PREV | NEXT | INDEX

Every Day!!

1-4

「エヘヘヘ」
「って、何でお前がここにいるんだよ!」
 俺は自分の上に乗っている女の子―恵里をどかして立ち上がる。
「え、何でって私もこの寮に住んでいるからだよ?」
「はぁ?!」
 恵里はにこやかに笑みを振りまく。俺は深くため息をついた。
 この、目の前にいる女の子の名は泉田恵里(いずみだ えり)という。確か俺の一つ下、つまり、新学期で中学3年生というわけだ。
 そして、恵里は俺の従妹にあたる親戚の一人だ。昔から俺のことを「お兄ちゃん」と呼んで慕っていた。
 つーより俺が一方的にやられていたような気がする。
 現に、恵里は俺の部屋の中を物珍しそうに眺め、せっかく片づけたものを引きずり出してたりする。
「おい、恵里。一体何をやっている」
「え、何ってエロ本とか?」
 もう、嫌だ。頭が痛くなる。
 つーかマジで何を探しているのだね、恵里殿?
 エロ本なんてそう簡単に見つかるところにあるわけないでしょうが?
 ちなみに、俺は引っ越し際に全部処分したのだからあるわけないでしょ?(一応、昔まではあった)
 なので、君がやっているのは単なる散らかし行為にしかならないでしょ?
 そして、それを片づけるのは俺しかいないでしょぉぉぉぉがぁぁぁぁぁあああ!!
「何、天を仰いで叫んでんのよ、お兄ちゃん」
 はぐっ!
 俺は何をやっているんだ。
 恵里の正面に立ち、ごほんと咳払いする。
「いいか、恵那」
「ん? 何、お兄ちゃん♪」
 俺は勢いよく恵里の方に手を置く。恵里は不思議そうに首をかしげている。
「今すぐ出て行けぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!」


 何とかべったりな恵里を引きはがし、俺は食堂へ向かっていた。
 恵里は本当に昔から俺にべったりだ。正月など、親戚で集まったときなど本当に大変だった。てか死ぬかと思った。
 特に1年ほど前からその勢いは加速している。そう、あの事件を境にだ。
 思い出すだけで、あちこちの傷がうずく。そして、酷い頭痛と吐き気。
 いかんいかん、そんなことを考えては。
 俺は首を左右に振ると、食堂に入った。
 食堂の食事は、毎日決まっているらしい。とりあえず俺は食堂のおばちゃん(って沙希さんに聞いた)に挨拶することにした。
「おはよーございます。どうも、昨日から入寮した岡野大地なんですけ……」
「大地!!」
 突然、調理場の奥からいかついおじさんが顔を出す。
 って、伯父さん!
「何で伯父さんがここにいるんですか!」
「何でってここで働いているからさ!」
 伯父さんはにんまりと笑う。
 この人は泉田和明さん。俺の母さんの義理のお兄さんだ。だから伯父さん。ちなみに恵里のお父さんに当たる。
「ここにで働いてるぅ? 前まで商社マンだったじゃないですか?!」
「あ、ああ。それはな……」
 伯父さんは悲しい顔をして俯き、頭をかいた。
「辞めた」
「はぁ!? 何で?」
 俺は驚きを隠せない。何せ、この伯父さんはかなりのエリート商社マン。若い頃からバンバン稼ぎまくり、代表取締役も夢じゃないってところまで上り詰めようとしていた人なのだ。
 だから、俺にはそこまで上り詰めたのに何で辞めたのかが分からなかった。
「そ、それはだな……」
 伯父さんは恥ずかしそうに笑う。
「私が心配で、ここまで来ちゃったのよ」
「恵里!?」
 振り返ると、食堂の入り口に呆れた表情の恵里が立っている。
「ホント、お父さんって親バカよね。別に寮に入ってるんだから心配しなくても良いのに」
「いや、それはだな、恵里。やっぱり父親として心配になるんだよ。ほら、恵里ったら中学2年生まで遠くても家から通ってのに3年生になったら寮にはいるなんて言うしさぁ。親として心配なわけで……」
「黙れ♪」
「は、はい……」
 伯父さんの長い長い力説はたったの2文字で終わらされてしまった。
 それにしても、そんな理由があったのか。そう言えば伯父さんは確かに恵里にベッタリだったな。恵里はうんざりしてたけど。
 恵里と伯父さんの方を見ると、なんかまだよく分からない論争をしている。
 しかし、どちらとも少しばかり楽しそうな顔をしていた。
 うう〜ん、仲が良いのか悪いのか。きっと仲が良いんだろうね。
「ほら、伯父さんに恵里。もういい加減にしろって。いつまでも埒があかないじゃないか。な。それと伯父さん、早いところ朝食ください。俺、腹が減ってしょうがないんっすよ」
「あ、ああ。分かった。すぐに作ってやるさ。待ってろ」
「あ、おとーさん。私も」
「おう、任せろ」
 そう言うと、伯父さんは調理場の奥に入っていく。
 俺と恵里は広い食堂の橋の席に腰を下ろした。
「ふぅ」
 俺は天井を見ながら一息つく。今日も朝から大変だ。ホント。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
 恵里の方に目線をおろす。さっきまでの冗談めいた笑顔とは違い、真剣な顔でこっちを見ている。
「えっと、ねぇ、まだあのこと、引きずってるのかな?」
 気まずい空気が流れる。
 恵里の顔はかなりこわばっている。かすかに肩が震えているのも分かる。
 俺は無言で恵里を見つめていた。
 ――あのこと
 そう、1年前のあの事件だ。
 俺の体と心に深い傷を残したあの事件。
「……さぁな」
 俺はそう言うと、立ち上がって冷水器の方へ向かう。恵里とこのまま言葉を交わすことはできないと思ったからだ。
 恵里は、酷く泣きそうな表情をしていた。
 ゴメン、恵里。
 俺は心の中で呟く。
 あのことは、忘れられそうもない。
 そして、この傷も――
 冷水器で水を入れようとしていたその時だった。
「あ、岡野君!」
 食堂の入り口に沙希さんが立っていた。
「お母さんから電話。なんか今すぐ話したいことがあるんだって」
「あ、すぐ行きます」
 俺は、沙希さんに連れられて食堂をあとにした――


