大地のご加護がありますように
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そして再び、場所はファーストフード店。
先ほどと同じ窓際の席に、今度は一人ではなく二人で座っていた。
手元にはコーヒーとビッグマック二個にポテト。それとコーラ。ちなみに俺が頼んだのはコーヒーだけで、残りは生徒会長が頼んだものだ。
むんずとバーガーを掴むと、大胆に生徒会長は食べ始めた。小さな顔なので、もちろん口も小さい。とても一口で収まりきらない。
「……でかくないですか?」
「ん? いふぁ、ふぇふにぃ」
何を言っているのか分からない。とりあえず俺は生徒会長が食べるのをじっと見つめていた。
窓の外。噴水前を一瞥する。相変わらず、駅前には人がごった返していて、そして爛の姿はどこにもない。結局のところ、彼女は約束の時間、約束の場所には現れず、代わりに彼女の姉であるこの人が現れた。
これってどういうことよ?
もしかして爛の陰謀かもしれない。とか思ったが、何度考えてもそれはない。彼女と生徒会長には何かある。しかも、彼女は生徒会長とグルになることはない。生徒会室での事件がその裏付けだ。
では、生徒会長は何の目的でここに来ているのだろう。いや、だいいち何で爛は来ないんだ。
あっという間にビッグマックを平らげた生徒会長は今度はポテトに手を出した。なかなかのペースだ。
何て言うか、さっきから心の中にざわめきがあった。
爛が来ない。
何がともあれその事実が俺の心を圧迫する。
この場所にいる自分がここに相応しくない。この空気から浮いているように感じられる。
結局のところ、俺はこの場所にいるための理由を失ってしまったのだ。
爛と待ち合わせるためにここにいたのに、爛は来ず、そして俺ももう来ないと確信した。いや、心のどこかで、来ないかもしれないという予感があったかもしれない。
とりあえずのところ、こんな賑やかで、人が多くて、何より皆が生き生きとしている場所がひどく息苦しかった。
誰も知らない。そんな賑やかな街に放り出された俺。情けないことに、俺はそんな街に劣等感を感じ、喘いでいる。
苦しいのだ。
こんなところにくると、自分の惨めさが浮き彫りになるようで。
そして、爛が来ないという事実が、さらにその気持ち、考えに拍車をかける。
もう、止まらない。
先ほどまでの適度なポジティブだった思考は一転、前までの俺がいつもそうだったように、ネガティブなものになっていった。
ずずずと、生徒会長がコーラをすする。すでにLサイズのポテトは綺麗サッパリ無くなっていて、わずか十分くらいの間にビッグマック二個とポテトは彼女の胃の中に収められてしまった。恐るべき食欲である。
とん、とコーラをテーブルに置き、会長は真っ直ぐ俺を見据えた。
「恐い?」
どくん、と心臓がはねた。
「でしょうね。こんな活気に溢れた場所。君には辛すぎるものね」
ずきん、と今度は鋭い痛みが走る。鋭い痛みは、やがて池に石を投げたように波紋を広げながら、俺の心に行き渡る。
「ねぇ、大地君。君は何を考えているのかな? あなた、爛と待ち合わせしてたんでしょ。何時の待ち合わせだった? で、あなたは一体何時に起きて、何時にここに来て、そしてどれだけここで待っていたの? そして、爛は来たの? 待ち合わせ通り。駅前の噴水に、今日、十時に」
俺の内心をすべて見透かしているかのように、生徒会長はスラスラと言葉を並べる。
そのどれもこれもが、俺の心を締め付け、そして痛めつけた。
「さて、今の時刻はどう? どう見ても時計は十一時を指しているわね。けど、あなたが先ほどから気にしている噴水前には誰もいない。いや、その言い方はおかしいわね。正しく言うと、爛はいない。そしてあなたは、こうして私と向かい合っているわけ。分かる? 今この場所にあなたといるべきハズの爛は、自ら約束をふっかけたくせにここにはいない」
「や、やめろ……」
めまいがした。激しい頭痛に襲われた。世界が揺れた。
何もかも、今の俺を根本からこの人は破壊しようとしている。取り戻しかけているものを、この人が奪おうとしている。
視線を彼女からそらし、俺はコーヒーを飲む。カップを持つ手が震えている。
「あなたはどう考えているの? もしかして、爛が急に親しくなってきて少し期待してた? 爛が自分のことを好きなんじゃないかって。だから、今日デートに誘ってきた。舞い上がっていたものね。十時に待ち合わせなのに、六時に起きて、七時半には待ち合わせ場所について首を長くして爛が来るのを待つ。いいじゃない。そういう男、私キライじゃないわ」
「だから、やめろ」
しかし、生徒会長の口ぶりは変わらない。スラスラと、抑揚のない声で俺の心をえぐってくる。
「でも、考えてみて。現に爛は来なかった。もしかして、彼女はあなたを弄んでいただけかもしれない。実は今この場所に、あなたから見えない位置からあなたを見ているかもしれない。とんでもなく早い時間から爛を心待ちにするあなたの姿をおもしろがっているかもしれない。いや、それも違うかもしれないわ。だって、あなたは私と話しているのだもの。爛はあなたを私から守るって言ったのよね? なら、私があなたとこうして面向かって話していること自体駄目よね。なのに、事実あなたと私は話している。所詮あなたのような人間は、負けて地に落ちてしまったような人間は守る価値もない。そう思われているんじゃないかしら?」
「やめろ、やめろ、やめろ!」
頭を抱え、俺は彼女の言葉を頭から振り払おうとする。
すでに、俺は正常な思考ができないでいた。何故、生徒会長がここまで知っているのか。だいたい生徒会長の狙いは何なのか。いつもなら真っ先に浮かぶような疑問は浮かばず、ただただ彼女の言葉が俺の精神をずたぼろにし、冷静な判断もできないでいた。
反芻される言葉。
『所詮、負けて地に落ちてしまった人間』
それは、今まで何度も俺が繰り返した言葉。そして、恐れていた言葉。
ぷつん、と何かが切れた音がした。俺の思考が、真っ黒に塗りつぶされた。
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