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Every Day!!

1-5

 林道を歩いていく。
 木漏れ日がアスファルトの上をポツポツと照らし、その中を小さな光に照らされながら歩く俺。
「う〜ん、なんて詩的なんだ」
 とか呟きながら俺は学園へ向けて歩いていた。
 大八橋学園はこの林道を抜けたところにある。いわば森と町に挟まれた学園と言っていいだろう。
 学園と言っても、その広さは小さな町1個分に相当する。
 初等部、中等部、高等部、そして大学、大学院。
 ほとんどの一貫教育を始めた最初の学園として、全国的に有名な学園だ。
 レベルもかなり高く、大学では国立は東大京大、私大は大八橋、と言われてるくらいだ。
 俺は中学のラスト1年、つまり3年のときに狂ったように勉強し、何とか合格することができた。
 つまり、高等部もかなりのレベルだということ。
 寮から学園へ向けて歩き出して10分。少しばかり開けた道に出た。
 標識がそこにはあり、「大八橋学園」と書かれている。
 沙希さんに聞いたところ、学園までは徒歩15分の距離と、そんなに遠くはないそうだ。
 だんだんと、両脇の林も開けてきて、目の前に大きな建物が見えてくる。
 その建物は昔の洋館をイメージさせ、それでいてばかでかかった。
 創立、1903年。100年以上の歴史を持ち、その建物は文化遺産にも指定されている学園。
 そこが大八橋学園である。
 
 校門に入り、俺は高等部の敷地を目指した。
 高等部のグラウンドでは、多くの生徒が部活動に励んでいた。
 ううむ……俺も久々に泳ぎたくなってきたな。
 俺は中学時代、水泳部員だった。
 チームとしてのレベルは低かったが、俺はその中でもなかなかのレベルを誇り、全国中学で決勝6位の成績を収めていたのだった。
 大八橋学園には数多くの部活動や研究会があると聞いている。かなり楽しみだな。
 グラウンドを突っ切るようにして、俺は校舎の方へ向かっていた。とりあえず、事務室で中の見学の申請を出さないと。最近、物騒だからな。
 と、その時であった。
「危ない!!」
「へ?」
 振り向いたとき、真っ白で、何か丸い物が俺の顔面に直撃した。
 そのまま俺はひっくり返り、薄れゆく意識の中で呟いた。
 ――2日連続で気絶かよ……
 
 ハッキリ言おう! 俺は不幸であると。運が全く無いと。
 薄れゆく意識の中で見た物は、太陽の光でさんさんと輝くソフトーボールだった。
 ソフトボールという物は、でかい。
 野球のボールに近いが、大きさは全然違う。
 とにかくでかい。結構でかい。
 そして、硬い。
 それが高速で、しかも顔面に当たるということは、どういうことかおわかりいただけるだろうか?
 そう、つまりだ。
 ものすんごく痛い。
 しかし、普通は顔面にそう簡単にあたらない物である。
 当たる確率など、数パーセントもないであろう。もしかしたら小数点かもしれない。
 だが、俺は直撃した。しかも顔面に、思いっ切り。
 運がないなと我ながら思うが、何でこうなるというと、やっぱりグラウンドの真ん中をのんびりと歩いていた俺が悪いのかもしれない。
 だが!
 そのくらい打つ人だって注意してくれてもよかったんじゃないのか?
 少しばかり俺という存在を気にかけてくれたっていいんしゃないのか?
 残念ながら、事過ぎた後では、後悔しても今更である。
 今は、そう。
 とりあえずこの真っ暗な世界からの生還を果たさなきゃ駄目だな。

