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Every Day!!

1-7

 ピチチチ……
 鳥のさえずりが聞こえる。
 俺はむっくりと起きあがり、辺りを見る。
 俺は食堂の椅子で寝ていた。他のみんなもほとんど寝ているようだ。
 まぁ、昨日あれだけどんちゃん騒ぎをすれば、朝起きれないであろう。
 体のあちこちが痛い。
 よく見れば、いろんなところに痣ができていた。
 腕はもちろん、背中、太股、そして、なんと首にまで。
「オイオイ……」
 昨日の悪夢を思い出す。
 発端はあの背負い投げ、否、あの木村という先輩にあった所為だろう。

 
 突然気に入った、とか言われて俺は混乱していた。
 何言ってるんだ、この人は。
「ちょ、どう意味ですか?先輩」
 とりあえずちゃんと敬語は使う。失礼にならないようにしないとな、そりゃあ。
 なんだかこの木村って言う先輩は意味ありげなほほえみを浮かべている。
「どういう意味ってそのままの意味だ。私は君が気に入った」
「は、はぁ」
 どうやら、この先輩は俺のことを気に入ったようだ。
 しかし、本当にますます訳が分からない。
 俺を背負い投げしておいて気に入っただって?
 本当に意味不明だ。
「お、なんだか不思議そうな顔をしてるじゃないか?」
「当たり前ですよ。突然あんなことされたら誰でも驚きますし、不思議です」
 素直に答えた。
 先輩はニヤリと笑う。かなり美人なのだが、その笑いはかなり恐ろしい。
「そうかそうか。よし、なら話してあげよう。私は君を気に入ったからな」
 俺に近寄り、目の前でニッコリ。
 今度は悩殺的な笑顔。ホント何なんだ、この人。
「自分でそう言うのも何だが、見てのとおり私は綺麗だ」
「は、はぁ」
 確かにそうである。
 出るところはでてるし、かといってちゃんと引っ込んでいるところは引っ込んでいる。俗に言われるボンキュボンだ。
「お陰でだな、小さい頃から私に言い寄る男が多くて大変だったのだ」
 先輩は人差し指を上に立てながらゆっくり俺の周りを歩きながら淡々と語る。
「か弱い女の子がそうされたら、いつの日か襲われるに違いない。そう思った私の父上が私を小さい頃から護身術といい、ありとあらゆる武術を私に教え込んだ」
 つまり、身を守る為に恐ろしいほど訓練したって事?
「その通りだ。お陰で、めちゃくちゃ強くなった。そこら辺のチンピラくらいだったら秒殺できる」
 そんな怖いことをさらっと言うなよ。
「しかし、めっきり私より強い男がいなくなってしまったんだ。護身術といえど、やはり手合わせしたいとかそういう願望は私の中にあるんだ」
 まぁその理屈も分かる。俺だって、ライバルとか競う相手がいなかったら水泳なんてやっていない。
「そこで、私は自分と互角に戦えるやつを探すことにしたのだ。普通に探していては面白くないので、私の背負い投げを受けなかった者を探すことにした」
 なるほど。そうやっていろいろと相手を試していたんだな。
「――でだ」
 先輩は一呼吸置いて、俺を見据える。
「君を見つけた」
 真剣ながらも、少しばかりうれしさや好奇心の混ざった眼差し。そんな眼差しが俺の顔をしっかりととらえる。
「やっと見つけたんだ。……にがさんぞ」
 俺は背筋に寒気を覚えた。
 何てこった。こうなるんだったら背負い投げを素直にうけときゃよかった。
 でも、あれはモロくらったら痛いだろうなぁ。
「おい、何ぶつぶつと言ってるんだ」
 ハッと我に返る。
「いや、別に何でもないですよ。で、俺はどうすりゃいいんですか、先輩」
「先輩なんて堅苦しい言い方をするな。玲、と呼んでくれ。大地よ」
「は、はぁ。で、何するんですか?」
 玲は一呼吸置いて、ニィと笑い、高らかに言い放った。
「私の相手をするんだ!」


