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大地のご加護がありますように

4-6.5

 爛と謎の男、自称観察者は廃工場で対峙していた。
「爛ー! そっちはどうー!」
 雪恵の声が近づいてくる。雰囲気からしてきっと紀之もいる。
 意を決したように、爛は静かに『魔』を使う。遠くから、雪恵と紀之が倒れ込む音が聞こえた。眠りの『魔』だ。これで、彼らは当分起きることはないだろう。ぐっすりとおやすみだ。
「詳しく、話を聞かせて頂けないでしょうか?」
「いいでしょう。私は観察者です。知っていることなら何でもお教えしよう」
「お姉様と大地君の居場所はどこ?」
「これは、早速そこからきましたか」
「ど・こ・な・ん・で・す・か?」
 爛は男に詰め寄る。男は肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
「まぁ、まぁ。そんなにがっつかなくてもいいじゃないですか。そうですね。彼女たちなら聖術学園にいますよ。生徒会室に設けられた、非公認の個室にね」
 居場所を聞き出すやいなや、爛は駆けだした。が、彼女の腕を男が掴む。
「離してっ!」
「ちょっと、待ってください。あなたはここから出られないんじゃないんですか?」
「あっ」
 急に、爛の勢いはしぼんでいく。当たり前だ。この廃工場から出ることができなければ、学園に向かうこと何で不可能だ。つまり、大地を助けることができないというわけだ。
「とりあえず、私の話を聞いてください。これは、もちろんあなたのお姉さんの仕業です。あなたは、あなたのお姉さんが何をしようとしているか知ってますか?」
「いえ、分からないわ」
「そうですか。ならお教えしましょう。彼女は冥界から霊体を呼び出し、大地君を霊媒にして具現化させようとしているのです」
「何ですってっ!」
 爛の顔がさっと青くなる。
『霊媒にして具現化』
 霊を生きている人の体内に宿し、具現化するということは、その元の人格は霊に上書きされてしまう。元の人格は消えてしまうのだ。
 それは『死』を意味する言葉だった。
「ま、まさか……。お姉様がそんなことを……」
「信じられないでしょうが本当です。そして、彼女は彼女の母親でもあり、そしてあなたの母親でもある魔飢留凛を具現化させようとしています」
 さらに、爛は大きなショックを受けた。頭を、ハンマーか何かで殴られたかのような感覚だった。
「そんな……。よりにもよってお母様だなんて……。お姉様はいったい何を考えているの!?」
「それは私にも分からない。でも、彼女は確実にあなたの母親を具現化させようとしている」
 淡々と、それでいてどこか哀しげに男は話す。
 ぐっと拳を握り、下唇を噛みしめ、爛は俯いた。怒りと、自分の無力さと、哀しみが心の中でぐちゃぐちゃに混ぜ合わされる。
「さて、これからどうするかはあなた次第です」
 俯いたまま、爛はかすかに震えている。男はそれでも構わず話を続ける。
「あなたが動かなければ、大地君は死んでしまいます。それに、きっと具現化されたあなたの母親も哀しいものになるでしょう。その存在はあなたにとっては苦痛でしかなく、そんな世界であなたは生きて行かなくてはならない。彼の生死を決めるのも、あなたの母親がどうなるかを決めるのも、すべてはあなたの行動で決まるのですよ。爛さん」
 ゆっくりと、爛は顔を上げた。その眼差しには、しっかりとした意志があった。
「では、行きなさい。工場のドアは私が開くようにしておきました。あとは、あなたがやるのです」
 ドアノブに手をかけ、外に出ようとしたとき、爛は振り返って男を見た。
「どうして、ここまでしてくれるの」
「言ったでしょう。私は観察者。しかし、観察する人だって少しは手を下さないといけないこともある。ただそれだけですよ」
「そう……、ありがとう」
 そう言って、爛は工場から飛び出した。
 微かな笑みを浮かべながら、男も工場から出る。
「さて、これでどう転ぶでしょうかね」
 ぽつぽつと、空から雨が降ってきた。
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