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大地のご加護がありますように

3-4.5

 五時間目。大地はいつもの席にはいなかった。
 爛は後ろの席からいつも感じていたぬくもりや、彼の息づかい、視線などがないことに少し、いやかなり戸惑っていた。
 が、それ以上に得体の知れない不安感が彼女の心を覆っていた。
 一ヶ月前。
 何がきっかけかは分からないが、彼が突然よそよそしくなった。
 目に映るものは、はっきりとした拒絶だった。そして、後悔の念。彼は、独りになった。
 何故そうなったか分からない。でも、爛には少し理解できる部分があった。彼は、自ら望んで独りになっている訳じゃない。
 きっと、今の状態から脱却したいと願っている。それを、自分の中の何かが邪魔をしているのだ。そう彼女の目に、彼は映っていた。
 少しばかり体をひねり、後ろを伺う。ぽかりと空いた席。いつもいる彼の姿はそこにない。
 思い出すのは、あのときのことだった。
 姉が、大地に目をつけた。
 衝撃の事実だった。あの姉が、あの姉が彼に目をつけたのだ。
 確かに、きっと大地には何かがあると爛も踏んでいた。初めてあったときに感じたあの懐かしさ。そして、その反面強大な力もちらちらと感じていたのだ。
 きっと、その『力』が関係している。それは明らかだ。
 でも、その『力』がいったい何なのかは、全く分からなかった。その類の知識はあまり多くないことが仇となったようだ。爛は少し歯がみする。
 それより、爛が気にしていたのは大地から感じる『懐かし』さ、だった。
 古くさく、それでいて温かな記憶。
 その記憶は、頭の中のもやもやに邪魔されてなかなかはっきりと思い出すことはできない。でも、大切な記憶だということはひしひしと感じることができた。
 だからこそ、姉の動きが気になるのだ。姉が大地に何かをするかもしれない。そう思うだけで、爛はいても立ってもいられなくなる。
 大地を、姉から守らなければ。
 爛はそう強く思っていた。
 あのとき、姉は『魔』を使っていた。しかも、力が半端じゃなかった。
 普通に、あのまま続けていたら彼は死んでいた。いや、もしかして死よりも残酷なことになっていたのかもしれない。
 爛は、『魔』を操る『魔使い』だ。そして、彼女の姉である魔飢留麗も同じく『魔使い』であった。
 『魔』は人を壊す。
 今まで教えてもらったことを爛は頭の中で反芻する。
 秘法と呼ばれてきた。隠され続けながらも、その秘法の研究は進められ、その拠点の一つとしてこの学校が選ばれた。
 姉は研究グループのリーダー格を担い、爛もそのグループの研究員となった。
 それからだ。姉が変わってしまったのは。
 研究に何かに取り憑かれたかのように打ち込み、結果ばかりを求めた。
 成果を代価に得た権力で、研究の方で本当に好き勝手にやるようになってしまったのだ。
 一体、何の意図が隠されているのか分からない。でも、姉は『何か』を成し遂げるために研究に打ち込んでいるようにしか思えなかった。
 彼女は黒板に目を戻す。老いぼれた教師が、自分の武勇伝について偉そうに語っている。どうやら、授業の内容から脱線してこうなったようだ。
 黒板に書かれているミミズのような文字をぼーっと眺める。
 いくら考えても、何も答えは出ない。
 ただ、分かることは姉が彼に目をつけたこと。
 そして『魔』を使おうとしていること。
 本当に、大地を守らなくてはならないかもしれない。その理由は、彼から感じる懐かしさなのか、または姉のすることに対して感じる負い目なのかは分からない。
 とりあえず、今のまま、遠くから見ているだけでは駄目だ。具体的な行動を起こさないと、きっと取り返しの付かないことになることだけは確かだ。
 ぎゅっと、シャーペンを握る。芯の先が少し折れ、ノートの上に転がる。
 五時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った――
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