Every Day!!
1-10
「うお!」
起きたら目の前で花梨が俺をじっと見ていたので驚いた。
とりあえず辺りを見る。つーかもう真っ暗じゃん。
「おい、花梨。起こしてくれたっていいじゃんか」
「だって大地君だって私を起こさなかったでしょ」
げ、そこまで分かってらっしゃるの?
俺はハハハと苦笑いを浮かべる。こりゃ花梨の方が上手だな。
「とりあえず帰ろうか」
「うん♪」
俺と花梨は教室を出る。
春の夜風が窓からそよそよと吹いてくる。少し肌寒いな。
花梨は俺の上着をがっちり着込んでいる。暖かそうだ。まぁ、俺が掛けてやったんだから文句は言わないけどさ。
とりあえず、さっさと帰って暖まった方が良いな。
俺達は外に出る。もうグラウンドの明かりは半減されている。すでに部活をやっている生徒は皆無だ。
「おい」
後ろから声を掛けられて、俺と花梨は振り返る。
そこにはショルダーバックを肩から掛けて仁王立ちしている人がいた。
暗いのでよく見えない。するとズンズンとこっちに歩いてきた。
あ、須野だ。
「よぉ、須野。こんな時間まで何してたんだ?」
「ふん。部活よ。あんたこそ何してた?」
すると、須野は花梨の方を見た。どうやら今気づいたようだ。
「お、お前、まさか……」
「何、危ない妄想してんだよ。花梨は普通に寝てた俺を待っててくれただけだよ」
「ちぇ」
なんかこいつのキャラがだんだん分かってきたような気がする。
「じゃあ帰ろうよ」
花梨はそう切り出す。まぁ、こいつも同じ方向だからな。
それに女の子2人に囲まれての下校か。和明が聞いたら絶対に羨ましがるようなシチュエーションだな。ふふん、羨ましいだろ。
って、オイ、俺を置いてさっさと行くなよ!
俺は仲良く話している花梨と須野の後を追いかけていった。
ジリリリリリリリリリッ!
今日もいつものようにけたたましくなる目覚まし時計。
俺はそれをまたいつものように叩き、黙らせる。
ふ、俺を起こすには100年早いぜ。
俺は再び眠りの世界へ向かう。
こんな心地の良い世界を離れてたまるか!
そう、現実よりもこっちの方が幸せだ。……暖かいし。
すると、遠くからなにやら騒がしい音が聞こえてくる。
ドドドドド………
なんか聞いたことがある音だぞ。
ドドドドドドドドド………
あ、なんだか近づいてきてる。なんかやばいぞ。俺の本能がそう囁いてる。
ドドドドドドドドドドドド、バン!
や、やばい!これはもしや!
「おにーちゃぁぁぁぁぁん!!!」
やっぱりぃぃぃぃいい!
「ぐはぁぁ!」
腹の上に飛び乗られ、悶絶する俺。……朝からこれはきついぜ。
「お兄ちゃん、おはよう」
「……ああ、おはよう」
ニコニコと俺の上に乗っている恵里。マジで勘弁してほしい。朝っていうのはちょっと、な。
男にしか分からない現象が起きてるんだし、それにお前はもう中学3年の女の子だろ? こう、男の部屋に突然押し入るのに少しは抵抗や恥じらいを持ってほしいものだ。
俺はそんな恵里を引きずりおろし、外に放り出す。
こうでもしないとこいつはずっとこの部屋に居座るつもりだ。
ちなみに、外に放り出してもすぐに入ってくるのでそこは拓也に任せる。ホント頼りになるぜ。
「じゃあ、後は頼んだぞ、拓也」
「おうよ、大にぃ」
「いやぁぁぁああ! おにーちゃぁぁぁん!」
……頭痛い。
服を着替えて身支度を整え、俺は食堂に向かう。
すでに花梨と紗英さんに一番会いたくなかった玲先輩がいた。
「やぁ、大地。よく眠れたかな。それとも昨日のアレが印象に残りすぎて眠れなかったか?」
「え、何、アレって?」
「紗英ちゃん知らなかったか?実だな…ゴニョゴニョ……」
「ぇえー!」
「朝から何吹き込んでるんですか、先輩。紗英さん、頼むから真に受けないでください。単なる組み手ですよ」
そうである。昨日の夜も俺は玲先輩に組み手をくまされた。
まぁ、そんなに遅くまでやっていなかったのだが、やっぱり体の節々が痛い。
「そうだったんですか。大地君ったらもう玲先輩を毒牙にかけたと思ってしまいました」
「誤解です」
紗英さんもなかなか激しい人だ。しかも、もうってどういう意味ですか?この人も要注意だな、こりゃ。
「そうだ。大地よ。今日は部活説明会の日だ。絶対に空手部に入れよ」
「え、嫌ですよ」
俺は速攻拒否。この人と同じ部活に入ったら最後、命がいくつあっても足りない。
「じゃあ、大地君は何処にはいるの?」
花梨が興味津々な目で俺に聞いてくる。
「ん。まぁ、水泳部かな」
「じゃあ私と同じですね」
紗英さんが両手を合わせてニッコリと微笑む。
マジっすか?
