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大地のご加護がありますように

3-1

 結局、眠ろうと思っても全く眠れなかった。
 昨日のあれは一体何だったのだろうか。
 今のところ俺の体に異常はなく、あのときの壮絶な痛みなどは本当はなかったかのように体は快調だ。
 その日も、アッサリと授業は進んでいく。
 さし当たって別に何かあったわけでもなく、昨日と変わらぬつまらない授業。
 ただ、爛の様子がやっぱり少しおかしかった。
 どこかよそよそしく、何か考え込んでいるのが多い。
 きっと昨日のことだと分かっているのだが、俺は何も声をかけることができなかった。
 そして、今日も今日とて放課後になる。
 鞄を取り、教室から飛び出そうとするが、案の定、後ろから首根っこを思いっ切り掴まれた。
「おうおう、真野君。昨日はよくも逃げてくれたね。さぁ、今からパラダイスへ行こうじゃないか!」
 もはや、精神状態がやばいんじゃねぇのか、ってくらい北條からはすさまじいオーラが出ていた。
 大林は苦笑いを浮かべながら俺を見ている。
「ほら、紀之も行くよ。あんた、何日部活に顔出してないのよ。そうだ。この際、爛ちゃんも誘お。おーい、爛ちゃーん!」
 北條は荷物を片づける爛に声をかけた。
 振り返り、俺は爛と目があった。爛は少し目を伏せたが、また昨日と変わらぬ笑顔を見せる。俺は少しだけ安堵した。
 手招きする北條に近寄ってきて、「なに?」と彼女は首をかしげる。
「ほら、今日一緒に部活行かないかなぁって。最近入学式とかいろいろあってごたごたしてたじゃん。先輩も暇そうにしてるから行こうよ」
 顎を手の甲にのせ、爛はうーん、と考え込む。そして、うん、と一回頷き「じゃあ、ちょっと待って」と言って荷物を取りに机に戻る。
 北條は俺の方にクルリと向き直り、ニヤリと笑った。
「これで、行かないなんて言わないよね?」
 実に、北條は策略家である。


 相変わらず魔術研究部の部室は真っ暗だった。
 蛍光灯は黒い布に覆われていて、明かりとしての機能をなしていない。教室の中央にはこれまた黒い布をかぶせた丸いテーブルがあり、それを囲むように俺たちは座っていた。
 マジで不気味だ。
 何て言うか、これから降霊術でもするんじゃないかって雰囲気だ。テーブルの真ん中では長いローソクがゆらゆらと燃えている。
「あ、大地君。そんな緊張しないで良いよ。リラックスリラックス」
 そう言って、微笑んでくるのは俺の正面に座っている爛。
 だが、うす暗い蛍光灯の光とローソクの炎によってその顔はかなり不気味に照らされている。
「そうや、大地。こんな雰囲気やけど別にやましいこととか、危ないこととか、恐いこととか、そんなことせぇへんのやから。ただ魔術とかそんなんについて話し合うだけやし」
 俺の隣でへらへら笑う大林。だが、お前が言うとなんだか安心できないのは何故だ? 信用できないのは何故だ?
「――コホン、とりあえず部長が来るまで何か話しておきましょう。時間を無駄にするのはよくないし」
 と、何故か黒い装束を纏っているのは北條。何か新手のコスプレか? と聞きたくなったがギロリとにらまれたので止めた。北條の力の強さはこれでも実感している。下手なことをして命を落としたくないからな。
「とりあえず、いろいろと魔術研究部の活動について教えてやったらいいと思うんやけどな。ほら、魔術研究部って実際どんな活動してるんかしらあらへんやろ。それを丁度現部員三名がここにおるんやし、簡単に説明したったらええと思うんやけどな」
 大林がそう言うと、北條も同意したように頷いた。
「そうね。確かにいろいろと知ってもらった方が良いわよね。魔術研究部のすばらしさを教えてあげたら、きっと真野だった虜になるはずだわ」
「でも、雪恵ちゃん。脅し口調は駄目よ」
「うっ」
「はっはっは、やっぱそう言うつもりやったか。わっかりやすいなぁ、雪恵は」
「う、うっさわね! ちゃんと説明するわよ」
 がやがやと、話は盛り上がっていく。
 魔術研究部の説明のハズが、段々と三人の中等部時代の話になっていった。
 あのころの、魔術研究部はこんなんだったとか。大林はいつまでたっても真面目にやらないとか。爛は勧誘に熱心じゃないとか。北條は一時、狂信者ばりの勢いで召喚魔法に取り組んでいたとか。
 ……あれ?
 そこで、ふと気づく。
 何でだろうか、俺だけが取り残されているような気がする。
 この暗い部屋の中。明かりを囲む四人の中で、俺だけが切り取られた空間にいる気がする。
 いや、いる気がするじゃない。
 実際に、いるんだ。
 俺だけが切り取られている。
 全く違う空気の中にいる。
 そんな違和感に全く気づかず、わいわいと騒ぐみんな。
 遠い世界に見える。
 自分だけ離れた世界にいる。
 寂しい。寂しい。寂しい。
 今思えば、俺だけが外部から来て、残りの三人は全員が中等部からの進学だということに気づいた。
 この三人には、三年間の共有の思い出がある。
 でも、俺には無い。
 俺には、彼らが持つ『三年間』が無い。
 一緒に過ごした、同じ時間がない。
 彼らは、俺に向かっていろいろと自己紹介をしてくれている。
 そのたびに出てくる、『三年間』の話。そして、その『三年間』の話で盛り上がり出すみんな。
 俺は、そこにはいない。孤独感が俺の体を包み込む。
 一体、俺は何をしているんだ。
 最初に俺は自分に言い聞かせたはずじゃないか。
『ここは俺の居場所じゃない』
『ここは俺のいるべき場所じゃない』
『俺はここにふさわしくない浮いた存在』
 そう言い聞かせたじゃないか!
 なのに! なのに! なのに!
 俺は一体何をやっているんだ!
 ただ、訳の分からないことを言って近づいてきたやつらと何でこうしているんだ。
 一人でいるんじゃなかったのか。友達なんて作る気なんて無かったんじゃないのか。
 そして、その言葉は俺の中で反響する。
 ――友達?
 おい、何を言ってるんだ。血迷ったか、俺よ。
 ――彼らが友達?
 だから、何を言ってるんだよ。おかしいだろ、絶対。何でこいつらを友達なんて言ってるんだ。
 ――それは本当に?
 本当も何も、彼らが友達だって? 悪い冗談は寄せよ、俺。やつらが友達な…んて……。
 いや、やつらは友達なのかもしれない。
 俺が孤独でない理由。
 それは彼らがいるからじゃないのか。
 でも、
 今俺は彼らの世界にいない。
 あれ? もしかして、
 ――友達と思っているのは俺だけなのか?
 世界が反転する。
 手の震えが止まらない。
 負の思考だけが、延々と回り続ける。頭の奥からキンキンと痛みがわき起こる。
 視界がぐにゃりと揺れる。ローソクの火が踊る。
 その場から、逃げ出したくなった。
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