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大地のご加護がありますように

4-5.5

 爛が駅に到着した頃には、ファーストフード店に入っていた生徒会長と大地の姿はなく、申し訳なさそうな顔をしながらキョロキョロと辺りを見回す雪恵と思いっ切りベンチに横たわって爆睡している紀之の姿があった。
「雪恵ちゃん!」
 爛の姿を雪恵が認めると、雪恵は小走りで爛に近づいていった。
「爛」
「大地君はどこ?」
 ここまでずっと走ってきたので息が苦しい。大きく深呼吸をしながら何とか呼吸を整える。
「実はさ、見失っちゃったんだよ」
「えっ」
「いや、ずっとここで見張ってたんだけどね。ふと気がついたらいなかったの。忽然と消えたのよ。本当にちゃんと見張ってたのよ。ファーストフード店の窓際の席で何か食べてたし、出入り口は駅側の一ヵ所しかない。なのに、一瞬で消えたのよ。すぐに店内に入って近くの人に聞いたけど、誰もそんな二人は見てないって言うし……」
 どこか元気のない言葉だった。当たり前だ。雪恵は電話で必ず見張っておく。どこか行くものなら必ず尾行して場所を教える、と爛に約束していた。が、その約束は守ることができなかった。責任感が人よりある雪恵は激しく落ち込んだ。
「いいよ、雪恵ちゃん。気にしてないよ」
 言葉通り、爛は全く気にしていなかった。当たり前だ。
 お姉様、いや会長と大地が忽然と消えた。
 その供述は確かだからだ。テレポートの『魔』を使ったのだ、会長は。普通の人が分かるわけがない。どうやら、会長は本当に本格的に動き出したのかもしれない。
 とりあえず、『魔』の痕跡を追って会長は追跡することにする。『魔』を使った後には、必ずその痕跡が残る。『魔痕』(まこん)と呼ばれるものだ。一応、『魔』を操る者の端くれである爛でも、そのくらいは感じることができる。
 意識を集中する。周りの雑踏から完璧に切り離されたような錯覚に陥り、世界が灰色に染まる。
 会長の残した『魔痕』をひたすら探す。額にじんわりと汗が浮かぶ。一秒が一時間に感じられる。
 効率よく『魔』を操ることのできない爛にとって、『魔』を使うことはかなりの精神力を消費することだった。
 小さな白い光が、灰色の世界の中でひゅうっと伸びる。『魔痕』だ。
 見付けたからといって安心してはいけない。すべての『魔痕』が浮かび上がったわけではないのだ。少しずつ、少しずつ『魔痕』は浮かび上がる。すべての『魔痕』が浮かび上がらなければ、結局どこに行ったのかが分からなくなってしまう。
 『魔痕』の先は、この町のはずれにある工場だった。
 それが分かるやいなや、爛は駆けだした。さっきから黙りこくっていた爛を心配そうな表情で見つめていた雪恵は慌てて紀之の首根っこを掴んで追いかける。突然眠りの世界から引き戻され、しかも首根っこを思いっ切り掴まれた紀之は苦しそうに手足をバタバタさせた。雪恵は全く気にする素振りも見せず、いつもと同じスピードで走り、爛を追いかける。引きずられている紀之はすでにぼろぼろになりかけていた。
 町のはずれまで一気に駆けてきたので、爛の呼吸はかなり乱れている。前髪が汗で額に張り付き、心臓はばくばくといっている。
 やっとの事で追いついた雪恵もさすがに息切れしていた。その後ろではぼろ切れ状態の紀之がひくひくと痙攣している。その姿はさながら激戦な戦場から帰還した兵士か。
 呼吸が落ち着いてきたので、爛は工場の周囲をぐるりと歩いた。誰かがいる気配はない。
 この工場は十年ほど前に生産を停止している。つまり廃工場なわけだ。
 『魔痕』はここでとぎれていた。つまり、会長と大地はここまでテレポートしたというわけで、この場所にいる可能性がある。
 が、あの会長がそんな分かりやすいようなことをするだろうか。『魔』で来たその場所で、そのまま自分の計画を実行に移すことはまずない。
「とりあえず、工場の中を探しましょ。雪恵ちゃんは二階を。大林君は一階を。私は事務所を調べるから」
「分かったわ。ほら、紀之行くわよ」
「うぅ、痛いよぉ」
 手分けして、工場内を調べる。そして、爛の考えは見事に的中した。工場の中はやはり誰もいなかった。
 隅々まで探ったが、人っ子一人いなかったのだ。
「いないね」
