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大地のご加護がありますように

3-5.5

 聖術学園の図書室は半端じゃないくらいでかい。その蔵書数ならば、下手な市立図書館を優に超えるほどである。
 もちろん、それだけの蔵書があれば様々な本が図書室に収められている。内容がメジャーなものから、究極なまでにマニアな本まで、多種多様な本は学園の生徒のみならず教職員。挙げ句の果てには近隣住民にまでわざわざ学園の図書室まで来て本を借りるほどだ。
 ハッキリ言ってしまうと、図書室というより図書館と言った方がぴったりくる。
 そんな、巨大な図書室の奥の奥。誰も来ないような場所にぽつんと、小さな机と椅子があった。
 その周りには、様々な本が山のように積まれており、端から見れば本の要塞に見えないこともないほどである。
 静かな図書室に響くページをめくる音。
 ほんの要塞の中心に、一心不乱に魔導書を読みあさる北條雪恵の姿があった。
 そうである。この一帯のスペースは雪恵の読んだ本――主にオカルト関連の書物――によってできあがった場所なのだ。
 が、場所が場所なので誰も寄りつかない。だいいち、わざわざこんな奥まで来る人などいないのだ。
 超高速で魔導書を読み終えた雪恵は、隣に高く積み上がった本の山の上に読み終えた本を放り投げた。山の一番上に向かって投げられた魔導書は、うまく本の山の上に乗ることができ、ぐらついた本の山も崩れることはなかった。
 彼女は、崩れてこないことを確認するとぐーっと大きく背伸びした。学校が始まってから、延々とここで読書をしていたので、体中の筋肉が縮んでしまったのだ。
 ここ最近、全く部員を集める気にならない。
 雪恵は、大きく溜息をついて、新たな本を手に取った。『魔導指南書』と題された本は、広辞苑並みの分厚さを誇っている。その本を一ページ目から一心不乱に読み始めた。
 彼女がこうして調べものをしている原因は、大地にあった。
 急に、誰の話も聞かなくなった大地。入部させるまで後一歩、というところまできたというのにっ、と彼女は大変悔しがった。
 いつもなら、そこで終わりだった。断られるのは慣れているし、正直言ってしまえば大地だってそれほど本気で勧誘したかったわけではない。
 何故なら、いつもの手法がそうであったからだ。
 魔術研究部などというオカルトな部へ入部する者は大変少ない。否、ほとんど皆無と言っても過言ではないだろう。
 それでも四人の部員がいること自体奇跡であるが、やはり四人だけだと支給される部費が違うのだ。
 どうせやるなら充実した活動をしたい。
 オカルトを心底信じ切っている雪恵は、そう願っていた。が、お金がないならそんな活動などできるわけがない。もっぱら、活動は魔術について話し合ったり、初歩的な魔術を行うに限っていた。
 そんなものに、雪恵が満足するわけがない。
 高度な魔術をしたい雪恵は、早速部費を増やすために活動を起こした。
 まずは、魔術研究部の高等魔術のためのカンパを募った。
 が、残念ながらカンパは大失敗で終わる。
 当たり前である。カンパとは政治的・社会的活動のため、大衆に呼びかけて行う募金活動なのだ。一部活の活動資金のために金を出すやつなどいないし、だいたい意味合い自体異なっている。
 ある意味、これにより魔術研究部という部活自体の認知度はかなり広がった。しかし、生徒の認識はどれもこれも『訳の分からないことをやっている根暗な文化部』というイメージしかなく、魔術研究部のイメージを大きく損なう結果となってしまったのだ。
 だが、これしきこのことで雪恵は諦めない。
 次に行ったのがスポンサーだった。
 学校が駄目なら学校を出よ。などという訳の分からないことをうたい文句に、颯爽と雪恵は近くの企業――なるべく儲かっていて、魔術研究部の趣向と合う企業――を探しに出た。
 もちろん、これもまた失敗に終わるのは雪恵の幼馴染みに当たる大林紀之が雪恵にいらぬことを言ってぶん殴られるくらい明らかなことである。
 意味不明な主張で企業から金を巻き上げようとしている中学生――当時、雪恵はまだ中学生だった――がいるという通報が学園に何件もきたのだ。
 そうして、教師達によってその行為は速攻やめさせられ、魔術研究部は三ヶ月間の活動停止をくらったのだ。
 なんていうか、冷静に考えればそうなることくらい分かるような行動を雪恵は平気でやってのけるのだ。まぁ、その一因に魔術研究部部長、飯場も一枚かんでいるのだが。
 そして、雪恵が出した三つ目の案が『部員を増やして部費を増やしてもらう』という至極まっとうなものだった。当たり前だが勧誘作業などは雪恵が先頭に立って行う。
 一週間がたったが、部員は全く増える気配を見せなかった。
 その頃には、学園中に魔術研究部が行った――主に雪恵が行った――奇行が広まり、誰一人として魔術研究部に関わろうとしなかったのだ。まぁ、雪恵の行動を見れば、そうなるのは誰でも予想できる結果である。
 しかも、雪恵は勧誘する生徒を選り好みした。自分が『魔力』があると判断した者だけを勧誘するのだ。かなり強引な手で。
 ここで一言言うと、雪恵は『魔力』を感じることはできない。つまり、ほとんど直感で判断しているのだ。
 そんなわけで、その不幸な選ばれし一人に『真野大地』が入っただけである。
 なのに、雪恵は大地を諦めることができなかった。いつもなら、一週間つきまとって、脈がないと判断したならサッパリと諦める。それが雪恵の勧誘スタイルだった。
 大地だって、少しは脈があったが結局入部させることができなかったのだ。なら、すぐに次の対象を選ばなくてはならないのではないのか?
 雪恵は魔導指南書を読むのを一旦止め、机に突っ伏した。
 何故だろうか。なんで、アタシはあんなに大地に固執しているのだろうか。
 そう言えば、最近爛も彼を気にとめていることに気づく。ふと爛を見れば、爛が彼を見ているときが多いのだ。
 得体の知れない何かがある。
 無意識にそう雪恵は考えていた。オカルト的な思考の下、彼女の下した結論は彼は尋常じゃない『力』を持っているということであった。
 きっと、これだけ彼に惹かれるのはその『力』が原因なのだろう。
 だから雪恵は、こうして図書館で魔導書を読みあさっていたのだ。
 この多くの書物の中に、大地の『力』を解き明かすヒントが隠されているかもしれない。いや、もしかしたら答えそのものが見つかるかもしれない。
 オカルトと授業なら、間違いなくオカルトの方が大切と答える雪恵の執着心はものすごいものだ。
 必ず、化けの皮をはがしてやる。
 強い決心を胸に、雪恵は再び本を読み出す。
 静かな図書室の中で、ページをめくる音がする。
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