Every Day!!
1-2
うむ、あれだ。
迷いに迷って、さらにまた迷うってやつだな。
幸い、朝早くでたので、まだ日は高い。時計を見ると、午後2時を指していた。うむ、まだ大丈夫。
ふと隣を見る。
俯き加減に歩く花梨がいた。さっきのことを未だに悔やんでいるらしい。
「おいおい、花梨。元気出せよ、な。別に気にしてないし、まだ2時だからさ」
俺はちゃっかりとフォローに回ってやる。これぞ男の鏡ってやつだな(ハァ?
「…う、うん」
花梨は力無くうなずく。ううむ、そんなに落ち込んでいるのか。さらなるフォローが必要か?
「なーに、気にすることはないさ。俺だってそんなことくらいたくさんある。宇宙の星の数ほどだな。いや、きっと他にもものすごいミスだってしたことあるであろう。きっと小○首相だって小渕○子だってあるはずだ! もしくはブ○シュ大統領も同じことをしているかもしれないぞ! だから、元気を出せ!」
意味不明なフォローだったのだが、何故か花梨には受けた。いや、マジで受けたって。
「プッ、アハハハ。そうか、そう考えればいいよね。ありがと、大地君」
「いえいえ」
とりあえず、花梨に元気が出たから良いとしよう。
残りの問題は、どうやって寮にたどり着くかということだけどな(ていうか最重要問題)
母さんの描いた天文的な地図を、1時間あまりもかけ読解した俺は、寮へ向けて早足で歩いていた。
「花梨! もうすぐ寮だ、寮だぞ! 俺たちの住むところだ。つーか家だ。残念ながら愛の巣ではないがな」
興奮のあまり意味不明なことを口走ったが、まぁ別に良いとしよう。
花梨は必死扱いて興奮状態の俺に追いつこうとしている。
「ちょっと! 大地君興奮しすぎ。はぁ、ちょっと疲れてきたなぁ。足がいたよぅ」
大きな間借りカーブを曲がると、そこには木々に囲まれた建物があった。
大きな看板に『大八橋寮』と書かれている。そう、やっとたどり着いたのだ!
「…掃除が大変そうだな」
「え! そっち!?」
俺の率直な感想に花梨はすかさずつっこみを入れる。良いセンスしてるぜ、花梨。
「ん? ああ、やっと見えたぞ!俺たちの住みかを!」
「住みかぁ!?」
かなり面白い反応をしてくれる花梨はかなりからかいがいがあるな。暇なときはこいつで遊ぼう、なんて考えて俺は寮へと足を進める。
寮の入り口が見えた。
ん?
なにやら屋上に人影が見える。
かなり揺れてるぞ。つーかフェンス超えてない?あれ。
すると、その人影は前に倒れだした。
―ヤバッ!―
「大地君!?」
気がつけば、荷物を放り出して走り出していた。
間に合うか? 間に合うのか?
とりあえずその陰の真下に向かって思いっ切り走る。さっきまでの足の疲れがあるが、別にこのくらいの距離どうってことはない。
人影はすでにハッキリとした人になっている。長く、真っ黒な髪が真上になびいている。女の子だ。
俺はためらわずにその子の真下に滑り込む。
そして、重い衝撃。
ゴンッ!
最初に腰に重い痛みが走ったあと、勢い余って頭が下にぶれる。そして、後頭部にも鈍い痛みが走った。
ぼんやりと移る視界に、映る影。
「大地君!」
俺の意識は消えた。
ん?
なんだか違和感を覚える。
嗅いだことのない匂い。木の匂いだ。
俺の体は何か柔らかいものに包まれている。空を浮いているような感覚だ。
「―――――ん!」
ん? 何か聞こえるな?
「――――っん!」
あ、なんだか周りが明るくなってきた。
「―――くん!」
そして、俺の意識は覚醒する。
「大地君!」
「ワォッ!」
突然、俺の目に花梨の顔の度アップが入る。びっくりして思わず俺は上体を起こしてしまった。
もちろん、目の前には花梨の顔。
ゴンッ!