 ぼんやりと、視界が蘇る。
 ああ、助かったんだな。と実感するこの一瞬。
 俺の人生で3度目。
 つーかここ2日間でそのうちの2回を体験するだなんて、誰が予想したであろうか。
 視界がだんだんとハッキリしていく。
 真っ白な部屋。
 漂う薬剤の匂い。
 そして、真っ白なシーツ。
 久々に厄介になったようだ。
 ここはどうやら、保健室らしい。
 辺りを見渡すと、2人の人影が見える。
 一人はめがねをかけている女子生徒。ありゃあユニフォームだな。大八橋ってロゴが胸の辺りに入ってる。
 その子はかなり心配そうに俺を見ていた。
 そして、もう一人の方はショートカットの女の子だった。こちらもユニフォームを着ている。
 一目見たら分かる。ああいう子はかなり勝ち気で、男勝りなんだよな。
 その子はめがねのこの後ろで腕を組みながら、まだ起きないのかな、まだ起きないのかな、って好奇心の目で俺を見ていた。……なんか嫌だな、おい。
 俺はグッと体を起こす。
 めがねの女の子が驚いたような反応を見せ、俺に声をかけてくる。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
 心配そうに俺の顔を見るその子は、なかなかよい顔立ちをしていた。
 って、は!
 なんか最近会った女の子を自分の中で勝手に品定めしている俺がいる。
 いかんいかん。そんな親父みたいな真似をしては……
 反省反省。
「あ、あの。どうかしました?」
 いかんいかん。どうやら自分の世界に行きかけていたようだ。ううむ、俺の悪い癖だな。
「あ、いえ。全然大丈夫ですよ。むしろ元気いっぱい? 大丈夫大丈夫。っていてぇ!」
 俺は元気な素振りを見せた。が、手が顔に触れたとき、ものすごい痛みが走る。
 どうやら、俺の鼻の辺りはかなり腫れているようだ。つーかかっこわりぃ。
 俺はタハハと力のない笑いをする。
 すると、さっきまで黙っていたショートカットの女の子が突然笑い出した。
「ははは! もう駄目。やっぱその顔を見てると笑えてくる! あはは!」
 かなりムカッときたが、残念ながらその程度で怒る俺様ではない。
 そうさ、俺は心の広い男なのだ!
 目指せ、日本男児! 日本の未来は俺が背負っている!
「お、なんだお客さん。やっと目ぇ、覚めたか?」
 突然、保健室に入ってきたのは40を過ぎた辺りのおっさんだった。なんか白衣着てますね。
「それにしても。入学前にここに厄介になるなんて20年やってきてお前さんが初めてだよ」
 ガハハハッ!と豪快に笑って、おっさんは椅子に腰掛ける。
「あ、俺はここの保険医の大垣悟郎だ。ヨロシクな」
 また豪快にガハハッと笑うと、ベッドで寝ている俺に握手を求めてきた。一応答える俺。
「あ、俺は岡野大地です。どうも」
「で、お前さんは何で今日、学園にきたんだ? 入学式は明後日だろう?」
「えっと、学園の中を少し回ろうかと思って」
 俺は頭をかきながら答える。そう、本来の目的はそれだ。気絶しに学園にきたわけではない。
「なら、私たちが案内してあげようか?」
「「え?」」
 ショートカットの女の子が言った言葉に、俺とめがねの女の子が同時に彼女に振り返ったのであった。


「私の名前は須野加奈子。ヨロシク」
「あ、えっと、私は中野真理。ヨロシクです」
 隣に並ぶ女子2人組に挨拶されたので、とりあえず俺も自己紹介をしておくとしよう。
 やっぱ、男っていうのは初対面のイメージですべてが決まるからな。
 って、そういや初対面最悪だったじゃん……。
 なんてこった……。これからの挽回は不可能なのか!
 つーか神様。これはあんまりです。何で俺はこんな悲しい役ばかりなのですか? 勘弁してください。
「岡野君?」
「あ、はい」
 どうやら俺はまた自分の世界へワープしていたようだ。いかんいかん。
 って何で名前知ってるんですか!? まだ自己紹介していないのに。
「それはお前があの保健医に自己紹介したからだ」
 ああ、なるほど。納得する俺。
「で、失礼ですがあなた方は先輩っすか?」
 とりあえず聞いておく。まぁ、当たり前に先輩っぽいけどな。
「ああ、真理は明後日で2年生だが私はお前と同じ、1年生になる」
「へ?」
 なかなか衝撃な事実。つーか新入生がなに我が物顔で校舎内を歩いているんだ。しかも、先輩のことを呼びつけだし。
「あ、加奈子ちゃんはソフトボールでの推薦入学なのよ。だからもう3月からこっちにきて練習に入ってるの」
 どうやら中野先輩が俺の疑問に気づいてくれたらしく、すぐに教えてくれた。
「ああ、なるほど。どうも」
 とりあえず中野先輩に礼を言う。
 ふ、やっぱり俺って男の鏡だぜ。
「何言ってんだ? そんなの肝っ玉のない器のちっちゃい男が言うことだぞ、大地」
「なっ!」
 こいつ、俺の心を見透かしやがった。しかも、そこまで言うこと無いじゃないか!
 それに、呼びつけだし。
「文句あるか?」
 キッと須野に睨まれて俺は小さくなる。
 その目は、真夜中の森の中にいるフクロウのようにハッキリしていて、そして鋭かった。
 まさに金縛り。俺はとりあえず引きつった笑みを見せていいえと顔を振る。
 須野はフンと前を向くとズンズンと進んでいった。


