Every Day!!
1-3
ニコニコと俺の前には花梨が座っている。先ほどの真っ赤な顔はどうやら落ち着いたようだ。
俺は花梨の持ってきてくれた飯をあっという間に食べ、お茶を飲んで一服していた。
「いやはや、ホント助かったよ、花梨。サンキュ」
「え、あ、そんなことないよ。今日はいろいろ大変だったからね」
花梨は本当に嬉しそうな顔を見せる。
「んで、花梨の部屋って何処? 俺、まだ知らないんだけどさ」
俺は沙希さんに真っ先に案内されたので花梨の部屋を知らなかった。
「あ、そういや言ってなかったね。私の部屋は203号室だよ」
花梨はそう言うと、少しばかり俯いた。ん? 何? どうかした?
ちなみに、俺は202号室である。
………あ!
俺の部屋の隣じゃん!
「…うん、そうだよ」
この際、もう花梨が俺の心の中を読むのはどうでもいいとするが、何で隣なんだ! という疑問が俺の中に渦を巻く。
ハッキリ言おう、年頃の男女が隣に並んだ部屋で生活するというのは危険ではないのかね?
俺はてっきり3階が女子専用だと思っていたんだけどな。あとで沙希さんに部屋割り聞いておかねば。
「そっか。ま、再度ヨロシク」
「う、うん。ヨロシクね」
心なしか花梨が嬉しそうな顔をしていたことは黙っておこう。ちなみに、俺はちゃんと理性を保てるように細心の注意を払わなければいけなくなったことに狼狽していた。頑張ろう、俺。
「で、もう頭とか大丈夫?」
少しばかり心配そうな顔で花梨が俺を見る。
まだ心配しているのかと思ったが、それだけ心配してくれる人が今は彼女しかいないことに俺はホッとし、そして笑顔で大丈夫と答えた。
「そっかぁ。でも、あの女の子はどうしたんだろう?」
俺も気にかかっていたことだ。
沙希さんは彼女のことを紗英ちゃんと呼んでいた。その紗英ちゃんが何の為に屋上に上り、そしてフェンスを越え、落ちてきたのかは俺は知らない。もしかしたら自殺だったのかもしれないし、何か訳があったのかもしれない。
でも、俺は何にも知らないのだ。ただ、落ちてくる彼女を受け止め、そして頭を打って気絶しただけなのである。
頭には、まだなかなかの大きさのたんこぶが残っているが、別にどうってことはない。
しかし、俺の頭はそのことで痛かった。
彼女を助けて正解だったのか。
彼女はもしかして苦しんでいるのではないのか。
そして、楽になりたかったのではないだろうか。
突然黙りこくった俺を察したのか、花梨は笑みを浮かべ、
「大丈夫、気にしなくても良いんだよ」
と優しく言ってくれた。
だよな。別に気にしなくても良いか。
俺は手元のお茶を一気に飲み干すと、花梨に礼を告げた。
花梨はお盆を持って、また明日、と小さく挨拶をして部屋に帰っていった。
さて、片づけでもしますか。
片づけを初めて1時間。気がつけば10時になろうかという時刻であった。
何とか寝るスペースを確保していた俺は、ちゃっちゃと寝ようとしていた。
今日はマジでいろいろとありすぎた。そして、めっちゃつかれた。
つまり、早寝決定。
風呂に入りたかったが、あいにくまだこの寮のことを詳しく知らないので今日は我慢することにする。まぁ、濡れタオルで体を拭けば一日くらい大丈夫だよな。
俺はシャツを脱ぎ、タオルを片手に洗面所に行く。
白いタオルを水で濡らす。まだ春先なので少しばかり水は冷たいが、その冷たさが何とも心地よかった。
タオルをギュッギュッと絞り、体を拭く。
今日は汗などかいていないが、清潔が一番である。綺麗なほどいいに決まっているからな。
体を拭いているときに、嫌でも目につく体の傷。
この傷は消えない。
これが、今の俺。
昔の思い出が走馬燈のように思い出されようとしたその時、部屋のドアがノックされる。
こんな時間に一体誰なのかと思うが、とりあえず俺はドアの方へ行く。
「はーい。誰ですかぁ?」
そして、木造の建物のくせにちゃっかり鉄でできているドアを開いた。そこには―
長い黒髪の少女が立っていた。
彼女は少しばかり驚いたような表情で俺を見ている。
「ん? どうしたの?」
すると、彼女はボッと赤くなり俯いてしまった。そして、俺の体を指さす。
って、わぁ!
