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Every Day!!

1-1

 真っ暗な中に俺はいた。
 全身に走る痛み。体は思うように動かず、視界は狭い。
 かすかにうめく声が聞こえる。

 タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ………

 助けを呼ぶ声。動けない俺。
 待ってろ、今助けてやるからな。
 必死にもがく俺。隣から衝撃。痛みが走る―
 そして、俺の視界は真っ暗になった………

 ジリリリリリリッ!
 ……バチンッ!
「ううぅ」
 勢いよくなっていた目覚まし時計を思いっきりたたくと、あっさりと目覚まし時計は黙ってくれた。
「ん〜」
 ベッドから起きあがり、背伸びをする。カーテンを閉じた窓からは少しばかり日の光が漏れている。
 カーテンを開き、窓を開ける。うん、今日も良い天気。
 俺は部屋を見渡す。残念ながらなんにもない。見事と言っていいほどなんにもない。人の生活する空間としてはどこかおかしい。
 もちろん、それには理由があって、逆に理由も無しに何もないっていう方がおかしいのである。
 俺こと、岡野大地(おかの だいち)は今年の4月から高校生になる。そう、高校生だ。 俺の入学する高校は『大八橋学園』という高校だ。
 初等部から大学部まである大きな学園で、俺はそこの高等部に入るのだ。うん。
 そして、その学園は俺の家からはちと遠い。なので、俺は寮にはいることにしたのだ! そう、俺はとうとう独り立ち! 一人暮らし!(寮なので他の学生だってもちろんいます)
 しかも! 俺は今日から寮にはいるのだ! なので、今日でこの家ともおさらば。グッドバイ。
 新たな生活に、俺は心躍らせていた。
 朝日を見ながら目を細める。俺はやるぜ、父さん……。
「なーにやってんの!」
 ガゴンッ!
「ぬぉ!」
 突然、後頭部が何かの衝撃に見舞われた。
 何だ! 敵襲か! 残念ながら今は戦闘態勢に入っていない。くそ、奇襲は卑怯だぞ! ダメージはおよそ100。衛生兵! 衛生兵! 今すぐ我が脳内の負傷兵を運べ! バカになってしまう!
「ったく、何言ってるのよ。馬鹿者」
「後ろからハリセンとは、母上も朝から元気ですなぁ」
 軽い冗談はさておき、俺は後ろを振り向き、母上と対峙する。
「ボーっと何空見てるのよ」
 母上はさりげなくハリセンをくるくると回す。ううむ、今ここで下手な冗談を言えばこれで撲殺刑だな。今はおとなしくしておくことにしよう。我が脳内国会で承認された。
「うむ。感傷に浸っていたのです、母上。もうこの我が家から離れるとな…「嘘でしょ?」
 グハァッ!
 思いっきり核心をついてきたぞ、この母親。なんてやつだ。息子に少しぐらい気遣ってやっても良いじゃないか。実際、本当に感傷に浸っているのだから。
「へぇ、そうなんだ?」
 いや、人の心の中を読まないで頂きたい。気味が悪いしな。
「はぁ? 何言ってんの。私はあんたの親でしょ? 何年親やってると思ってるのよ」
 ああ、そりゃあ失敬。申し訳なかったです。はい。
「で、何のよう?」
「あ、飯ができた。以上。早く着替えて下りておいで」
「ういーっす」
 俺は返事すると着替えだした。窓からは心地よい冬の名残を残した春の風が吹いている。
 ふふん、俺の門出を祝っているのだな。照れるぜ。
 さっさと身支度をすまし、一階に下りる。すでに母上は席に着いていた。
 卓上にはいつものようにトーストに目玉焼き、サラダにリンゴがあった。
「さ、食べようか」
「ういー。いただっきまーす」
 トーストを口にほおばる。うむ。やっぱりトーストはフライパンで焼くに限るな。この柔らかさに少しばかりのサクサク感がたまりません。
「ちゃんと今日行く用意はできてるの?」
 サラダをちまちまと食べている母上が聞いてきた。
「うん。ほとんどできてる。荷物はもう寮に届いてるはずだし。あとは残ってるものを適当に持っていけばOKだよ」
「そっかぁ……」
 食べるのをやめ、下を向く。オイオイ、さっきまでの元気な姿はどうしたんだ、母上殿。
 俺も食べる手を止める。
「大丈夫だって。ほら、ちゃんと毎月電話かけるからさ!な。それに長期休みとかには帰ってくるんだし大丈夫だよ」
「そうね。大地も頑張るんだよ」
「言われなくても頑張るさ」
 俺はサラダと目玉焼きを一気にほおばり、コーヒーでぐっと流し込んだ。よし、大丈夫。
「さぁて、残りの荷物、まとめてくるわ。ごっそーさん」
「あ、お粗末様♪」
 俺はとんとんとんと階段を上っていった。
 母上こと、岡野恵(おかの めぐみ)は深いため息を漏らす。
「ああ言ってるけど、本当に大丈夫かしら。しかも、あのこともあるし……」
 恵はコーヒーを少しすする。水面に小さな波紋が広がっていく。
「まぁ、どっちにしろ乗り越えなきゃならない問題だし、大地なら大丈夫ね」
 そして、恵は皿を洗いに台所へと戻った。


