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大地のご加護がありますように

3-4

 五時間目の開始を告げるチャイムが鳴る。が、俺と飯場さんは構わず部室へと向かっていた。
「あちゃぁ、五時間目始まってしまいましたねぇ。まぁ、別に大丈夫ですよねぇ?」
「はい。大丈夫です」
「ではぁ、さっさと部室へ行きましょうー」
 廊下を早足で進んでいく。この階には特別教室しかなく、幸い今はどの教室でも授業はしていないようだった。
 久々に来た。『魔術研究部』という看板をぶら下げた教室。今思えば、一ヶ月前ここに来て以来だ。
 結局、あの日は飯場さんが来る前に俺は帰ってしまった。体の調子が悪いと言って。
 そして、家に帰って何度も吐いた。
 その理由は、まずは情けない自分にむかついたから。のこのこと逃げてきた自分にだ。
 そして、次に俺の居場所がないことを痛いほど身に感じたから。
 吐いた後、口の中は胃液で苦かった。まだ胃がきりきりと痛んだ。
 飯場さんがガラリとドアを開ける。相変わらず不気味なほど暗いこの教室。電気をつけても蛍光灯には黒い布が貼ってあるので全くの無意味だ。
 それでも、飯場さんは電気をつけ、テーブルの上にあるローソクに火をつける。
 ぼうっと飯場さんの顔が下から不気味に照らされる。色白な飯場さんは、なんだか幽霊のような感じに見えた。
「ほぉら、早く座りなさぁい」
「あ、はい」
 飯場さんにせかされて、俺はテーブルの椅子に座る。飯場さんは俺が座ったのを見て、俺の前にどかっと座った。白衣がはためく。
 周りを見ると、かなり不気味なものが沢山あった。
 この前は全然見ていなかったのだが、意外とこの部室はもので埋め尽くされている。
 空き教室を部室にしたのだから、教室の広さはなかなかのはずだ。
 なのに、教室の後ろはほとんど物置化している。暗い中目をこらしてみても、全く奥行きがあるように思えない。ものは天井近くまで積み上げられている。
 その山の中から、ドクロとか鎖とかいろんなものが飛び出ていたことは見なかったことにしよう。うん、俺はそんなもの見ていない。
「どうしたんでぇすかぁ? ああ、やっぱりすごいですかぁ、この教室。これだけいろんなものがありますかぁらねぇ」
 そう言って、飯場さんは俺に微笑んだ。だが、暗闇の中ではかなり恐い。恐すぎる。お化けみたいだ。
 だが、確かにこれだけもの――しかも主に見たところオカルトグッズばかり――があれば誰でも驚く。ハッキリ言ってどれだけの歳月をかけたらこうなるのかが知りたい。
 そう言えば、小さい頃住んでいた家の近くに、ゴミ屋敷があった。
 住んでいるのは四十を過ぎた男だっただろうか。いつも近くのゴミ集積所を漁っており、まだ小さかった俺はゴミ取りおじさんと呼んでいた。
 一度、そのゴミ屋敷の敷居を超えたことがある。
 強烈な臭いが鼻を突き、息が詰まった。でも、好奇心が俺をそこに踏みとどまらせた。
 ここには何があるのだろうか?
 きっと、面白いものがあるに違いない。
 そんな好奇心が、俺をゴミ屋敷の奥へと向かわせたのだ。
 奥の方は意外と小ぎれいだった。その辺りだけはゴミが山積みにされておらず、居住空間のように見えた。
 周りはゴミが山のように積まれているため、そこからは外が伺えない。なんだか秘密基地のように感じられた。
 そんな、そんな空間にここは似ている。
 子供の頃、秘密基地なんて言葉は実に甘美な言葉だったのだろう。
 その頃は、まだ俺は純粋だったと思う。まだ、すべてに立ち向かっていたのだと思う。
 好奇心というものを武器にして、突っ込んで行けた。
 よく思えば、今の俺もその時の自分に似ている気がする。
 何が俺をここに踏みとどまらせているのだろうか。
 結局、今も昔も俺は俺だと言うことに、俺は苦笑いを浮かべた。謎の『力』に対する好奇心が、きっとこの学園に踏みとどまらせる理由となっていたのだろう。
「あれぇ? どうかしましたかぁ?」
 薄暗い教室の中、肘をつきながら俺を見ていた飯場さんが突然笑みを浮かべた俺を不思議そうに見つめる。
「いえ、少し昔のことを思い出してました。ここ、雰囲気が小さい頃一度だけ行ったことある場所と似てるんです」
「へぇ〜、それ、どこなんですかぁ?」
 俺が躊躇いもなく「近所のゴミ屋敷です」と答えたら、飯場さんはあからさまに不機嫌な顔になり、「それはひどぉいですねぇー」なんて頬をふくらませながら抗議した。不覚にも、その姿を可愛いと思ってしまったのは秘密だ。
「さぁて、楽しい雑談はぁ、この辺にしましょうかねぇー」
「え、ええ。そうしましょうか」
 危うく本来の目的を忘れそうになっていた。
 俺は飯場さんの方に向き直る。丁度彼女の頭の上に時計が見えた。長針と短針が光るタイプの時計で、現在時刻は一時三十分。五時間目の授業の真っ最中だ。
 飯場さんはテーブル両肘をつき、顎を組んだ手にのせる。
「じゃあ、話しましょうーか。実はこのこと誰にも話したことがないんですよぉ。まぁ、真野クンならいいでしょぉー」
 そう言いながら、彼女はふっとローソクを吹き消した。部屋は黒い布に覆われた蛍光灯があるが、それでも真っ暗と言っていいほど暗くなる。
「よーく、消えたローソクを見てくださぁいねぇ」
 俺は吹き消えたローソクを見つめた。