まさか紗英さんが水泳部だとは思ってもみなかった。
なんか絶対茶道部とか華道部だと思ってたぜ。
それにしても紗英さんの水着姿か。なんか想像するだけでも恐ろしい……。一発でノックアウトだろうな。
「おい、大地よ。目がいやらしいぞ」
「うぉい!」
どうやら顔に出ていたようだ。いかんいかん。
「おーい、大地君。ごはんできたよぉ!」
「あ、今取りに行きます」
そして、俺は主に玲先輩に虐められながら朝食を済ませ、みんなと学校へ向かった。
「ゆ、許せん……」
「お、落ち付けって、和彦」
「こ、これで落ち着いてられっか!バカ野郎!」
朝。和彦にあって早々俺は大変なことになっていた。
なんか和彦の目が逝ってるんですけど?
「さ、3年のマドンナの木村先輩とまで仲良くしているとは……もう、許せん!」
「お、落ち付けって」
どうやら玲先輩はすでに1年の中でも有名らしい。
まぁ、あの容姿だしな。噂されない方が不思議だ。
つーかお前だって昨日、朝からぶつかりあってたじゃんか。
「あれはだな。あの後すぐに蹴飛ばされて大変だったんだぞ。ああ、そう言えば蹴飛ばされた後背負い投げくらったな。むっちゃ痛かった。しかも『ハズレか』とか言われたし。ムキー、大地めぇぇ!」
玲先輩、和彦にまで技掛けたんですか?
その後、興奮した和彦を落ち着かせるのに、朝のホームルームまでかかったとさ。
今日も至って授業などもなく平和に時間は過ぎていった。
部活紹介の際は壇上で玲先輩が『特に1年T組の大地君には是非入部してもらいたい!』などと言うから少しばかり大変だったが、その騒ぎも落ち着き、俺は人が少なくなった教室でボーっとしていた。
今日もすることがない。
明日からはちゃんとした授業が始まるらしい。予習程度でもしておこうかなと思ったのだが、残念ながらその点はすでに終わっている。
むしろ今月は一切予習などしなくても十分ついていけるだけの勉強は終えた。
俺は水泳部の見学にでも行くことにした。
この学園の部活への力のいれようはすごい。
ほとんどの部がインターハイなどの全国大会の常連校。
野球部など3年連続の甲子園に、前年は甲子園優勝だ。
バスケットやバレーもインターハイ決勝の常連で、玲先輩の所属する空手部も団体、個人の部を総なめにするほどの実力。
そう言えば和彦の入学目的がそれだったな。推薦だったっけ?
しかし、水泳部は何にも聞かない。マジで何にも聞かない。
どうやら、水泳部はまだまだらしい。まぁ、その方が俺も良いのだけれど。
弱い水泳部も待遇は他の部同様良いらしく、室内プール完備ときた。
プールは高等部第2グラウンドの端にある。50メートルプールと聞いてさらに驚きだ。
俺が中学の時は基本的に学校のプールは25メートルが当たり前だった。
お陰で大会前の調整期間ではわざわざ50メートルプールのあるところまで出向いていたのだった。
中学の頃、そこそこ騒がれていた俺の動向は注目の的だったらしい。
自分でもうすうす感ずいており、特に中3の秋頃にはハッキリと自覚した。
だいたい5校ほどから推薦の誘いがあったのだ。
しかし、俺は一般入学にこだわり、そしてこの学園に入学した。
プールから人の声がまばらに聞こえる。どうやら活動はしているようだ。
中に入る。塩素の匂いがツンと鼻を突く。久々に感じる匂い。そして、熱気。
室内プールというものはどうしても熱気がこもりやすいのだ。
プールはなんと50メートルプールに25メートルプールの2つあった。これは珍しいどころかすごい。これだけの設備が整っている学校は水泳の名門校しかないだろう。
プールの脇にはなんだかいかつい人が怒鳴っていた。
って、え!?
