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大地のご加護がありますように

4-3

 目が覚めた。
 窓から差し込む光が眩しくて目を細める。俺の家の窓は東向きだ。残念ながら良い立地とは言えない。まぁ、一人暮らし用のちんけなアパートだから仕方ないと言える。
 時計を見ると、針はどう見ても午前六時を指していた。
 本日はデート当日。待ち合わせは十時。つまりあと四時間も時間がある。
 前日、なんていうか胸がドキドキして全然眠れない。という状況に陥っていたのだが、結局ぐっすりと眠ってしまったようだ。やはり、人間は三大欲求には逆らえないな。
 服を着替えて顔を洗い、トーストにバターを塗って焼く。
 一人暮らしなので、朝食はちゃんと自分で作らなければならないのだ。
 洗濯物はそれほどたまってないのでたぶんまだ大丈夫。掃除は前日にしたから大丈夫。
 頭の中でやらねばならないことを考えるが、別段そんなものはない。すべて昨日のうちにしてしまったのだ。
 なんていうか、アレだ。試験勉強中に掃除してしまう。それと同じだ。きっと、デート前日だからだいぶハイテンションになっていたのだろう。うん、そうだ。いや、そうでも思わないとやっていけないし、妙に恥ずかしい。
 焼き終えたパンをほおばり、コーヒーで流し込む。
 時刻はまだ七時。待ち合わせの時間まで後三時間。
 駅前までは自分の家から二十分ほどなので、まだまだ余裕がある。
 のだが、気が付けば家の戸締まりをして、待ち合わせ場所に行こうとしている自分がいた。
 ちょっと、待て。
 落ち着け。いくら何でも今から行くことはないだろう?
 何度時計を見ても時刻はまだ七時だ。平日、学校に行くとしても結構どころかかなり早い時間帯だ。
 そうとは頭の中で分かっていても、俺の体は半自動的に鍵を閉め、勝手に歩き出した。
 結局のところ、嬉しいのだ。デートというものが。
 もちろん、心の隅には疑いの念もある。
 もしかして、これは俺をはめる陰謀ではないのか。
 ドタキャンされたらどうしよう。
 そう言えば、どこ行くかも聞いてない。
 なんて、不安要素を挙げたらきりがない。
 それでも。それだけのことを考えても、嬉しさですべて忘れることができている。
 もう、素直に認めてしまえば浮かれている。そういうこと。
 待ち合わせ場所へ向かうため、俺はアスファルトの道を歩き出した。