 まだ、俺の体は痛む。
 ズキズキと、特に背中が痛い。
 その後、俺と玲はとりあえず寮内の小さな道場(何でこんなものがあるのかは知らない)で組み手を行った。
 そして俺は死んだ。
 彼女はめちゃくちゃ強かった。
 俺は何とか蹴りを避けたりしたが、残念ながら打ち込むことができなかった。
 相手は女の子だ。ハッキリ言って打撃は入れられない。
 それに、あれだけグラマラスなボディーなのだ。
 ハッキリ言おう。俺の別の意味で困った。
 仕方ないので、彼女の足を重点的にねらったがあまり効果はなかった。
 ボコボコにされたけど、彼女はかなり大満足だった。
 これでもかなり長く持ったらしい。
 まだ、周りではいろんな人が寝ている。
 何となく、いい香りが厨房からただよってきた。
 俺はフラフラと厨房へ向かう。
 中では、誰かが何かを作っている様子だった。
 奥の方に入る。ハッキリと見えた。花梨だ。
「よぉ、花梨。おはよう」
 花梨は俺の声に反応し、バッと振り返る。そして、ニッコリと笑顔を作る。
「おはよう、大地君。今、朝ご飯作ってるんだ。ちょっと待ってね」
「ああ。オッケー」
 俺は厨房から出て席に着く。
 時計を見ると、まだ朝の6時15分だった。かなり早い。
 しかし、花梨も昨日はあれだけ飲んでいたのに、今日は別に何ともなさそうだな。
 ボーっとしたまま、食堂の窓の外を眺める。
 大きな木々が、風でガサガサと揺れている。
 今日も良い天気。気持ちの良い日になりそうだ。
 俺はもう一度辺りを見渡して、あることに気づく。
「あれ、玲先輩がいない……」
 ちなみに、玲と言うのは気が引けたので玲先輩と呼ぶことにしていた。
 彼女は、昨日組み手をくんだ後、シャワーを浴びてくると言ってどっかに言ってしまった。
 そして今、彼女はここにいない。まぁ、たぶん部屋に戻ったのだと思われる。
 ボンヤリと待ていると、花梨ができた朝食を持ってこっちにやってきた。花梨はニコニコとしている。
「まぁ、いいか」
 少しばかり、疲れていた気持ちが楽になった。