「イタッ!」
「キャッ!」
俺は花梨と思いっ切りおでこをぶつけてしまった。
「あ、すまん。花梨」
花梨はおでこをさすっている。少しばかり涙目だ。
「え、ううん。大丈夫。それより大地君の方こそ大丈夫?」
花梨は俺の顔をのぞき込むようにして俺の顔を見る。
そう言えば、俺は屋上から落ちてきた女の子を助けようとして、下敷きになったんだっけ。
「あ、ああ。大丈夫」
俺は体をひねる動作を入れる。少しばかり背中が痛いが、他はどうってことはない。
「そっかぁ。よかったぁ」
花梨は本当に安心したように、息を漏らした。心配かけてすまねぇ。しかも今日会ったばかりなのにな。
「今日会ったとか会ってないとかは関係ないよ、大地君。本気で心配したんだから!」
え、こいつ、俺の心を読んだ? 嘘だろ?
「あ、あははは。そんなの気にしないでよ、ね」
さすが、俺の母上と同じ思考回路を持つ女。あなどれねぇ…。
俺は辺りを見渡す。見知らぬ部屋。木造の部屋だ。床は木の板でできている。
どこか保健室の面影があるこの部屋。しかし、薬品などは一切見あたらない。
「お、起きたか新入り!」
突然、ドアの方から声をかけられ、俺はその方向へ振り返る。
そこには、タバコをくわえた若い女の人が立っていた。
「早速お手柄だったな。よくやったぞ」
突然近づいてきて、彼女は俺の髪の毛をグシャグシャと手でつかむ。
「な、何ですか!?」
混乱する俺。花梨も驚いたような顔でその人を見ている。
「あ、ああ。自己紹介がおれくれたな。私はここの寮長兼学園の教師の大塚沙希(おおつか さき)だ。ヨロシクゥ、お・か・の・君♪」
そう言うと、大塚沙希はニィと笑った。
唖然とする俺と花梨。
大塚さんは俺が寝ているベッドの隣の椅子に腰掛け、タバコを一本取り出した。
「いやぁ、岡野君もなかなかやるね。早速花梨ちゃんみたいな可愛い女の子捕まえてるしさ、それに紗英ちゃんを颯爽と助けたもんねぇ」
「ちょ、何言ってるんですかぁ」
花梨が真っ赤な顔してあたふたしている。ううむ、俺は捕まえたつもりなどないのだけれどな。
それより気がかりなのは紗英ちゃんという女の子だ。
きっと、あの屋上からふらりと落ちた女の子なのだろう。
あれは自殺のつもりだったのだろうか。もしかして自分は余計なまねをしたのだろうか。
いやいや、人の命を救うことが余計なことのわけないか。
「ん? 岡野君? なーに黙っているのかね? もしかして花梨ちゃんをどうしようか企んでいるぅ?」
大塚さんが俺の顔をのぞき込み、本当に嫌らしい笑みを浮かべる。これは適当に期待に応えてやるか。
「ううむ。とりあえず俺の部屋に引き込んでだな……」
俺は大塚さんの耳元で小声で話す。
「うんうん。わぁ、岡野君って大胆不敵だね。ていうかそんなことしちゃっていいの? キャー、聞いてるこっちまで恥ずかしくなっちゃう」
そんな激しいことは俺は言っていない。
「え、何? 何なのよ? え、え?」
こら、そこ。勘違いするな。
花梨はさらに顔の温度を上げながら、あたふたしている。くぅ、可愛いぜ。マジで今すぐ持ち帰りしたいほどだ。
まぁ、残念ながらこの年で犯罪は御免だ。
そんな花梨の反応が面白かったのか、大塚さんはさらに嫌らしい笑みを浮かべながら花梨の方へ向く。
「なーに? 花梨ちゃん。そんなに知りたいの? ほら、耳を貸して」
戸惑いつつも、花梨は沙大塚さんの話に耳を傾ける。
何度も言うが、別に俺はそんなにすごいことは言ってない。
むしろノーマルなことを言った。て言うかギャグのつもりだったんだからな、花梨。変な勘違いは起こすな。
だが、花梨の方を見るともうゆでだこ状態。真っ赤っか。
きっと大塚さんがものすごいことを吹き込んでいると思われる。恐ろしい。
話をし終えたのか、大塚さんが満足げな顔で俺を見る。
「さぁ、岡野君。次は君の番だ!」
「はぁ?」
