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大地のご加護がありますように

4-7.5

 がんっ、と勢いよく生徒会室のドアが蹴り破られた。中にいた役員達は驚き、そしてドアを蹴破った人物を見る。
 そこには、まさに怒りのオーラを背負いに背負った人物が肩で息をしながら立っていた。役員達は息を呑む。間違いない。会長の妹だ、と。
 ズカズカと中に入り、そしてびくびくしている二年生の役員に爛は尋ねた。
「お姉、いえ、会長はどこですか?」
「え、えっと、か、会長は……」
「ど・こ・で・す・か!?」
 ものすごい形相で迫る爛に、二年生役員は思いっ切りびびる。眼鏡の奥の、つぶらな瞳が見る見るうちに潤んでくるが、それでも、爛は容赦しない。
「早く教えなさい! さもないと……」
 ぽう、っと爛の右手が光った。思いっ切り『魔』を使う気である。『魔』を知らない彼女は、その光る手を見て驚き、そして顔が恐怖で引きつった。
 しんと静まる生徒会室。執行部一同は、爛の怒りのオーラに完璧に気後れし、そして反応できないでいた。
 が、そんな彼女に、一人の大柄な男子生徒が近づく。
「うちの者に、乱暴は止めて頂きたいな。魔飢留欄さん」
 爛はその声のした方を向く。大柄な男子生徒の腕には、副会長という腕章がついていた。生徒会副会長であり、そして会長が率いる『魔』の独自研究グループのメンバーの一人だ。彼は爛の手の光をチラリと見る。込められた魔力はかなりのものだ。もしかしたら生徒会室ごとぶっ飛ぶかもしれない。
 副会長に向き直り、爛は構えた。光の強さは先ほどより増している。副会長は爛のデータを頭の中で思い起こす。確かそれによると、爛はそれほど多くの魔力を有せず、また強力な『魔』は使えない、という報告がまとめあがっている。が、今目の前で光る彼女の手には、そのデータを軽く上回る魔力、そしてパワーが錬られている。
 これは、報告書の書き直しと、新たに『感情による魔力の増幅』についてのレポートを出さないとな。副会長は苦笑いを浮かべようとしたが、顔が引きつって笑えなかった。
 やはり、これだけ錬られた『魔』を前にして、余裕などあるわけがない。爛の攻撃的な目は、今にも彼に襲いかからんとばかりの勢いだった。
「……言っておくが、それだけの魔力を解放したら、この部屋が吹っ飛ぶ。会長もだぞ。一旦それをしまえ」
 できるだけ冷静に言ったつもりだろうが、彼の言葉はどこか上ずっていた。爛は静かに魔力を弱める。そして光が消えた。
 が、爛はすぐに『魔』を使えるよう、錬った魔力はしっかりとそのままにしていた。表に出していた魔力を、言われたとおりしまったのである。
 魔力をしまう。それは身体の中に保管することだが、並大抵の術者でもそれは難しいと言われる。
 錬られた魔力は強大だ。それを身体の中にしまうとなると、強大な魔力が中で暴れ回り、弱い術者だとすぐにでも身体が内側から張り裂ける。
 今まで、そんなことはしたことのなかった爛だったが、何故か今日はできた。感情が高ぶり、魔力がいつもより数段うまく扱えていたのだった。
 魔力の増幅。そして、その扱い方の向上。もはや爛は今、恐い者知らずの『魔』の使い手となっていた。
 それでも、副会長がこうして彼女に声をかけられたのは、彼女が我を見失いかけていたからだ。
 怒りに、己が飲み込まれそうになっている。
 当初の目的である『大地を助ける』が薄れ、『姉に対して怒る』という感情が沸々と爛の中からは無限にわき出ていた。止めどなくわき出る怒りに、爛は飲み込まれてるのだ。
 キョロキョロと生徒会室を見渡す。ハッキリ言って、普通の高校ならあり得ないだろう。ほぼ普通教室並みの広さを持つ生徒会室は細かく区分されている。
 入り口は一ヵ所で、そのまま直線上に通路がある。入り口のすぐ横には作業場があり、先ほど爛が突っかかった二年生役員はここでなにやら作業をしていた。
 右手は手前から会議室一、会議室二。左手は印刷室、副会長室となっている。そして一番奥で、入り口と正面を向いてドアがあるのは生徒会長室だ。
 見渡したところ、当たり前だが会長の姿はない。もちろん大地の姿もだ。
 そんな彼女に視線に副会長が気づいた。
「会長は今、お忙しい。また後できてくれないか」
「嫌です。今すぐ会わせてください。どこにいるんですか。奥ですか。奥ですね?」
 ツカツカと爛は生徒会長室へ進む。それを止めようと副会長が腕を掴もうとするが、見えない力にはじかれた。
