだ大地様! も、申し訳ありません!」
 黒服の男たちは俺を見るやいなや、片膝をついて謝った。
 どうやら、俺の顔は知られているらしい。まぁ、一応あの爺の孫だしな。とりあえず片づけてくれと指示をし、爺はこの窓から飛び降りて逃げていったことを伝えた。
 黒服の男たちはテキパキと片づけ、ダッシュで爺を捕まえる為に行ってしまった。
 ……ホントようやるわ。


 俺はベッドの上に大の字で寝ころぶ。
 今日までの3日間。ものすごく濃かった。
 いろんな人たちと出会い、そして新たな生活を改めて実感させられた。
 明日は待ちに待った入学式だ。
 いよいよ、新たな学園生活が俺を待っている。
 これからの3年間はとても大切な3年間になると思う。
 自分の気持ちに向き合い、前に進まなくちゃならない3年間。
 自分を変える為の3年間。
 俺は身震いをする。そう、このままじゃ駄目だから俺はこの学園を選んだ。だからこそこの学園での3年間は充実したものにしなくてはならない。
 母上や爺も、俺を思っていろんなことそしてくれたんだ。俺はその期待に応えなくちゃいけない。
 俺は拳を天井にあげる。
 俺はやるんだ。そう、やり遂げる。
 これから、俺の新たな毎日が始まるんだ――


 部屋で一応高校の予習や中学の復習を俺はしていた。
 この学園のレベルは高い。落ちこぼれるのは嫌なので、少しばかり先取りしておこうと思ったからだ。
 難しい問題にペン先をかじりながら立ち向かう。
 まぁ、正答率は半分以下だけどね。
 それでも、だいぶ理解できた部分が沢山あった。
 コンコン
「はいはい」
 ドアがノックされたので、俺は立ち上がる。
 ドアを開けると、そこには沙希さんがいた。
「あれ? 沙希さん。どうしたんですか?」
「いや、なんかね。岡野君に会いたいっていうやつがこの寮の前に来てるの。とりあえず会ってやってよ。なんか知り合いみたいだよ」
「そうですか。はい、今行きます」
 一体誰なのだろうか。俺は階段を下り、寮の入り口に向かう。
 そこには、夕日に照らされた一人のシルエットが見えた。
 嫌な予感――
 刹那、そいつは俺に向かってローキックをかましてきた。
 かろうじて避け、俺は足払いをいれる。そいつはピョンと器用にはね、俺の技を避けた。
「あーあーあー、ホントむかつくな、お前は!」
「お前ほどじゃねぇよ」
 俺は頭を不機嫌そうにかくそいつを見る。
「それにしても、お前もこの学園だったのか」
「ああ、そうだよ。マジでびっくりしたぜ。お互い遠くに離れるから高校名は伏せておこうと言ったのに、まさか一緒だったとは、なぁ、大地」
「そうだな、和彦」
 この俺に突然ローキックをかましてきたやつは、河原和彦という。
 中学時代、いつも俺を連んでいたいわば親友ってやつだ。
 だいぶ濃いやつで、ものすんごい空手バカ。のくせしていつも俺に負かされている。
 ちなみに俺は一時、親父にありとあらゆる武術を教えられたことがある。まぁ、そのお陰で和彦に負けないんだけどさ。
 しかし、お互い高校が遠いところを選んだので、言わないで秘密にしておこうって話になり、何処に進んだのかお互い全く知らなかった。
「それにしても、大地はこの寮に入ってるのかぁ。だいぶ古そうだな」
「え、和彦も寮に入ってるのか?」
「ああ。ここからちょいと離れた寮だけどな」
 どうやらこの学園には他にも寮があるみたいだ。さすが日本一でかい学園だなと思う。
「ま、一緒になったことだし、また連もうぜ」
「ああ、そうだな」
 親友と再会し、俺はかなり上機嫌だった。
 これからもこいつと一緒。中学時代、本当に仲のよい友達はこいつくらいしかいなかったのでかなり嬉しい。
「それにしても、男子寮って2つもあるのか。俺もここに移ろうかなぁ」
「は?」
 和彦の発言に俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
 男子寮が2つ?
「オイ、もしかして大地よ。ここは男子寮でないのか?」
 和彦がものすごい形相で俺に迫る。
 や、やめろ。むさ苦しい。
「ああ、そうだが……」
 とりあえず正直に答える。
「なななな、なにぃ! つつつ、つまり、お前は女子寮に紛れ込んでいるのか!」
 青筋たてて俺に迫る和彦。こ、こぇよ!しかも誤解だよ!
 とりあえず、なんとしてでもこいつを落ち着かせなくては。このままじゃ暴れ出しそうだ。
「お、落ち着け、和彦」
「落ち着いてられっか! おい、大地! どうやって潜り込んだんだ! 俺にもその方法を教えろ!」
 ちなみに、河原和彦15歳。彼女いない歴15年。
「違う! 俺はもう16歳だ!」
「って何俺の心の中読んでんだよ! しかもそれだったらいない歴16年じゃん!」
「くぅぅぅ……言わせておけば大地め! で、どうやった? どうやったんだ?」
 うう、耳元で叫ばれるのでかなり耳がキンキンする。しかもどさくさに紛れて胸ぐらつかんでるし。く、苦しい……
 何とかしてこいつを沈静化しないと暴走しちまう。
「ここは特別寮よ」
 その時、後ろから沙希さんの声が聞こえた。和彦の手がゆるみ、俺は何とか解放される。
 そして、俺と和彦は同時に言ったのであった。
「「特別寮!?」」
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