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大地のご加護がありますように

3-5

 話を聞き終え、俺は授業を受ける気にならずに再び屋上に上がった。
 先ほど、飯場さんに吹っ飛ばされた鉄の扉をまたぎ、屋上に出る。と、その瞬間まだ少し冷たい風がびゅうっと吹き抜けた。
 汗で湿っていた体が冷え、俺はぶるっと震えた。が、すぐに汗は乾き、風は丁度いい具合に感じられた。
 ぎぃっと、手すりにもたれ掛かる。
 飯場さんの話。『魔』と呼ばれる『力』。
 話を聞いていくにつれて、わき上がるざわめきと恐怖。そして、不安感。
 何かが、これから起きる。そんな気がした。
 その渦中に、俺はいる。
 でも、俺は何も知らない。何も知らないのだ。
 一体、何が起こるのか。俺はどうなってしまうのか。
 ただただ、この前感じた『力』が強烈に脳裏に焼き付いている。鮮明に、思い出すことができるほどに。
 空は晴れ。巨大な白い雲が、ゆっくりと流れていく。
 そこに、日常があった。平和で、俺が望む世界があった。でも、俺は非日常の入り口に立たされた。
 それは、後戻りのできない道なのかもしれない。真っ暗で、先が全く見えない道。
 どうなるかは分からない。だからこそ、不安を感じる。
 しかし、その反面、俺は期待しているのだ。
 この、状況を脱却できる機会を得るかもしれない。もしかして、今の俺を変えるきっかけを得るかもしれない。
 淡い期待は、圧倒的な不安感の中で一筋の希望であり、ふくれあがりそうな不安感を抑えてくれるものだった。
 ただ今は、何もすることはできない。不安感と、ささやかな期待の中で生活していかなくてはならない。
 入学式での、生徒会長の笑み。そして、彼女の使った『力』。飯場さんの『魔』の話。そして、生徒会長と似たあの笑み。
 すべてが、自分の知らぬ間に進んでいる。俺は、そう。何も、何も知らない。
 ふと、背後に視線を感じて、俺は振り返った。その先には、爛が立っていた。
「爛……」
 思わず、頬が熱くなるのを感じられた。つぶらな瞳が、俺をがっしり捉えていた。真っ白で、すらりとした足を踏み出し、彼女は彼女は俺の方へ近づいてくる。手すりにもたれ掛かったまま、俺はそこから動かない。そして、近づいてきた彼女は、俺と同じように手すりにもたれ掛かった。
 微妙な沈黙。
 ちらちらと、俺は彼女を横目で伺った。彼女は、じっと空を眺めている。グラウンドからは、体育の授業に励む生徒の声が聞こえる。
「ねぇ、大地君……」
 不意に、爛が口を開いた。俺は何も後ろめたいことなどないのに、びくっと反応してしまう。
「この前のこと、覚えてるかな」
 穏やかで、それでいて探りを入れるような口調。きっと、この前のこととは生徒会長が『力』を使ったときのことを言っているのだろう。
「うん。覚えてる」
 俺の口から出た言葉に、自分自身が驚いていた。
 ここ一ヵ月。ろくに彼女と言葉を交わしていないのに、俺は普通に答えていた。俺の返答に、彼女も驚いたらしく、目を見開いて俺を見つめている。
 再び、沈黙が訪れる。今度は、ハッキリ言ってかなり気まずい沈黙だった。
 ひょうひょうと風が吹き、屋上に設置されている校旗と国旗がはためく。
「私ね」
 今度もまた、爛が口を開いた。俺は黙って話を聞く。
「お姉様がしていること、ハッキリ言って分からない。でも、大地君にとっては危険なことだと言うことは分かる。だから……」
 そこで、言葉を詰まらせる。
 視線を俺は彼女へ移す。俯いたまま、何かを言おうとしている。
 ぐっと、拳を握り、彼女は顔を上げた。
「だから、私にあなたを守らせて!」
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