 須野にののしられ、中野先輩に慰められながら学校を1週し終わったときには、すでに日は傾いていて時刻は5時になろうかとしていた。
「ハラヘッタ……」
 気を失っていたからか、昼飯を食い損ねていた俺は空腹で死にそうだった。
 ああ、神よ。俺を不幸のどん底に蹴り落としても何の意味もありません。だから何とかしてください。
 って懇願しても全くの無意味であり、俺の空腹が満たされるわけもなかった。
 トボトボと夕日に照らされる林道を歩いていく。
 気がつけば、今日もほとんどが終わり。
 明日は何をしようか。ていうか今日の夕飯は何だろうか。ということを考えている俺はかなり老けている。
 夕日異様に眩しい。
 目を細めながら、真っ赤に染まる空を見る。
 かなり綺麗だ。なかなか涙をそそる風景である。
 残念ながら、俺には涙を流すほどの気力は残っていないのだけど。
 チラリと後ろの方を伺う。
 そこには、憮然とした表情で俺についてくる一人の女の姿があった。
「なぁ、なんでついてくるんだ?」
「私もこっちの方だからだ」
 後ろの女―須野加奈子は肩から大きなボストンバッグをかけて俺の後ろを歩いていた。
 どうやら、須野もこっちの方へ家があるらしくさっきからずっと俺の後ろを歩いている。
 何だかなぁ。
 そう言えば、今日はかなり須野に振り回されていた気がする。
 学校内の案内も、須野の説明はどれも適当で、本当に案内する気があったのか全然分からなかった。
 まぁ、中野先輩が丁寧に教えてくれたから良いけどさ。
 だんだんと寮に近づいてくる。
 その時、俺の頭の中に嫌な予感が走る。
 もしかして、須野も同じ寮なんじゃないのか?
 その可能性は大いにあり得る。てかかなりの可能性であり得る。
 寮の看板が見えた。もうそろそろ寮に着く。
 その距離に比例して、俺の緊張も高まりつつあった。
 俺は須野と一緒の寮に住むことはできない。きっと、すぐさま近くの山の中で変死体で見つかるであろう。そのくらい須野は凶暴だ。
「へー、大地は寮なのか」
「え?」
 気がつけば、すでに寮の正面に着ていて、俺は寮の中へと入ろうとしていた。
「お前はどうなのさ?」
「ん? 私か? 私はこのすぐ隣だ」
 よかった。隣か。
 俺は安堵のため息を漏らす。
「なんだ? そのため息は」
 須野がキッと睨むので、俺は慌てて取り繕う。
「いや、別に何も……。ほら、やっと帰ってこれたなぁって思って」
「ふーん。じゃ、またな」
「ああ」
 須野はそう言うとテクテクと歩いていく。
 するとすぐに曲がり、寮の本当にすぐ横の小さな建物に入っていった。
「めっちゃ隣じゃん……」
 あまり寮で一緒に住んでいるのと変わらない気がした。


 寮に着くやいなや、俺は恵里の襲撃にあった。
「おにーちゃーん!!」
 どこかのギャルゲーみたいな状況だが、実際に俺自身に降りかかっているのであまり嬉しいとは言えない。
 ゴメンよ、ギャルゲーの主役たち。君たちのことを羨ましいと思った俺がバカでした。
 次からギャルゲーをプレイする際は君たちの気持ちにもなってプレイするよ。ゴメンね。
 恵里に突然抱きつかれたので、あまりの勢いにひっくり返りそうになるが、何とか踏ん張りそのまま恵里を振り落とした。
「キャッ! もう、お兄ちゃん、いーたーいー」
 そんな恵里を無視して俺は自分の部屋へ直行する。
 途中、恵里さんに呼び止められた。
「ちょっと岡野君」
「はい?」
「今日の夕食で君と花梨ちゃんを紹介するから。えっと、確か6時から食事だからね」
「あ、分かりました」
 俺はペコリと会釈すると、この寮には何人の人が住んでいるのだろうかという疑問を持った。
 まぁそれは夕食のときに分かるか。
 自室に入るやいなや、俺の体にどっと疲労感が押し寄せ、そのまま俺はベッドに寝転がったのであった。
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