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大地のご加護がありますように

4-2.5

 二人がデートの約束をしているそのすぐ傍で、聞き耳を立てる二人の陰があった。
 魔術研究部の数少ない部員、北條雪恵に大林紀之だった。
「ら、爛ちゃんったら……な、なんて大胆……。いや、なんて不潔な……」
「ち、畜生。真野、あんさんだけは信用してたのに……」
 と、まぁ、二人の話の内容を聞いて、雪恵は驚き、紀之はハンカチを噛みしめながら号泣していた。端から見ればかなり異様な光景であるが、二人は全く気にする様子もない。
 最近、爛が真野と仲が良いと思ったら、こんなことだったのね。
 雪恵はさっさと手帳に彼らの待ち合わせ場所と時間を書き込む。
 もちろん、尾行しようという魂胆だ。もしかしたら、何かの拍子に大地を魔術研究部に引きずり込めるかもしれないという淡い期待も持ち合わせていたりする。
 隣で泣いている紀之は無理にでも引っ張っていくとしよう。一人じゃどこか心許ないし、紀之でも役には立つだろうと考えたからだ。
 しかし、本当に雪恵は爛が信じられなかった。
 爛との付き合いは中等部からである。入学直後のオリエンテーションで同じ班となり、仲良くなったのがきっかけだ。
 二人とも中等部からの編入だったので、学校の地理に詳しくなく、校内を探検することにした。
 聖術学園はバカに広い。
 その理由が、初等部、中等部、高等部、大学部、のすべてが同じ敷地内に校舎を建てているからだ。
 ハッキリ言って、下手したら市町村並みの広さを誇る聖術学園の、東側に当たる位置にあるのが、中等部校舎だった。
 中等部の生徒数は一クラス四十名で各学年八クラス。計九六〇名。千人に近い生徒がいるのだから、校舎の大きさは半端じゃない。入学したばかりの爛と雪恵は校舎のどこに、何があるのかサッパリ分からないでいた。
 だから、放課後の時間を使い、一階から五階まである校舎を上がったり下がったりしながらいろいろと探検するのはなかなか楽しいものであった。
 先導は雪恵。その後ろを爛が歩く。二人で仲良く話をしながら、理科室やら音楽室やらを見て回る。
 そして、その教室に二人は行き着いた。
 四階の一室。周りは乱雑に散らかっており、明らかに誰も来ないような雰囲気。
 そこに、ぽつねんと立てかけられた『魔術研究部』の文字。
 さすがに気味が悪かったので、雪恵と爛はすぐに引き返そうとした。
 すると、さっき自分たちがやってきた方から白衣を着た誰かがこっちに向かってあるいてきたのだ。
 時刻は夕方。辺りは薄暗くなっており、電気もついていない廊下はさらに暗く気味が悪い。周りの乱雑さと汚さがさらに気味の悪さを際だたせている。
 そして、前から歩いてくる白衣を纏った人物。
 まぁ、びびるなと言う方が無理な話である。
 爛は速攻恐怖ですくみ上がってその場から動けなくなり、雪恵は違う理由で動けなくなった。
 きっと、その瞬間が雪恵の転機であったのだろう。
 そうである。彼女は、その時初めて、『力』を感じたのだ。大地に感じたように。なんの根拠もないのだが。
 絶対に彼女の気のせいであるが、それでもとりあえず感じたと本人が言い張るのだからそうなのであろう。
 それからはトントン拍子だ。
 白衣を纏って歩いてきたのは、当時中学二年生だった魔術研究部部長――当時、魔術研究部は部員が彼女一人だったそうだ――の飯場だった。
 速攻で雪恵は魔術研究部に入部し、爛も彼女に押し切られるように入部した。
 また雪恵の幼馴染みの紀之も雪恵の策謀――このことは紀之の心の大きな傷を与えたのでこの場では深く言及はしない――によって入部させられ、今の形になったのだった。
 とりあえず、爛と魔術研究部はそのように関係があり、なんだかんだで三年間、部活も、そしてなんともまぁ幸運なことに――幸運かどうかは定かではないが、雪恵がそう思っているのならそうだろう――クラスも同じだった雪恵と爛はかなりの仲良しになっていた。
 だからこそ、雪恵は爛のことは誰よりもよく知っていると自負していた。
 彼女は、あまり男子と仲良く話したりはしない。まぁ、一応普通に話すのだが、自分から話すことはないのだ。
 いや、別に彼女が引っ込み思案とかそういうわけではない。むしろ爛は何事も積極的で、どちらかというとおしゃべりな方だ。
 なんだけど、どうやら彼女は男子を少し敬遠している節があった。きっと、美少女にありがちな男の子が苦手、ってやつだろう。
 ちなみに、彼女への告白はすべて雪恵がシャットアウトしてきたのも大きな要因になっていることに雪恵本人は全く自覚していない。
 そんな彼女が、高校から入ってきた大地にあんなに接近するなんて。
 雪恵は自分が知らない爛を見て、驚き、そして嫉妬していた。もちろん、大地に対してである。
 あの男に、爛はアタシの知らない面を見せている。
 なんて思うだけで、どうにも言い難い思いが胸の中に渦巻くのだ。
 もしかして、あの男が爛に何かをやったのではないか。
 最悪のケースが雪恵の頭の中に浮かび上がる。そうだ。きっと爛は何か弱みを握られているに違いない。だから、あんな男に親しくするしかないんだ。
 元々、思いこみが激しい雪恵は一度決めたりすると、それを曲げることはない。その事実を、自分に納得させるために様々な憶測を勝手に組み立てていくのだ。
 なので、彼女の頭の中には弱みを握られ、いいようにされている悲劇の乙女、魔飢留爛が勝手に形成されており、自分はそんな可哀想な彼女を助ける頼りになる親友という構図になっている。
 しかも、雪恵は大地に強大な『力』があると決めつけている。電波色も強い彼女は、さらに脳内の憶測を脚色していく。
 もしかして、あの男はその『力』まで使っているんじゃないか。となると、普通の装備では彼に太刀打ちできない。これは、対策を練らないと駄目だ。
 隣で未だにハンカチを噛みしめ、涙を流している紀之の首根っこをむんずと掴んで、彼女は魔術研究部の部室へ向かった。対策を練るのはやはりそこしかない。
 首を掴まれて苦しんでいる紀之を完璧に無視して、雪恵は決意に燃える。
 爛ちゃん。必ず、アタシが助けるからね。
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