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大地のご加護がありますように

3-3

 何もかもから、目を背けた。
 誰からも、逃げた。
 そうして、気が付けばさくらは散って、青葉が茂る時期となった。五月だ。
 最初の内は、みんな、俺に話しかけてくれた。でも、俺の態度が急変したのを見て、段々距離を置いていくのが分かった。
 自分を見る目は、どんな目だ?
 様々な視線が交錯する。その中心に、俺がいる気がした。
 教室という存在は、俺にとって苦痛な存在でしかなくて、そしているべき場所ではなくなっていた。いや、最初からいるべき場所ではなかったはずだ。
 俺は、自ら自分の場所を打ち砕いたのだ。
 自分がいるべき場所を手放したのだ。
 例え、それが自分の意に反していたとしても、その結果には変わりなく、そして今の現状は覆しようもなかった。
 所詮、俺は負け犬なんだ。敗者であり、ここはいるべき場所ではない。
 ただ、最初の覚悟のお陰で俺はやっていけた。
 今すぐにでも、校長室のドアを蹴破って退学届けを出したい気分だった。
 でも、それを留まらせる要因がこの学園にはいくつもあった。
 俺が経験した、謎の現象。
 あの日の記憶は、俺の脳裏にしっかりと焼き付いて離れなかった。
 むしろ、最初の覚悟よりもあの記憶が俺をこの場所に踏みとどまらせているのかもしれない。
 心の中をかきむしられるようなあの感覚。
 体中に走った、あの痛み。
 そして、不意に思い出されたあの懐かしい場所。小さい頃の俺。
 知りたい。あれが何なのか。
 きっと、この学園に俺を縛り付けているのは、あの光景だから。あの現象だから。
 会長と、爛。と言った。そして、それを俺に使ったと言った。
 それは何なあの二人には何かがある。
 彼女は『力』のか。『力』とは一体何なのか。
 俺は――知りたい。