 さすがに、休日となると駅前は混雑する。それほど大きな町じゃないとしても、この辺りでは主要な駅に数えられるこの駅ならなおさらだ。
 そんな、駅前の噴水で俺は突っ立っていた。
 現在時刻、八時半。待ち合わせまであと一時間半あったりする。
 段々と人混みは増えていき、自分以外で待ち合わせをしていると思われる人がちらほらと見られた。
 ここについたのが七時半頃で、それからもう一時間も立ったまま待っているので足がすでにパンパンだ。さすがに早く来すぎたかな、と思う。
 空を見上げると、真っ青なキャンパスに、白い絵の具を垂らしたかのように広がっている雲がゆっくり、ゆっくりと動いていた。太陽のまぶしさに、思わず目を細める。
 こうも穏やかな気持ちでいられるのは、実に久しぶりだということに気づいた。
 何もかもから目を背け、逃げ回っている内に、周りを見る余裕が無くなっていたからかもしれない。見上げる空は、今の俺にはあまりにも大きすぎた。その大きさに飲み込まれそうになる。
 ふと、俺は駅の方へ目をやった。どうやら電車が入ってきたらしく、改札口からは多くの人が流れ出てくる。
 ぼんやりとその人だかりを見つめる。もしかしたら、爛が出てくるかもしれない。そんな期待をはらませながら、俺は改札口を見つめた。人の流れがとぎれとぎれになる。結局、爛は出てこなかった。まぁ、当たり前だろう。
 時刻は八時四五分。まだまだ待ち合わせの時間までにはかなりの余裕がある。
 こうして突っ立って待っているのも良いが、今思うとそれは実にもったいないことだということに気づく。近くの喫茶店やコンビニにでも入ればいくらか時間がつぶせ、少しは有効に待てたのかもしれない。
 思い立ったが吉日だ。俺はきょろきょろと辺りを見渡しながら歩き出した。まだ、この辺りの地理には詳しくない。いや、言うならほとんど知らないと言った方が良いだろう。ほとんど家と学校を往復する生活を送っていた俺には、こんな賑やかな場所に来る必要はなかったから。
 とりあえず目に入ったファーストフード店に入った。
 まだ朝早いのだが、その店は朝食を取る人でだいぶ盛況していた。俺はコーラにポテトを頼み、窓際の席に座る。この席からだと、待ち合わせ場所を見ることができる。まぁ、その時間になったら店を出て噴水前にいるつもりだが、万が一店にいるときに彼女が着たときはすぐに飛び出せるようにしておく。
 コーラをずずずとすすりながら、ポテトを口に運ぶ。こうして、ファーストフード店に入ったのも思えば高校入学後初めてだ。
 なんていうか、俺は何をやっているんだろう。と思ってしまうときがある。
 ただひたすら勉強して、ハイレベルな学校にはいるためにさらに勉強して。結果、俺は名も知らなかった学園に入学した。
 そのギャップに。自分のふがいなさに。失った目的に。全てに最初は苦しんでいた。そして、その事実が周りに知られることも。それで軽蔑されることも。苦しんで恐れていた。
 だから、俺は誰にも近づかなかった。
 でも、今はどうだ?
 しっくりと学園に馴染めた。とまではいかなくても、以前よりは改善した。
 改善?
 俺は何を言っているんだ。
 最初から悪化してなんか無い。むしろ自らそうしたじゃないか。
 なのに、なのになのに俺はそう感じてしまう。
 望んだはずなのに。そう願ったはずなのに。
 ふっと、脳裏に浮かぶのは無邪気に笑う爛の顔だった。
 俺は、彼女のお陰で変わったのかもしれない。
 別に、今の状況が嫌だと言っているわけではない。むしろいい。このぬるま湯につかったような、ひどくなま暖かい時間が心地よい。ぴりぴりと張りつめていた俺の空気が、一気にほぐされる新鮮な感じに、俺は安心する。
 だからこそ、こうして俺は考える。
 いつまで、こんな時間が続くんだろうか。
 爛のお陰で、苦しみから安心の時間に変わった学園生活が、いつまで続くのだろうか。
 正直言うと、心の隅でまだ俺は怯えている。
 自分の周りで起きている不可解なこと。そして、この時間。
 きっと、この時間は何かの前兆。そうに違いなかった。こんなに穏やかでいられるのも、今だけかもしれない。
 でも、俺は今を楽しみたい。
 何か。そう何かが俺の周りで起きている。それには恩人でもある爛だって関わっている。
 はっきり恐い。得体の知れない何かが俺の身に降りかかるだなんて、恐い以外なんと言い表せるだろうか。
 ポテトをかじる。油が舌の上にじわっと広がり、次に塩のしょっぱさがくる。少し塩辛い。健康に悪そうだな、と思いつつも二本目をかじる。
 窓の外を見る。まだ、爛は来ていない。コーラをすする。
 店内に目をやる。けばい女子高生が必死に鏡を見つめながらメイク直しをしていた。その隣で、禿げたサラリーマンがハンバーガーをかじりながら新聞を読んでいる。
 普通の光景だ。
 何だけど、この世には得体の知れなくて、まだまだ分からない力がある。
 頭の中で反芻される飯場さんの話。
 飯場さん。爛。そして生徒会長。
 この三人には何かがある。
 その何かが、俺を怯えさせた。平穏が続く気がしない原因でもあった。
 所詮負け犬である俺に、さらなる恐怖を与える根元。その根元を、俺は知りたかった。
 知ってどうこうする気はない。でも、知ることによって今ある恐怖心を少しでも取り除ける気がしたのだ。
 今日、このデートで俺は思いきって爛に問いつめようと思っていた。きっと、彼女は困惑の表情を浮かべ、しらを切るだろう。しかし、そんな結果が分かりきっていても聞かないと駄目だ。聞くことに、意味がある。
 俺の中にある恐怖心は強大だ。それに打ち勝つには、そうするしかないと思ったからだ。
 解き明かすことに意味があるんじゃない。自ら動くことに意味がある。今まで、内に閉じこもっていたからこそ分かる。何もしないだなんて、俺の意に反することにようやく気づいたのだ。
 百年に一人の秀才。それが俺だ。そんな俺が、気弱なことを言ってどうする!
 取り戻せそうな気がした。以前のプライドを。俺の持っていたものを。

 ――でも、そんな想いなんて所詮、脆く儚いものだ。



 噴水前に、俺は立っていた。
 時計は十時半を指していた。
 そこに、爛の姿はない。
「やぁ」
 そして――
「……どーも」
 俺の前には生徒会長がいた。
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