 それに向けて、彼女は目をつぶって手をかざす。
 何かが彼女の手のひらに集まってくる。さっき、屋上で見せてもらったものと同じ何かが。
 そして、弾ける。
 気が付けば、ローソクに火がついていた。
 唖然とする俺を見て、飯場さんはくすりと笑う。
「今のが、さっきやったやつのミニバージョンでぇす。平たく言えば『魔術』というものでぇすねぇ。あ、『魔法』とも言いましょうかぁー」
 あまりにも、信じられない言葉が彼女の口から出た。
「『魔術』、『魔法』?」
「ええー、そうでぇすよぉ」
 俺が聞き直すと、飯場さんは即答した。どうやら、マジな話らしい。
「ああ、でもぉ、実際定義付けなんてされてないですから『魔術』とか『魔法』とか決まってないんですけどねぇー。まぁ、不思議な『力』ですからそう呼んでいるんでぇすー。あ、基本的にワタシは『魔』と呼んでいまぁすよぉー。共通の文字ですからねぇー。知っている人もたいがい『魔』か『力』と言いますしぃ」
 変わらぬ間延びしたしゃべり方であったが、彼女の表情は真剣そのものだった。
 つまり、不思議な力って訳だ。これは。
 とりあえず、名前すらはっきり決まってない不明な力か。それが『魔』。
「で、真野クン。あなた、ワタシがこの『力』を使う直前。何かを感じませんでしたかぁ?」
「え?」
 真っ直ぐと俺を見つめる彼女の視線は、俺の顔を捉えて放さない。
 本当に、この人はあの間の抜けた飯場さん同じ人なのかと目を疑いたくなるくらい、彼女の表情は変わっている。
「どうなんでぇすか?」
 どうやら、この質問はかなり重要なものらしい。俺は、小さく頷く。
「え、ええ。飯場さんのかざした手に、何か力が集まるような感覚を……」
「グーレイット!」
 そう言うと、彼女はにぱーと笑い、立ち上がって俺の手を取ってぶんぶんと握手した。
「いやぁ、よかったでぇす。全く何も感じなかった、何て言われたらどうしよぉーかと思いました。よかったよかったー」
「え、あ、へ?」
 全く事態が飲み込めない俺に対し、飯場さんは本当ににこやかな――それこそさっきまでの真剣な表情はどこに行ったのかと思うほど――な笑みを浮かべている。
 混乱している俺の様子を察したのか、彼女は俺の手を離しもう一度席に座った。
「す、すいませぇん。まぁ、その『力』を感じてくれなかったら説明が実に難しくなるので。だから感じてくれたのでつい、ね?」
 なるほど。
 力を感じなかったら理解しにくいって訳なのか。
「その感じた『力』が『魔術』『魔法』の素である『魔力』と呼ばれるものでぇす。さっき見せたものは、ワタシの体内にある『魔力』を手のひらに集めて、それを撃ち出したってわけなのでぇす」
「へ、へぇ……」
 とりあえずコクコクとうなずく。が、実際すべて飲み込むことができたわけではない。ハッキリ言って、まだ不明な点も多いし、すべて信用できたわけでもない。
 が、目の前でそう何度も見せられれば少しくらいは信じてきてたりする。
「魔力というものは本来、人の体の中にありまぁす。が、その魔力だけでは大きな『力』を発揮することはできませぇん。より強大な力を発揮するには『自然』の『力』、『魔素』と呼ばれるものが必要になってきまーす。『魔力』と『魔素』を練り合わせることによって、より高度で、より強大な『力』を行使することができるのでぇす。基本的に『魔素』は多くを取り込むことはできなぁいと言われてまーす。なので、自分の体内の『魔力』だけでやっていくしかないのでぇす。ま、そうなると大変パワーもテクニックも弱くなりますけどねぇ。
 ちなみに、ワタシは『魔素』も沢山取り込めないし、『魔力』も少ないので、さっき見せたような物理的なことしかできなぁいのでぇすよ」
 なんていうか、初めて話の合う友達を見付けたように、飯場さんは実に嬉しそうに『力』について話す。
 俺はと言うと、全く思考が彼女について行っていなかった。
 さっきからあり得ないことに、話を聞いていて混乱していたのは確かだ。が、それだけが理由ってわけではない。
 得体の知れないざわめきが胸の中にわき上がってきているのだ。
 もしかして、俺は足を踏み入れては行けない世界へ入ろうとしているのではないだろうか。
 さっきも見たとおり、この『力』はすさまじい。屋上の鉄のドアを吹っ飛ばすことだってできる。
 しかも、それで『魔力』が少なく、威力が弱いというのだ。
 身の危険を感じる。本能が、警笛を鳴らす。この前、会長に受けた謎の『力』は本当に飯場さんが教えてくれたとおり『魔』とかいうものだろうか。
 だいいち、そんな力が今まで誰にも知られずにいる自体おかしい。もしかして、裏で大きな『何か』が動いているかもしれない。
 背中に、冷たい汗がつーっと流れる。シャツにしみこみ、じわりと湿る。
 手の先が微妙に震えているのが分かる。何か、何かが『普通』と違う。いや、その『何か』だって俺は分かっている。
 あなたは、何がしたいんですか?――
 そう口を開こうとした瞬間、学校中に五時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ、この辺で切り上げましょーか?」
 ニヤリと、飯場さんが笑った。
 その笑い方は、一ヶ月前――入学式での、生徒会長の笑みに似ていた。
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