やばい。俺は半裸のままでドアのところまで来ていたのだ。
そりゃあ赤面になるわな。
「あわわ、ゴメン。少し待ってて!」
俺は速攻中に入り、シャツを取って着た。
「ゴメンゴメン」
そして、再びドアの前に待っている女の子の前に姿を現す。
「すいません。こんな遅くに……」
彼女は行儀良さそうにお辞儀した。
「で、どうしたの?」
「え、あ、あの…少しお話が……」
「?」
とりあえず、入り口で立ち話も何だし、俺は彼女を部屋に招き入れた。
……おい、こら、そこ! 俺は変なことはしないからな。それに、そんなことやったら悲鳴とかですぐに人に駆けつけられるんだからな!
彼女は部屋の真ん中でちょこんと正座している。
よくよく見ると、かなりの美人であることが分かる。花梨とは別の綺麗さだ。
真っ黒でつやのある髪の毛は腰まで伸びていて、ハッキリとした黒い瞳。それでいて真っ白の肌ときた。
一言で表すなら大和撫子。
うん、それ以外の表現方法がないね。
俺は彼女にお茶を出し、正面に座る。
「で、俺に何のようかな? ていうかまず名前を教えてほしい」
「え、はい。私の名前は黒沢紗英です。大八橋学園高等部で新学期で二年生です」
どうやら、彼女は俺より一つ年上らしい。
って、紗英?
沙希さんの話していたことを思い出す。
――それに紗英ちゃんを颯爽と助けたもんねぇ――
つーことは、俺は彼女を助けたということか!
で、その本人が俺の目の前にいると。
これは修羅場寸前ですか?
もしかして彼女は自殺を邪魔されたことに恨みを持って、俺を殺しにきたんじゃあ…
「で、今日のあのことについて何ですけど…」
き、きた!
ヤバイ。マジでヤバイ。
「あ、ああ。あのことかぁ。いや、別に良いって。ていうかもしかして邪魔だったかな。ほ、ほら、自殺とか? でもね、自殺なんて軽々しくしたらいけないと思うんだよね。そ、そりゃあ苦しいことだってあるかもしれないけどさ、良いことだってこの世には……」
俺は黒沢さんを見る。彼女は、ポカンと俺を見ていたが、やがて
――クスリと笑った。
「違いますよ」
「は?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
黒沢さんを見ると、彼女はクスクスと笑っている。どうやら自殺を邪魔されたので復讐にきたのではないらしい。
ホッとして胸をなで下ろす。
「あのときは助けてくれてありがとう」
黒沢さんは深々とお辞儀する。俺も慌ててお辞儀した。いえいえ、そんなことありません。あんなの、男として当然ですよ。はっはっは。
……なんて言えるわけ無いだろ!
ってなことで俺は無難な返事を返しておく。
「で、なんであんなところにいたんですか?」
俺は黒沢さんに聞いた。
そりゃ疑問になる。あんなところにいる自体おかしいのだから。しかもフェンスだってあったのだからな。
もしかして夢遊病か?それも十分危ないな。まぁ、そろそろ妄想で結論を出すのはやめておくか。
「私、あの場所が好きなんです。で、今日もそこでボーっとしていたら急にめまいがして…。あ、私たまに貧血で倒れたりするんですよ。本当に助かりました」
黒沢さんは少しばかり頬を赤らめて、頭を少しかいた。
か、可愛い…
どうやら、この寮にはこんなに可愛い人が二人もいるらしい。ふふふ、これはラッキーだな。俗に呼ばれるハーレムってやつか?
そういや沙希さんも十分綺麗な人だったな。
いやいや、俺は何を考えているんだ。沙希さんはさすがにまずくないか?
「…ブツブツブツ……」
「大地さん?」
「……って、わぁ!な、何ですか?」
気がつけば、目の前に黒沢さんの顔があった。
あんまりにも近いので、俺はびっくりしてひっくり返ってしまった。
オイオイ、そんなに近くに顔があったらマジでびっくりするだろうが(すでにびっくりしている)
「つーか大地さん?」
彼女に大地さんと呼ばれて少しばかりびっくりする。俺はまだ彼女に自己紹介していないのだ。
「あ! いや、これは、何て言うか…」
黒沢さんの顔は真っ赤だ。なんか激しいな。この人も。
「ほ、ほら。沙希先生に教えて貰ったんですよ! 私を助けてくれた人なんだって」
あー、なるほど。あの人なら教えそうだ。ついでに何か吹き込んでいそうな気がするな。いや、絶対何か吹き込んでいる。
「で、ですね。助けて貰ったお礼と言っては何ですが……」
ゴニョゴニョとする黒沢さん。ん? いったい何なんだ?