「大垣先生!?」
「ん? 何だ、この前の急患か」
この前、と言っても一昨日のソフトボール直撃事故のときに運ばれた保健室の保健医の先生がいた。
「先生、こんなところで何してるんですか?」
「何ってコーチさ。俺はうちの水泳部の顧問だからな」
「ええ!」
驚いた。まさかこの人が顧問だったとは。
「で、何のようだ、岡野」
「あ、いえ。見学でもしようと思って」
「そう言えばお前、中学のとき有名だったもんな。いいよ、見てけ」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺はプールサイドの腰掛ける。
15名ほどが50メートルプールで一生懸命に泳いでいる。みんなそれほど遅いとも言えないが、速いとも言えない。中堅選手ばかりって言えるだろう。
ふと25メートルプールに目をやる。そして、俺は驚いた。
そこでは、一人の女の子が水の中で踊っていたのだ。
水中と水面で繰り広げられる踊り。
真っ白で、すらっとのびた足が水中から繰り出され、そしてゆっくりと沈んでいく。
ときに速く、ときにゆっくりと。まさに水の妖精みたいだった。
そう、あれはシンクロナイズドスイミングだ。
どうやら練習に一区切りがついたらしく、その人は自ら上がってきた。まとめ上げた髪をほどくと長く、そして真っ黒な髪が腰までたれた。
その人が俺を見る。見覚えのある顔だった。
「大地君!」
「どうも、紗英さん」
紗英さんは俺の方に小走りで駆け寄ってきた。
「どうしたんですか、こんなところで」
「見学ですよ。でも、驚きです。まさか紗英さんがシンクロやってるだなんて」
実際俺は紗英さんは競泳をやっていると思っていた。しかし、その割にはあまり筋肉などがついていないなと思っていた。
まぁ、シンクロにも筋肉はいるが競泳ほどムキムキになるわけじゃない。そう考えると合点がつく。
「えへへ。実は大地君が入部したら言おうと思ってたんですよ。少し驚かそうと思って」
「ははは」
それにしても、普通に見ても可愛い紗英さんが、水着姿でしかも濡れてたりすると、なんていうか、かなり色っぽい。
すると、奥の更衣室から上着を羽織った人が出てきた。
「って、沙希さん!?」
「あら、岡野君じゃない」
更衣室から出てきたのは沙希さんだった。さすがにこれには俺も驚いた。
沙希さんは水着の上に長袖のジャージを羽織っていた。これまた色っぽい。
「ああ、大地君。沙希先生はですね、シンクロのコーチなのよ」
「ええ!」
さらなる衝撃。つーか沙希さん、あなたは一体どれだけ掛け持ちやってるんですか?
「やぁね、これ以上何かやるなんて体が2つないとできないわよ」
しかも心まで読まれてるし。
「まぁ、しっかり見学していきなさい」
そう言うと沙希さんと紗英さんは25メートルプールの端に他の部員を集めて何か話し出した。
「おいおい、岡野。お前、見学しに来たんだろ」
後ろからバインダーで大垣先生に軽く頭を小突かれる。
「うひょー、沙希先生。今日も綺麗だなぁ」
まるっきり親父発言だ。まぁ、沙希さんもだいぶ良い体をしているのは事実だ。モデルをやっていてもおかしくない。大して紗英さんはスレンダーな体つきっていうのがピッタリだろう。
とりあえず、2人そろったときには恐ろしいほどの破壊力だ。
「さ、岡野。とりあえずしっかり見学せぇや」
「はい」
俺は再び50メートルプールに目を戻した。
Copyright (c) 2005-2008 All rights reserved.