 とりあえず、だ。
 俺は大変困っていた。
 残念ながら母上は仕事があるので、入寮は俺が一人で行わなくてはならない。
 ちなみに、申請はすべて母上がやってくれた。なので、俺は一度もその寮に行っていない。
 母上が書いた地図を頼りに、寮まで行かねばならないのだ。
 ………が、しかぁし!
 この地図には最大の欠点があった。
 そう、意味不明。
 さすが我が母上。こんな天文的な地図など書ける者は母上をのぞいて他にはいないだろう。
 頭を悩ませながら道ばたでうずくまる。
 明らかにこの道は林道だ。舗装された道路の周りにはうっそうと木々が茂っている。
 迷った。
 明らかに迷った。
 これは困った。とりあえず脳内会議でも行ってみることにしよう。
 隊長! 本部との連絡が付きません!
 な、なにぃ! どういうことだ。このままでは我が隊は壊滅してしまう。
 ち、地図も使えません。天文的な地図です。どうやらこの辺りの地形はとんでもなく複雑なようです。
 畜生、打つ手無しか。ならば、甘き死よきたれ、だ。このまま我が隊は特攻する!
 ………………
 だぁぁー!
 何考えてんだ俺は!
 何が特攻だ、特攻!
 誰に特攻するんだよ、ったく。
 とりあえずもう一回あたりを見回してみる。やっぱり辺りはうっそうと茂る木しかない。
 うう、何で車の1台も通らないんだ。Why? What?
 頭を抱えたままうずくまる。何てこった。俺はこのままここで白骨体となってしまうのか? それは勘弁だ。第一、この年で死にたくない。
 うずくまる俺に、誰かの陰が重なる。俺はその陰に気づき、上を向いた。
 木から漏れる明かりがまぶしくて、目を細める。
「どうかしたんですか?」
 俺にそう声をかけてきてくれたのは、見知らぬ女の子だった。
 長く、腰まで届きそうなうす茶色の髪。大きくハッキリとした目。透き通るような唇。
 うむ。ハッキリ言おう。
 美人だ。
 とりあえず、軽く冗談を交ぜてみることにした。
「おお、天使様! あなたは天使様ですね! 私を迎えに来てくれたのでしょうか? それとも私の幻覚? いや、そんなはずはない。こんな苦しい思いをしながら待っていたのだもの、きっと天使様ですよね、ね、ね」
 彼女はキョトンとしていた。マズイ? やっぱりアホらしかったか?
 ここで愛想疲れてしまったらもうおしまいだ。マジで白骨体として発見されるかもしれない。それは要回避事項だ。
「…ぷ、あははは。何ですか、それぇ? 冗談ですよね。あはは」
 あ、意外に笑ってくれた。俺は少しばかり気分をよくした。やったね、久々に成功だ。
「あはは、で、どうしたんですか? こんなところにうずくまって」
 ようやく笑い終え、彼女は俺に問いかける。ふ、実はあなたの美しさに胸が苦しくなってきてしまって、などと言ってみたかったが、残念ながらそう何度も冗談を交えていたら一生この場所から動けなさそうなのでやめた。
「実はですね。道に迷っているんですよ。さっきからこの辺りをウロウロとね。これが地図なんですけど分かりますかね?」
 俺は地図を彼女に差し出す。たぶん、意味はないと思うが。天文的な地図だ。読めるやつはきっと俺の母上と同じ思考回路をしているのだろう。
「そうなんですか。あ、ここ私と行く場所同じじゃないですか! 一緒に行きましょう!」
「あ、そうなんですか。助かります」
 おお、マジで助かった。俺は彼女にペコペコとお辞儀する。
 ………ん?
 ちょっと待て。
 何であの地図から目的地が一緒と分かったのだ。
 ハッキリ言って、あの地図はマジで天文的だ。宇宙人でもやっと読解できる程度だろう。
 なのに、何で彼女はしっかりと読めている。現に、自分の地図と照らし合わせながら確認している。
「あ、あの〜。すいません。あなたの地図を見せてください」
 俺は彼女の地図に興味を持った。一体どんな地図なのか。同じように天文的な地図ならば俺の母上と同じ思考回路とみなそう。うん。
「え、ああ。はい、どうぞ。それと私の名前は水島花梨(みずしま かりん)と言います。気軽に花梨って呼んでくださいね」
 彼女は俺に地図を手渡しながら笑顔で言った。
 う、なんて眩しい笑顔なんだ。
 とりあえず俺も自己紹介するかな。
「あ、俺は岡野大地。まぁ、好きに呼んでいいよ」
「じゃあ、大地君で」
「うん。花梨、ヨロシク」
「はい♪」
 そして、俺は地図に目を通す。
 うっ!
 一瞬めまいを覚えた。
 全く一緒だ。完璧に一緒だ。
 その地図も天文的な地図であった。