 ――なっ、『魔』の防壁!?――
 これもまた、高度な『魔』であった。それほど魔力を錬る必要はないが、しっかりと全身に『魔』の防壁をはるには相当な精神力がいる。今の爛は、それさえも無意識に行っていた。
 ドアが、ぎぃと音をたてて開いた。爛は目を見開く。
「だ、誰もいない?」
 生徒会長室は、もの抜けの空だった。誰もいない。この前来たときと変わらない部屋だった。
 副会長が、爛の後ろに立った。
「満足したか? 会長はここにはいない。また後で来るか、用なら家で言いな」
 下唇をかむ。こんなところで終わりだなんて、そんなの……。
 ふっと、何かを感じた。
 懐かしさが、温かさが、心の中で広がる。
 爛は目をつぶった。静かに、心を落ち着ける。
 懐かしさは。温かさは。一体どこから来ているのか。それを静かに探す。
 この部屋のすぐそば。かなり近くからその感覚は発せられている。
 ふと、部屋の脇の本棚に目がいく。別段不審なところもない本棚だったが、その不思議な感覚はそこから発せられていた。
 本棚に近寄り、爛は本棚を探る。すると、一ヵ所、どう考えても不自然な箇所があった。本棚の木質が変になっているのだ。明らかに、周りはつやがあり、輝いているのだが、その箇所だけは鈍く輝き、全くつやがない。
 手でその箇所を撫でる。そして、掴んで引っ張った。
 ガラリ――
 勢いよく、本棚が横にスライドし、目の前に階段が現れた。まさに、秘密の階段と呼ぶに相応しい階段だ。
 躊躇いもなく爛はその階段を下っていく。後ろに立っていた副会長は彼女を止めようとしたが、彼女の圧倒的な魔力の前に為す術もなかった。
 コツコツと、靴の音が妙に階段内に反響する。どうやら『魔』を使っているようで、この階段は普通ではあり得ない構造をしていた。上ったり下がったり。曲がったり、うねったり。
 そして、一つのドアを見つける。
 ドアノブに手を伸ばす。その手が、微かに震えているのに気がつく。
 目をつぶり、勢いよくドアを開いた。
 その先には、二人の人間がいた。
「あら、いらっしゃい」
「爛ちゃんじゃー、ないですかぁ。よくここまで来ましたねぇ」
「お姉様……、部長……」
 聖術学園の制服に身を包んでいる会長と、その上に白衣を羽織り相変わらずの飯場がいた。
「よくここまで来たわね。賞賛に値するわ」
 にこやかな笑みを浮かべる会長の表情はどこか誇らしげだった。
「大地君はどこ?」
 腹の奥からにじみ出る怒りを抑えつつ、爛は静かに言った。思いっ切り会長を睨みつける爛に臆することなく、会長は笑った。
「あら、大地君? 彼ならここにいないわよ。さっきまでいたけどね。あ、それともう、帰ってこないかも」
 わざとらしく、指を顎に当てて考え込む会長。爛の脳裏に嫌な予感がよぎる。
「ま、まさか、もう……」
「察しが良いわね」
 ふふふ、と会長が笑うと同時に爛は膝をつく。
「彼は、もうこの世から消えるのよ。いえ、もしかしたらもう消えたかもね。ゲームオーバーよ、爛」
「そ、そんな……」
 瞼の裏から、熱いものがこみ上げる。ぽたぽたと、大粒の涙が爛の膝に落ちる。そんな爛の姿を、会長は冷酷な笑みを浮かべながら見つめた。
 と、その時だった。
 ピピピピピッ!
 突然なった機械音に、爛は顔を上げ、会長は振り返った。
「どうしたの?」
「ええーっと、なんか、意識が戻りそーです。ですがぁ、魔力が足りないみたいなんでぇすよ」
「分かったわ」
 会長は目をつぶり、魔力を錬り始める。
 手が光り、強大な魔力が錬られる。その魔力は、冥界より彼女のである『凛』を呼び出すために使われるのだ。
 次々と込められる魔力。が、計器には『凛』の意識反応がない。
 段々と、焦りが生まれる。
 何のことだか分からない爛は、呆然と二人の姿を眺めていた。
 そして――
 強烈な光が計器の設置してある部屋のもう一つ向こうの部屋――大地が寝かされていた部屋――から発せられた。あまりの明るさに、爛や会長、飯場は目を閉じる。
 光が収まり、爛はゆっくりと目を開けた。大地のいた部屋のドアが開く。
 そして、中から出てきたのは――
「よぉ、ご無沙汰だな」
 大地本人であった。
「そ、そんな……」
 会長の顔は一瞬で青ざめる。彼女の隣で飯場はいつもの表情で「失敗でーす」と呟いた。
 そして、後ろで座り込んでいた爛は立ち上がり、抱きついた。
「大地君!」
 大地は照れ笑いを浮かべて、手で頭を掻いた。
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