 雪恵がぽりぽりと頭を掻きながら辺りを見回す。実にシンプルな構造の工場だ。
 この工場には今現在使える出入り口がたった一ヵ所しかない。北側に小さなドアが一つ。それだけだ。実際、事務室や南側にもドアはあるのだが、残念ながらどれもしっかりと、しかも南京錠三つほどで閉められていた。
 別に爛の手にかかればそのくらい一瞬で壊すことができるのだがなのだが、わざわざ私たちを『魔痕』を残してここに誘い込んだお姉様のことだ、きっと何か罠を仕掛けたはず、と読んで爛はそのドアには敢えて触れなかった。
 工場内すべてをチェックし終え、三人は工場の事務室前に集まっていた。
「ホント誰もいないぜ」
 ぼろぼろの身体を引きずりながら、紀之がぶっきらぼうに言う。かなりご機嫌斜めのようだ。でも、爛と雪恵は全く気にする素振りを見せない。紀之は思わず泣きたくなる。
「アタシもいなかったわ」
 雪恵は少し落ち込んだ顔で首を横に振った。爛が見たところでも、誰も見つからなかった。それに、ここにはもうテレポート以外の『魔痕』は感じられない。つまり完璧に手詰まってしまったことになる。
 その時、出入り口の方からがん、がん、がん、と大きな音がした。驚いた三人は北側のドアに向かって走る。
 北側ドアは、先ほどと至って変わった様子はなかった。とりあえず、爛は外に出ようと言った。ここには用はない。早く大地君を見つけないと。
 ドアノブに手をかけて、ドアを開けようとする。
 が、ドアが開かない。
「ドアが開かないわ」
 爛はポツリと呟く。
「へ?」
 後ろにいた雪恵はその言葉に驚き、ドアノブを回して引いた。開かない。押してみた。これも開かない。逆に回してみてもドアは開かなかった。
 三人の顔が真っ青になる。急いで他のドアを確認する。どのドアもしっかりと施錠されており、開く気配はない。雪恵と紀之は何度も何度もドアノブを回し続ける。
 爛は最終手段として『魔』を使うことにした。全神経を集中させて、目をつぶる。ドアを爆発させようという魂胆だ。一人北側ドアに戻り、ドアに向かって一気に力を放出する。
 まばゆい光がすごいスピードでドアに向かっていく。そして、ぶち当たる。きんっ、と音を鳴らして、魔力がはじかれた。
「うそ……」
 爛は唖然とした。なんと、ドアを『魔』から守る『魔』がかけられていたのだ。
 『魔』は込められた魔力の量で力の差が決まる。例え、防御の『魔』が使っても、攻撃の『魔』より込められた魔力の量が少なければあっさりと破られてしまう。
 が、このドアにかけられた『魔』に込められた魔力の量は半端じゃなかった。爛の繰り出す『魔』と比べると、圧倒的に差があった。
 爛は何度も何度も『魔』を繰り出す。が、すべて無惨にもはじき返されてしまった。
 つまり、ドアは破れない。外に出れない。
 三人は、この廃工場に閉じこめられてしまったのだ。
 きっと、これはお姉様の仕業だ。
 脳裏に浮かぶのは、少しはにかんだ笑みを浮かべる大地の姿だった。
 まだ、彼に何も言ってない。謝らないといけないこともある。言いたいことはもっとある。だいいち、まだ彼の満面の笑顔を見ていない。
 爛の心の中では、すでに半ば諦めかけていた。やっぱり、お姉様にはかなわない。膝をついて、へたり込む。
 どうしよう。
 どうにもならない。
 でも――
 やっぱり無理。
 だけど――
 どうしても――
 彼に会いたい。大地君に会いたい。
 目の裏が熱くなってくる。思わず涙がこぼれそうだ。爛は目をごしごしとこする。でも、彼女の瞳はすぐに潤んでしまう。
 もう、駄目。
 涙のダムが決壊しそうになったその時だった。
「う〜ん、泣くにはまだ早いかなぁ?」
 突然隣から聞こえた声に、爛はびくっと肩を震わせた。彼女の隣には、スーツを着た一人の男が立っていた。
「誰?」
 立ち上がり、男と距離を取る。爛はいつもで『魔』を繰り出せるよう、魔力を錬る。
「私ですか? そうですね。ま、名乗るほどの者ではないですよ。言うならば、私は観察者です」
「観察者?」
「ええ、そうです」
 そう言って、男は笑う。彼の笑みに、爛は寒気を感じたが、それでも、一筋の希望を見いだした気がした。
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