 とりあえず、俺は花梨と一緒に寮へ向かう。
「へぇ、大地君も大八橋学園なんですね。私もなんですよ」
 隣できゃっきゃと騒ぐ花梨。元気な子だなぁ。
 しかも、俺とは初対面なのにな。きっと、俺の母上と同じ思考回路だからだろう。俺の母上もかなり人なつっこいところがある。
「そうなんだ。それと敬語じゃ堅苦しいでしょ? タメでいいよ」
「そう? はぁ〜、私敬語って慣れてないんだ。へへ」
 花梨は無邪気な笑顔を見せる。ううむ、可愛らしいな。このままお持ち帰りしたいくらいだぜ。
 だが、いくら俺でもお持ち帰りなんていう犯罪じみた行為はしない!
 そう、俺は真面目に生きるのだ!
 ふと前を見ると、花梨が不思議そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
「ん? どうかした?」
「いや、なんだか大地君がニヤニヤしてたから」
 おお! いかん!
 どうやら顔に出ていたようだ。駄目だ駄目だ。ホント情けないぜ、俺。
「ああ、別に何でもないから」
「ふぅん。で、大地君って何年生?」
「え、言ってなかったっけ? 俺、4月で高校1年」
「そうなの! やった。私も同じなんだよ!」
 花梨は本当に嬉しそうな顔をする。
 そうか、花梨と同い年か。道理で話が弾むわけだ(いや、学年は関係ないだろ)
「そうか。一緒のクラスになったらヨロシクな」
「うん。こっちこそ」
 うむ、なかなかよい気分になった。
 
 木々がサワサワと音を立て、風で流れる。
 木漏れ日がアスファルトの地面と点々と照らしていた。そして、その光は風とともに揺れる。
 春だなぁ。
 気がつけば声に出していた。心地よい春。
「そうですねぇ」
 花梨も目を細めて上を向いていた。
「こういう日にお昼寝とかしたら気持ちいいだろうなぁ」
 花梨はグッと背伸びする。ううむ、言ってることがじじくさいな。まぁ、可愛いから良しとしよう。
「花梨。いつになったら寮に着くんだ?」
「え、もうすぐのはずだけど?」
 花梨は地図を確認する。
「あっれぇ〜。おかしいな。この辺りのはずなんだけど」
 しかし、辺りにはまだ何にも見えない。いや、うっそうと生い茂った木ならたくさんあるけどな。
「おかしいな。おかしいな。もう着いてもおかしくないんだけどな」
 花梨は地図と周りを交互に見ながら唸る。
「ちょっと貸してみて」
 地図を花梨の手から受け取る。天文学的な地図でも、俺はあの母上の息子だ。読めないことはないはずだ!
 俺はじっと見つめる。
 うう、頭が痛くなる。
 それでも我慢我慢。俺は地図とにらめっこ。
 ん?
 何だ、この逆さの矢印は。
 俺はその矢印に注目する。
 なんかてっぺんに『N』とか書いてあるぞ。
 俺は必死に考える。何だ、この矢印と文字の意味は何だ。
 ポクポクポクポク……チーン!
「分かったぁ!」
「え、ホントぉ!」
 花梨が嬉しそうに俺の手元をのぞき込む。
「ああ、分かったぜ。実はな、花梨。お前は…」
「…ゴクリ」
「地図を逆さに見ていたんだぁぁ!この阿呆ー!」
「あー、しまったぁ」
 僕らはいつになったら寮にたどり着けるのでしょうか?
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