「どうしたんですか?」
「…い、いえ。あ、あの、実は沙希先生に相談したんですよ……。え、あ、お礼には何が良いかなって……。そうしたら沙希先生、大地君に迫れば万事オッケーっていうから……」
さらに真っ赤になる。
ましゃか。ましゃか。
彼女はマジで俺に迫ろうとしているのか。
黒沢さんは真っ赤な顔でしかも上目遣いで俺を見る。
「わ、私恥ずかしいですけど大地君は命の恩人なんだし、それに……え、っと……」
彼女はマジでやる気らしい。これはマズイ。つーか何を吹き込んでるんですか、沙希さん。しかも、何実行しようとしているんですか黒沢さん。
黒沢さんが少し近寄る。
その瞬間だった。
過去の記憶。
フラッシュバック。
突然の頭痛。
あまりの痛さに、俺は顔をゆがめる。そして、黒沢さんの肩を押し返して、何とか言った。
「あ、あのね、黒沢さん。そんな沙希さんの言葉なんか気にしなくても良いんですよ。あんなの冗談に決まってますから、ね」
「そ、そうですね。あ、え、ゴメンナサイ。さすがにこれはマズイですよね」
彼女はどこか安堵の表情を見せている。あとで覚えてろよ、沙希さん。
だんだんと頭痛はひいていく。俺の表情も徐々にましになる。助かった。
「え、じゃあ、どうしましょう」
黒沢さんは俺の顔を伺う。そんな俺に聞かれても分かりませんよ。っていうジェスチャーで俺は肩をすくめる。
「じゃ、じゃあまた今度、何かあったら言ってくださいね」
「はい、そうさせていただきます」
そう言うと、黒沢さんは席を立ち、ドアの方へ向かう。俺もその後に続いてドアの方へ向かう。
「あ、あの。夜遅くホントすいませんでした」
「いえいえ。気にしていませんよ。では、お休みなさい」
「え、ええ、お休みなさい」
そして、ドアノブに手をかけ、ドアを開ける。
ドアを閉めようとする前に、黒沢さんがヒョッコリとドアの間から顔を出してきた。
「あ、あの、大地さん。私のことはできたら黒沢さんじゃなくて名前で呼んでほしいな」
「え、あ、そうですか。じゃあ紗英さんでいいですかね?」
そう言うと、黒沢さん、いや、紗英さんは、満面の笑みを浮かべた。
ズキューン!
ぐはぁ!
た、大尉殿!
お、俺はもう駄目だ。あの笑顔に撃沈した。
そ、そんなぁ! しっかりしてください。
あ、後は任せたぞ、少尉…ガクッ……
ってなぐらいに、紗英さんの笑顔には破壊力があった。お、恐ろしい……。
そして、俺はちゃっちゃと寝たのであった。
次の日。
ジリリリリリリリッ!
けたたましくなる目覚まし時計。
ふ、甘いぜ。そんな音ごときで俺が起きると思ったか。
俺の睡眠は深く、そして誰にも邪魔されはしない。
俺は寝返りを打って、その時にわざと時計を吹っ飛ばす。
ガシャンと音がして、けたたましい目覚ましの音は消えた。よし、これでまだまだ眠れる。どうだ、目覚ましよ。
ドドドドド!
ん?
ドドドドドドドドド!
んん?何の音だ?
ドドドドドドドドドドドドド!
しかも、なんか近づいてきているぞ。
そして、バンッと勢いよく扉を開けられる音がした。
「おにーちゃぁぁぁぁぁん!!!」
「ぐはぁぁ!」
突然、腹の上に重い衝撃を感じ、俺は完璧に覚醒した。
そして、俺は腹の上に飛び乗ってきた物体に目をやる。って、ええええぇぇ!
「え、恵里?!」
「そーだよ。お兄ちゃん!」
そこにいたのはなんと――
――俺の従妹であった。
「エヘヘヘ」
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