大地のご加護がありますように
4-5
段々と視界が明るくなっていく。
あまりの明るさに、目を細める。どうやら、俺は仰向けになっているようだ。
起きあがろうとするが、手と足が動かない。力が入らず、感覚がない。動かし方を忘れたかのように、ぴくりとも俺の四肢は動かなかった。
首すらも回らず、とりあえずじっと天井を見つめ続けることしかできない。が、視界はぼやけて一体何があるのかサッパリ分からない。
ボンヤリとした意識の中、目の前に見知った顔が現れた。
「会長……」
「やぁ、目が覚めた?」
満面の笑み浮かべ、軽快に挨拶する生徒会長。残念ながら、俺はその挨拶に元気に答えられる状態じゃない。
やっとの事で、周りの様子を確認し、認識することができた。
どうやら、俺は手術台のようなものの上に寝かされていて、手足はガッチリと固定されている。俺の体の真上にはそれこそ手術室にあるような大きなライトがあり、周りには得体の知れない機械が多く設置されている。
そして、一番の驚きが俺の格好が下着一枚というあられもない姿だということだ。
全身には様々なコードがつがれており、端から見ればまさに重症患者に見えるであろう。
そんな俺の傍らに、生徒会長は相変わらず笑みを浮かべながら立っている。
「で、俺に何をする気なんですか?」
「あれぇ、意外と冷静だね。もっと取り乱すかと思ってたのに」
不思議そうに小首をかしげ、目を細める生徒会長。だが、目の奥には何か嫌な企みが見え隠れしているような気がする。
実は、先ほどから違和感をしきりに感じていた。何か得体の知れない力が、この部屋には満ちあふれている。
きっと、その正体は『魔』だろう。飯場さんに話を聞いたときに感じたものと、その感じは酷似していた。いや、その時よりはるかに大きな力に感じる。
生徒会長に、生徒会室に連れ込まれたときのことを思い出す。混乱していて、かなり余裕がなかったがその時感じた力も、今感じる力と似ている気がする。
とりあえず、今まで俺が不安に思っていたことが、とうとう今日起こってしまうようだ。
あれだけ怯えていたというのに、いざそのときになるとかなり冷静になってしまった。いやはや、実に俺という人間はおかしな奴だ。思わず笑みがこぼれてしまう。
「しかも、なんか笑ってるし。なんだか期待はずれなリアクションだね。私、もっとすごいリアクションを期待してたんだけど」
悪魔のような笑みを見せられ、思わず冷や汗が噴き出る。何度見ても、生徒会長の笑みには寒気を感じる。何ていうか、底知れる恐ろしさがある。
よくよく考えれば、今の状況は絶体絶命ではないのだろうか。ハッキリ言ってそうだ。身動きはとれない。俺は下着一枚。しかも、意識はもうろうとしている。
ふうむ、もしかしたら命を取られるかもしれないな。この生徒会長なら十分にあり得そうな自体だった。
だいいち、こんなへんてこりんな機械につながれている時点で、俺の人権はどこに行ったと疑いたくなる。日本国憲法では確か基本的な人権を尊重してくれるんじゃないのか?
俺の考えを察したのか、生徒会長は手を大きく広げて言った。
「大丈夫だよ。大地君。私は別にあなたを取って食ったり何てしないわ。だから安心してちょうだい」
全くもって、安心できない言葉であった。何が取って食わないから安心してだ。むしろ解剖とかされそうで恐い。とりあえず、今のところ会長は俺をどうこうする気は全くないみたいだった。
「そろそろ話してくださいよ。俺に、何をする気なんですか?」
「そうね。ちゃんと話した方が良いかしら?」
生徒会長の背後に、スッと誰かが現れた。その人物に、俺は面識があった。
「飯島、さん?」
「はぁ〜い、そーですよー」
彼女独特の間延びしたしゃべり方。間違いない。飯島さんだ。しかし、何で飯島さんがここにいるのだろう。
「彼女から、『魔』についての話は聞いたわね」
「ええ、聞きましたしこの目で見ましたよ」
相変わらず俺の口調は穏やかで、どうも心は落ち着いている。が、そんな中に、何か不穏な気持ちが眠っているのを感じる。爆発前の静けさというか、そんな感じだ。
つまり、今の俺は爆発寸前の爆弾ってことになる。
どうしてそう思ったのか分からない。でも、何故かそう感じる俺がいる。
目の前にいる生徒会長と飯島さん。彼女ら二人が、俺の中の爆弾に気づいて、それを起爆させようとしている。そんな気がした。
「なんだか、もう察しがついたような顔ね」
「いえ、何のことだかサッパリ分かりませんよ」
「そう? その割にはすべてを悟ったような顔してるわよ。まぁ、いいわ。ちゃんと、話してあげるから」
いつからあったのか、生徒会長は俺が寝かされている台の傍に置かれていた椅子に腰掛けた。
「まずは目的からお話ししましょうか。私はとある人を冥界から連れだし、この世に具現化させる」
開口一番、とんでもないことを述べる。しかし、今までとんでもないものをそこそこ見てきた俺はそれくらいで動じない。
「誰かを蘇らせるってことですか?」
「ええ、そうよ。冥界から連れ出して霊体を、こちらで用意した物質に定着させる。そうすることによって、霊体は身体を手に入れることが出来、この世で物理的行動を起こすことができるようになるの」
「……で、俺に何の関係があるんだ?」
待ってました、とばかりに生徒会長は不気味な笑みを浮かべる。
「あなたの『魔力』で呼び出し、そしてあなたの身体に『定着』させるのよ」
「俺の身体に、『定着』させ…る?」
会長の言ったことが、全く理解できなかった。会長は、俺の首筋に細い指を這わせる。
「そう、あなたの身体に『定着』させる」
ただ、首筋に感じる冷たい指の感触は
「そうすると、俺はどうなるんですか?」
間違いなく、俺に
「きっと、死ぬわ」
死の予感を感じさせたのだと思う。
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