突然指で指され、戸惑う俺。まぁ、所詮ふり。こう来ることは分かっていたからな。
花梨はというと、今の沙大塚さんの台詞でピクンと反応し、真っ赤な顔のまま俺を見る。
「だだだだだだだ大地君、ほほほほほ本当に、そそそそそそそんなことを、すすすすすするんですかぁ?!」
かなり混乱気味のようだ。うむ、さらにからかってみる。
「はははは、そうだ。行くぞ花梨。はははは」
ベッドから下り、花梨の前に立つ。花梨は真っ赤なまま動かない。
「………っておい! えーっと、大塚さん。花梨に一体何を吹き込んだんですか?」
さすがにこんな反応はおかしいのでからかうのを一時中断する。あくまでも一時中断というのをお忘れ無く。
「ん〜? そんな堅苦しい呼び方しなくて良いよぉ、岡野君。私のことは名前でいいからさぁ」
全く答える気なさそう。
「ふぅ、沙希さん。とりあえず俺はもう大丈夫なんで部屋を教えてください」
「オッケ〜」
そして、俺は花梨の方へ目をやる。相変わらず真っ赤っか。
「…それと、花梨を何とかしてください……」
これは俺でもどうしようもないや。
沙希さんに案内され、これから生活していく自室へと来る。
部屋の広さは七畳半といったところか。なかなかの広さだ。
入ってすぐのところにトイレと洗面台と簡易キッチンがあり、そのまま畳の部屋に突き進むと、奥の壁に窓。右側には押入があった。
別にどうってこともない部屋。
風呂は大浴場。食事は食堂でとれとの話。
部屋の中にはすでに送っておいた俺の荷物がある。
「ふぅ」
俺は一息ついてストンと座る。
今日はいろいろとありすぎた。
腕時計を見るとすでに六時過ぎ。どうやら結構長い間気を失っていたようだ。
ふと、思う。
花梨はずっと俺の隣にいたのだろうか。
もしずっといたのならば、なんと三時間近い間俺につきっきりでいてくれたことになる。
あとで礼を言わなきゃな。
もしかして、この調子なら俺はうまくやっていけるのかもしれない。
花梨のお陰で、元の生活を取り戻せるかもしれない。
ゴロンと、仰向けに寝転がる。
見知らぬ天井。
まぶたを閉じると、今でも思い出されるあの記憶。
タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ………
気がつけば、背中に汗が伝っている。
俺はまだ、あの記憶を引きずっている。
新たな生活。新たな場所。新たな環境。
そして、新たな人との出会い。
変われるかもしれない。いや、変わりたい。現状を変えたい。
きっと、この場所に来たことは俺にとってプラスなのだろうと思う。
すでに、ここには俺を助けてくれる人だっている。
初めて会った男を、本気で心配してくれる人がいる。
うん、大丈夫。
手を天井に伸ばし、グッと握る。この拳が生きている証。ここにいる証。
俺はヒョイと起きあがり、背伸びをすると、荷物の片づけに取りかかった。
現在時刻、午後七時半。
少しばかり散らかった部屋に、のびている俺。
よくよく考えたら、俺は夕食をとっていなかった。当たり前だ。あんな出来事があったのだから。
「ハラヘッタ。シヌ。ガシスル。ダレカタスケテ」
と、ドアに向かって念仏のように唱えても飯がでるわけもなく、俺はぐったりと倒れたままだ。
トントン
ん? とうとう幻聴が聞こえるようになったのか? ヤバイな。末期症状だ。
「何?」
とりあえず幻聴に返事でもしてみる。
すると、ドアがギィと開いた。
ん? なに、幻覚も見えるのか?
末期症状っていうかやばすぎだろ、おい。
そして、そのドアの向こうから現れたのは――
「あ、あのぉ。ご飯持ってきたんだけど――」
「おおおお!」
その後、俺は花梨にお礼を言いながら、ありがたく食事に有り付いたのであった。
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