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大地のご加護がありますように

4-8

 意識が戻ってすぐに、何故かその場にいた爛に抱きつかれ、思わず頬を熱くしてしまった。
 俺は今、生徒会室の椅子に座っていた。ちなみにちゃんと服は着ているから安心しろ。
 対面には、真っ青な顔をした会長と、レポをまとめていると思われる飯場さんが座っている。そして、これまた謎だが俺の隣には爛が座っていた。どうやら、今回の事情を知っているらしいが、関わる人が増えれば増えるほど話がこじれそうな気がして甚だ不安だ。
「さて」
 話を切り出そうと、俺は言うと会長はピクンと肩を震わせた。どうやら。いや、確実に母である凛さんを具現化できなかったことにショックを受けているようだ。
 凛さんの言葉が脳裏に蘇る。
 ――でも麗には、私の死は辛すぎたようですわ。彼女は変わってしまったわ――
 そう話す凛さんの表情は、実にもの悲しそうに見えた。そして、最期に彼女が言った言葉。
 ――彼女たちを、助けて――
 きっと、それは会長を救うことだと思う。いや、その中には爛も含まれている。二人を救うこと、それが、彼女の最期の願いだった。
 そして、それを実現できるのは俺だけだ。そう確信めいたものがあった。
「会長。俺、凛さんと会いました」
 会長は、俯いたまま黙っている。心なしか、爛の表情も暗かった。
「彼女は、蘇ることを望んでいない、と言っていました。私は死んでしまったのだから。生は全うしたと」
 それでも、俺は話さなければならない。彼女の想いを、伝えることができるのは俺だけなのだから。
「凛さんは、常に見守っていると言っていました。遠くからでも、会長と爛を見守っていると言っていました」
 沈黙がおりる。
 静けさが、ぴりぴりと空気を震わせる。
 あまりの居心地の悪さに、俺は先ほど眼鏡をかけた生徒会役員に出されたお茶を口に含んだ。異様に濃かった。後で文句を言っておこう。
「……よ」
「え?」
 不意に、会長が口を開いた。
「そんなの、詭弁よ!」
 そして、机を思いっ切り叩き、立ち上がった。
「私は母さんが恋しかった! いろんな期待をしてくれて、『魔』の研究員だった母さんを尊敬していた! そして、求めていたのよ! 母さんがいないと、私は何もできない! 何もできないのよ!」
 ボロボロと涙を流す会長の姿はひどく脆く見えた。
 品があり、芯が通っていて、大人びて見えた会長の――少女の一面だった。
 彼女だって、一介の女子高校生に過ぎないのだ。
「だから、だから、母さんに戻ってきてほしかったのよぉ……」
 あまりにも霞みそうな会長の姿。俺に課されたことは、そんな彼女を救うことだ。
 だけど、こんな会長の姿を見て俺は何も言えなくなってしまった。
 俺は、何を言ったらいい?
 俺は、何を言う資格がある?
 ハッキリ言って、俺も分かっていなかった。
 彼女が何故そこまで母を求め、そしてこうして泣いているのか。全く分かっていなかった。
 凛さんは俺に、会長を救ってくれと頼んだ。だけど、俺は救う手だてを見つけることができない。
 泥沼にはまっていくように、さっきまでの自信は沈んでいく。隣に座っている爛も、心なしか肩を震わせている。
 こんなにも、会長は近くにいるというのに、心は全く見えないほど遠くにある。固く閉ざされ、救いを求めている心に、俺は行き着くことができない。
 ぐるぐると渦巻く負の感情。自分の不甲斐なさに、怒りが膨れあがる。
 どうして!
 いつも!
 大切なときに!
 俺は何もできないんだ!
 どんよりとした空気に胸が詰まりそうになる。嫌な感じで満たされた肺の循環効率は悪くて、頭がくらくらする。
 不意に、目頭が熱くなる。
 泣いちゃ駄目だ。
 唇を噛みしめ、必死にこらえる。泣くのは俺じゃない。会長なんだ。爛なんだ。そして、それを救うのが俺の役目だ。
 凛さんの笑顔が脳裏に浮かんだ。どこか陰りのある、自嘲気味な笑顔。その笑顔を、俺は満面の笑みに変えたい。凛さんの願いは、俺の願いであり、そして会長や爛の願いでもある。
 彼女たちの真ん中に、俺は立っているんだ。他人事では済まされない。適当なことは許されない。だからこそ、俺は泣いちゃいけない。すべきことを真っ直ぐと見つめ、そして実行しなければいけない。今までのように、流されたままじゃいけないんだ。
 終局へ、俺は導くんだ。そう、導かれるんじゃなくて、導くんだ。
 ただ、物語なんてものはそう簡単にはうまくいかない。だからこそ、めげずに俺は何度も立ち上がろうと思う。
 目頭に感じた負の念は一切ない。俺の心には、願いを叶えるための信念だけが存在する。
 拳を握り、言葉を発しようとしたその時だった。
 ドクンッ――
 何かを感じた。強烈な寒気が背中を走る。
 俺は天を仰いだ。蛍光灯が照らす室内。どうやら少し、願いを叶えるのは遅くなりそうだ。
 遠くから感じた強い衝撃は、段々と近づいてくる。俺への試練か。それともみんなへの試練か。得体の知れない感覚は、ハッキリと俺の中で危険を知らせる警笛を鳴らしていた。
 ここまできて、俺は未だに不運の塊らしい。まだ、理不尽と闘わなければならないらしい。
 席から立ち上がり、ドアノブに手を伸ばそうとする。ドアノブに手が触れる前に、ドアが開き、その向こうには顔を真っ青にした男が立っていた。腕章には副会長と書かれている。
 ああ、どうしてこんなときに。本当に泣きたくなった。副会長は息を整え、なのに上ずった声でこう告げた。
「怪物が、こ、校庭に!」
 衝撃で、学校が揺れた。






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