 花梨の作ってくれた朝食はなかなかのものであった。
 ハッキリ言おう。
 お袋のあ(ry
 とりあえず、うまいということだ。
 純和風の朝食。白いご飯にみそ汁。このみそ汁がかなり良い具合の濃さ。
 それに沢庵。これもうまい。そして焼き魚。しかもカレイだ。焼き具合がバッチリで、ちょうどよい焦げ目も出ている。
 それに、卵焼き。きっと牛乳を混ぜたのであろう。黄色い身がふっくらと、それでかつ微妙な甘みを含んでいる。
「うむ、世は満足じゃ」
 何となくこう言ってみたら、花梨はものすごく嬉しそうな顔をする。
「そんなにおいしい?」
「おう、かなりうまいぞ。さすがだな、花梨」
「エヘヘ……」
 ほんのりと頬が赤い。俺が褒めた所為だろう。きっと花梨は恥ずかしがり屋なのだ。うん。
 俺は目の前の朝食をぺろりと完食した。
「ゴチになりやした!」
「あはは、いえいえ」
 そう言って俺は食器を片づけようとする。その時だった。
「あら、大地君。ここにいたの?」
 俺の背筋に一気に寒気が走る。
 こ、この声は。
 俺はまさにロボットのように振り返る。
 そこにいたのは――
「せ、先輩……」
 案の定、玲先輩だった。
「もう、大地君ったら。私のことは玲って呼んでって言ったじゃない」
 気品あふれる笑いを見せる玲先輩。隣では、花梨が不思議そうな顔をしながら俺と玲先輩を見ている。
「ね、ねぇ。大地君。この人は誰?」
「あ、ああ。この人はな……」
 俺が親切丁寧に『この人には近づくな』と伝えようとしたのだが、その瞬間俺は見事に近づいてきた玲先輩に足払いをくらい、危うく頭からテーブルに突っ込みそうになった。
「あ、危ないじゃないですか!」
 俺は玲先輩を睨む。
 しかし、玲先輩は何事もなかったように俺をシカトして、花梨に何か話そうとしていた。
「あ、あの〜、どちら様でしょうか」
 明らかに花梨は怯えている。きっとこの人の持つ独特なオーラを感じ取ったのだろう。
 実際、俺もそれを感じたのだから。
「私? 私は木村玲よ。明日で3年生なの。とりあえずヨロシクね」
 玲先輩はニッコリと笑う。しかし、なんだか企んでいるような腹黒い笑みだ。
 しかも、さっきから口調が昨日と全然違う。明らかに猫をかぶっている。
 何かありそうな気がする。
 そして、その予感は見事に的中するのだ。
 ……ありがちだけどさ。
「え、あ、あの、私は水島花梨です。よ、ヨロシクお願いします」
 花梨は慌ててお辞儀する。やっぱり縦割り社会は厳しい。
「ふふ、そんなに緊張することなんて無いわよ」
「え、あ、そ、そうですか」
「で、あなたに聞きたいのだけれど、大地君とはどのような関係なのかしら?」
「え?」
 そっちできたかー!!
「ちょ、何を言ってるんです、へぶっ!」
 顔面に裏拳をいれられて一発KO!
 俺は思いっ切り後頭部を後ろのテーブルに打ち付ける。
「え、いや。大地君とは別に何にも……」
 とか言いながらも、花梨の顔は真っ赤だ。一体何を考えているんだ、花梨よ。
 俺は後頭部をさすりながら何とか起きあがる。
「せ、先輩。一体なにを、うぶっ!」
 今度は蹴りを腹にいれられた。もちろん一発KO!
 俺はテーブルの上でもだえ苦しむ。もはや何も言えない状況。
 玲先輩はこれを乗じてさらに語る。
「へぇ。そうなんだ」
「あ、あの〜、先輩」
「ん? 何?」
「何でそんなことを聞くんですか?」
 花梨はどこか不安げな表情で玲先輩を見つめる。
 二人の間で見えない火花が飛んだのは、俺が腹に蹴りをいれられた所為でしょうか?
 とりあえず、なんだか重苦しい沈黙が流れる。
 と言っても、せいぜい10秒。まぁ、俺には1時間にでも永遠にでも感じられた時間であった。
「それはね……」
 ニィと笑う玲先輩。なんだか花梨も不気味な笑みを浮かべている気がする。
 お、女って恐ろしい……。
「大地君とは一夜を明かした仲だからよ!」
 何を言ってるんだぁぁ!!!
 花梨は……
 って、完璧に固まってるぅぅ!
 なんだか玲先輩が勝ち誇った顔をしているのは何故でしょうか。
 ていうか、何で会ったばっかりの人にこんな事を……
『やっと見つけたんだ。……にがさんぞ』
 そーいえばこんな発言を聞いたことがあるような無いような……。
 っていうかこういう意味も含まれていたのですか?
「ね、大地君。ああ、もう昨日の大地君があんまりにも激しすぎて肩がこっちゃった♪」
 って、それは玲先輩が何回も俺を放り投げたからでしょうが!
 しかも、肩ですか!(分かる人には分かるであろう)
 花梨の方に目をやると、心なしか肩がプルプルと震えているような……。
 これはマズイ。非常にマズイ。
 とりあえずこの誤解をとかなければ。誤解は崩壊を招くって言うからな。
「か、花梨。これは、ぶへらぁ!」
 またもや、玲先輩にやられたかと思ったが、違った。
 花梨のマッハ並みの早さの上段回し蹴りが俺の顔面をクリティカルヒット。
 俺の体は宙をぐるぐると舞い、そして落ちた。
 あまりの痛さに声も出ない。
 肺に空気が入ってこない。む、胸が苦しい。
 花梨の足音らしきものがパタパタと遠くに聞こえる。きっと食堂から飛び出たのであろう。
 しかし、俺の体は反応できない。
 痛い。いくら何でも痛すぎる。
 涙が出そうだ、つーか出る。
 いろんな意味の涙だな、オイ。
「おい、何ずっと寝たまま動かないんだ。早く立て、大地」
 玲先輩の声が聞こえる。俺は何とか立ち上がるが、上手くしゃべれない。どうやら今ので口を切ったみたいだ。恐ろしい威力だ。
「あーあーあー、花梨ちゃん。私のオモチャを傷つけるのは私だけの特権なのに」
 なんかとんでもないことをさらりと言いましたよ、この人。
 玲先輩は俺の口の切れた箇所をハンカチで拭いてくれた。しかし、俺は全然嬉しくない。
 だって、この人は最初、ここに来て俺に優しくしてくれた人にあんな事を言ったから。
「それにしても、花梨ちゃん、すごいな。あんな威力の蹴りを出せるとは」
 あまりにも脳天気な発言に、俺の堪忍袋の緒が切れた。
 俺は玲先輩の手からハンカチを奪い取り、自分で傷口を押さえる。
「……花梨は何処に行ったんだ?」
「え?」
「だから、何処に行ったんだと聞いてるんだよ!」
 玲先輩は俺があまりにも声を荒げるので驚いたようで、とっさに指で指していた。
 俺は反射的に食堂を飛び出していた。
 ――誤解をとかなきゃ
 その一心で、俺は花梨を探しに出た。
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