「やっほー、おはよう!大地」
 電話にでると、いつもと変わらぬ母上の声がした。
「うむ、おはようございます。母上。で、何のご用で?」
「あ、そのことだけどぉ――」
 わざと一間あけて話し出す。
「大地の入った寮、女だらけでしょ?」
「いかにも。お陰で大変だ」
 正直に答える。
「そりゃそうよねぇ。大地、背は高いし格好いいしねぇ。あ、それに勉強もスポーツもできたっけ。おお、万能少年だ、格好いい!」
 ふざけた声に、俺は少しばかりいらだちを覚える。
 一体何を言いたいのかハッキリしてほしい。
「で、何が言いたいの?母さん」
「お。怒りそうなときにしか使わない母さん登場。そうかぁ、やっぱり苛立ってるんだぁ」
「………」
「ゴメンゴメン。じゃあ、本題にはいるね」
 母上の声が、急に真剣なものとなる。この声を聞くのはかなり久しぶりだ。
「大地をね、その寮に入れたのは理由があるんだ」
 やっぱり。そうだと思った。
 昨日から少しばかりおかしいと思っていた。
 この寮に、男子がいる気配が全然無い。昨日、チラリと見た人が何人かいたが、いずれもすべて女子だった。
「まぁ、私のお父さん――ああ、お祖父ちゃんと一緒に計画したんだけどね」
「何の計画なのさ」
「――大地、まだあのこと、引きずってるでしょ?」
 さっきの恵里と同じ質問。しかし、気迫が違っていた。母上の気迫は、俺の心を潰さんばかりの気迫。
 俺は黙ったまま受話器を握る。逆の手のひらに、じわりと汗がにじむのが分かった。
「あのね、大地。いつまでも引きずってちゃ駄目なのよ。乗り越えなきゃ前に進めない」
 黙ったまま話を聞き入る。俺には反論できない。すべて、真実だから。
 俺がまだ引きずっていることも。そして、未だに前に進めていないことも。
「だから、大地をその寮に入れて、そして大八橋学園に入学させた。今の現状を打破する為に」
 大八橋学園の理事は、俺の母の方の祖父さんが学園長をやっていた。
 俺の祖父さん、大八橋源治郎。
 第5代目大八橋学園学園長。
 つまり、俺はこの学園には母上と祖父さんの策略で入れられたわけだ。まぁ、自分の意志だってもちろんあるから異論はないけど。
「いい?大地。あなたはあの事件を乗り越えないと前に進めない。今のままじゃ駄目なのよ。わかる?」
「…分かってるさ。分かっているよ。だけどさ、そう簡単な問題じゃないんだ……」
 俺は自嘲気味に笑う。どうしようもない。
 俺だって、今を変えないと駄目だって自覚している。
 だけど、できない。そのくらい分かっているんだよ、母上。
「……大地。諦めちゃ駄目。諦めたらすべて終わりよ。頑張るの。これから3年間。自分自身を変えないと駄目。いい? 自分一人で抱え込まないで。絶対に背負い込んじゃ駄目よ。何かあったときには必ず連絡するのよ」
「………ああ、分かった」
「そう……。じゃあ、頑張るのよ。明後日の入学式は参加するからね」
「うん。OK」
「じゃあ、着るわね。頑張るのよ」
「……ああ」
 電話が切れた瞬間に、俺は壁にへたり込んだ。
 俺だって分かっているんだ。分かっているんだよ。
 目をつぶれば、まぶたの裏に焼き付いたあの光景が蘇る。
 
 タスケテタスケテタスケテタスケタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケタスケテタスケテ………

 まぶたの裏がカッと熱くなるのが分かった。
 気がつけば、俺は涙を流していた。頬を触ると、涙の伝ったあとが濡れているのが分かる。
「……まだ引きずってるんだな」
 涙は、ポツポツと流れる。
 涙をぬぐい、立ち上がる。泣いている場合ではない。母上の言ったとおり、前に進まなくちゃいけない。
 俺は食堂に向けて足を進めた。
 そう言えば、飯を頼んだのに、食わずに出てきてしまっているのに気がついた。
 すでに、さっきから30分もたっている。すまねぇ、伯父さん。
 食堂の入り口に、誰かが立っていた。
 近づくにつれて、そのシルエットはハッキリとしたものになる。
「花梨」
 俺は名前を呼んだ。花梨はハッと顔を上げ、俺の方を見る。
 声をかけられたことが以外だったらしく、少しばかり驚いた表情だったが、すぐにその表情は笑みに変わり、俺の方へ近づいてきた。
「大地君、おはよう」
「ああ、おはよう」
「もう朝ご飯は食べたの?」
「いや、実はまだ食っていない」
 俺の腹の虫がなる。
 花梨はクスリと笑い、俺の手を引っ張る。
「じゃあ、早く一緒に食べよ。私もまだなんだ」
 花梨に引っ張られながら、食堂に入る。
 花梨の手のぬくもりが、俺の手から伝わる。俺は、ホッとして頬をゆるませたのであった。

 泣く伯父さんに謝り、何とか朝食に有り付くことができ、俺は自分の部屋で一服していた。
 荷物の片づけは何とかすべて終わり、気がつけば時刻は10時。まだ昼食には早い時間だ。
 とりあえず、この辺りの散策にいこうと思い、俺は上着を羽織って外に出た。
 どっちにしろ、このまま部屋にいたら恵里の襲撃にあうかもしれないからな。
 まだ冬の面影を残しているが、春の暖かさも感じることのできる天気。
 大きく息を吸って、そしてはく。うん、良い天気だ。
 ちょうど良いので、俺は散歩がてらに学校に行ってみることにした。
 道は沙希さんに地図を貰ったのでバッチリだ。迷ったときの為に携帯だって持っている。
 晴れやかな気持ちで、俺は学校に向けて歩き出した――
PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2005-2008 All rights reserved.