 とは言っても、俺は調べることすらできないでいた。
 居心地の悪い、この俺のいるべき場所でないここは調査にはもっとも適さない場所だからだ。
 昼休みになり、みんなは学食なり、購買なりといろんな場所に散る。俺はコンビニで買ってきたパンを片手に立ち上がり、教室から出た。
 後ろから爛が話しかけようとしていたが、俺は全く気づかないふりをし、ドアを開ける。
 もう、俺の居場所はここじゃないんだ。ここじゃ、ない。
 階段を上がり、重い鉄のドア鍵を開け、ドアを押すと一気に風が吹き込んできた。
 屋上は普段は立ち入り禁止だ。でも、最近鍵が壊れていることに俺は気づいた。
 それからは、俺だけの場所。自分で買ってきた錠前で鍵を閉め、普段は入れないようにした。
 これで、誰もここには来れない。
 梅雨を目前としたこの時期。太陽も、風もすべてが丁度心地の良い時期だ。
 涼しい風が俺の髪を揺らす。眼鏡のフレームに太陽の光が反射し、俺は目を細めながら空を眺める。
 大の字でコンクリートの床に寝転がった。ひんやりとした感触が気持ちいい。
 ここは唯一、ホッとできる場所。安心できる場所だ。
 雲はそれほど高い位置にはなく、雲の隙間から覗く真っ青な空はどこまでもどこまでも続いている。
 このまま、自分の体が空に吸い込まれてしまうような錯覚に陥る。青い空がぐーっと近づいてきて、段々と自分の体が青く透けてくる。
 少しずつ浮遊していく体。それはとても心地よく、まさに水の中に沈んでいくような感覚。
 段々と眠気が出てくる。上まぶたと下まぶたが互いに引き合い、俺の目はうっすらと開いているだけ。
 眠りに落ちたら、本当に空と同化してしまう気がした。目が覚めたら俺は雲の上で、心地の良い風を肌に受けている。
 完璧に目が閉じようかというとき、屋上の入り口からすさまじい音がした。
 ガッシャーン!
「うわっ!」
 俺は寝ころんでいた状態から跳ね起きた。
 ドアの方に視線を向けると、なにやらもくもくと煙を出している。明らかに何かの爆発が起きたような有様だ。
 呆然としてその様子を見ていると、その煙の向こうからなにやら人影のようなものが見えた。
 どうやら咳き込んでいるようで、煙の中でしきりにけほけほという声が聞こえる。
 煙が風で流され、中の人影がはっきりと見えてきた。
 少しすすけた白衣を身に纏っていて、肩で切りそろえられた髪。彼女の細い目が俺をとらえる。
「げっ」
「あ〜♪」
 俺を見るやいなや、彼女――魔術研究部部の長殿――が俺に向かって来てルパンダイブを敢行した。残念ながら服は脱いでいないが。
 ヒョイと俺が避けると、見事顔面からコンクリートの盛大にキスをした。ごすっと実に痛そうな音が響き、そのまま彼女は動かない。
 何てこった。
 俺は頭を抱える。
 唯一の俺の安心できる場所が他人に犯されてしまった。しかも、鍵を爆破してまでやってくるなんて。
 これは俺にとって一大事だった。
 唯一の居場所を失った俺はどうすればいいんだ。
 途方に暮れながら、俺はその場を立ち去ろうとする。が、その時、
 がしっ!
 と足を掴まれた。俺はゆっくりと自分の足元を見る。少しすすこけている手が俺の足首をがっしりと掴んでいた。
「ちょーっと、まちなさぁーい!」
 先ほどまで悶えていた魔術研究部の部長がそのまま俺を自分の方へ引きずる。抵抗しようとするが、それは全くの徒労に終わった。あり得ないくらいこの部長殿の力は強かった。どうやら、魔術研究部の乙女はみな力が強いらしい。爛はどうだか知らないけどさ。
 結局、俺は屋上の床に座らされ、その目の前にはニコニコと笑いながらも鼻血を垂れ流している部長が座っている。
 今すぐにでもこの場から動きたかったが、この前の惨事を思い出してそれは不可能だと確信する。きっと命がいくつあっても足りないだろう。
「いやぁ、君はこの前の見学クンじゃぁないですかー。奇遇ですねぇ。こんなところで会うなんて」
 いや、絶対ウソだろ。確信犯的なニコニコ笑顔を浮かべる部長殿に心の中でツッコミを入れる。
「あー、そういえばお名前を聞いていませんでしたねぇ。ワタシは二年五組の飯場紗英(いいば さえ)といいまーす。魔術研究部第五代目部長でぇす」
 実に上機嫌に挨拶をする部長殿改め飯場さん。
 とりあえず、自己紹介をされたのならばこっちも自己紹介するのは道義なので俺も名を名乗る。
「え、あ、俺は真野大地です」
「オッケ、真野クンねぇー。よぉし、さぁさぁとりあえずここに名前と学年、クラスを書いて。あ、できたら判子も」
 と、早速彼女が差し出したのは入部届だった。
 しかも、入部希望部のところにはちゃっかりと『魔術研究部』と書かれている。
 実に期待に満ちた目で俺を見つめる飯場さん。ううむ、どうしたものか。
 とりあえず俺はその場を立ち去ろうとした。このままここにいても無意味だ。そう判断したからである。
 が、思いっ切り足首を掴まれ、ひっくり返された。
 コンクリートの地面に思いっ切り後頭部を強打して、目の中でお星様がチカチカと輝く。痛い。
 そんな俺の顔をのぞきこみ、にまぁと笑って入部届を差し出す飯場さん。かなり腹黒い。
 何にも言わない俺を見て、飯場さんはすっと入部届を引いた。
「ま、無理にとはいわないでぇすよ。気が向いたらまぁた考えてくださーいね♪」
 そう言って立ち上がり、手すりにもたれ掛かる。
 痛む後頭部をさすりながら俺は上体を起こした。まだ屋上のドアからは焦げた匂いがする。
「そう言えば飯場さん。あのドア、どうやったんですか?」
 ドアの方を指さして、俺は尋ねる。飯場さんも俺の指さした方を見る。
「ああ、あれですねぇ。ちょーっと、面白い力使ったんでぇーす」
「……力?」
 その言葉に俺はピンと来た。もしかして、というような憶測が頭の中で生まれる。
「あのぉ、できれば詳しく教えて貰えないでしょうか」
「そしたら入部、してくれるまぁすか?」
「うっ、か、考えておくというのじゃ駄目でしょうか?」
「んー、まぁーいいでしょー。そうやって人は知識を身につけていくのですからねぇ」
 そう言って、彼女はすくっと立ち上がる。短い髪が風でさわさわと揺れる。
「いーですかぁ。今から見せまぁすのでよぉーく見てくださぁいねぇ♪」
 目をつぶり、彼女は手を差し出す。
 そのポーズは、あのときの生徒会長と同じだった。
 周りの空気がざわつく。円を描くように、風が集まる。その中心には飯場さんがいた。
 何か感じる。
 心の中からわき出るもの。体の中からわき出るもの。
 力が、何かの力の流れが彼女の体に集まってきている。
 じっと、俺は飯場さんを見つめ続けた。似ている。この感じは、この前生徒会長から受けたものとかなり似ている。
 でも、その力の流れは会長のものよりはるかに弱い。
 そして、刹那――
 赤い閃光が走り、目の前がカッと光った。大きな火の手があがる。
 思わず俺は目をつぶり、手で頭を守る。そっと目を開けると、先ほど火の手があがったコンクリートの地面が黒く焦げていた。
「まぁー、こんなぁ感じでぇす。ワタシはぁ、力がよわぁいのであんまり強いのぉはできなぁいんですけどねぇ。こんなこの程度なぁら他愛もないんでぇすよぉ」
 俺は唖然とする。
 何なんだ。これは。
 会長が繰り出したものは、実際俺の体に作用したがこんな風に物理的に何かが起きたって感じではなかった。
 が、今飯場さんに見せてもらったものは火を出した。いや、火なんて生っちょろいものじゃない。あれは炎だ。
 振り返り、飯場さんを見る。彼女は血相を変えた俺を見て少々驚いたようだが、すぐにすごいだろぉ、と自慢げに笑みを浮かべた。
「い、飯場さん。い、今のは何なんですか!? お願いします、教えてください」
 彼女の手を取り、俺は怒濤の勢いで詰め寄る。さすがの飯場さんも俺のこの様子にはびびったようで少し後ずさる。
「ま、まぁ、落ち着いてくださぁい。ほ、ほら、深呼吸」
 大きく深呼吸して、俺は自分を落ち着かせた。
「じゃあ、詳しいことをお話ししますからぁ。そーですねぇ、じゃあここではなんですから部室で話しましょーか?」
 黙って頷くと、彼女は踵を返して壊れたドアの方へ向かう。俺もその後についていった。
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