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大地のご加護がありますように

1-6.5

 どかっと、革張りの椅子に座る。
 大きく息を吐き、まぶたを閉じて精神を集中させる。
 ボンヤリと浮かぶのは、人の姿。真っ暗な闇の中、その像が小さく光を放つ。
 それを、具現化させるためにさらに意識を高める。真っ暗な闇が少しずつ明るい光を放ち始める。
 それと同時に、彼女のいる部屋にも光が集まり始めた。

 ――彼女が思い浮かべる世界と、彼女の部屋がつながりだしたのだ

 彼女は段々と自分が昂揚してくるのが分かった。高まる気分をどうにか押さえつつ、集中し続ける。
 体の中からわき上がる力を、思い浮かべる世界から部屋へと流し込む。その流れは緩やかな川のようで、それでいて高い山から流れ出す激流のような曖昧なものだった。
 そんな力の流れを受けた光の固まりはさらに明るさを増し、部屋中をまばゆい光で満たす。
 部屋の中央にその光の固まりは移動し、細長い直方体をいつしか形成していた。その輝きは、もう目を開けて見られるようなものではなかった。
 彼女はその直方体を感じる。全身に浴びる光が、彼女を温かく包む。
 さらに気分を高ぶらせ、彼女はぶるっと快感を感じて身震いをする。そう、この感じだ。
 久々に手応えがあった。何度もこれは行っているが、ここまで気分が高ぶったことはなかった。
 いつもの自信がさらに深まり、彼女は想いに力を込める。
 力の流れはさらに緩やかに、そして激しいものへと変わり、そして部屋が共鳴する。
 その振動と共に、部屋の壁から小さな光る球体がいくつも現れ始めた。
 ゆっくり、ゆっくりと壁からしみ出てきたように出てきた球体は、壁沿いにずらりと並び、ふわふわと浮いていた。
 彼女はその球体に力を加える。
 球体はゆっくりと動き出した。その動きは、部屋の中央にある光る直方体を中心に、円を描いていた。
 球体は速度を上げながら直方体の周りを回る。最初の内は目でも追えるくらいの速さだったが、いつしか光る球体は目では追えず、ただ明るい一本の円が直方体の周りにあるような感じでしか見えなくなる。それだけ球体は速く回っていた。
 その円は、ゆっくりゆっくりと小さくなっていく。直方体に近づいているのだ。
 彼女はさらに力を込める。今度はその力に、自らの"願い"も込め、精神を集中する。
 彼女の額には大粒の汗がいくつも見受けられた。呼吸は段々と荒くなってきている。
 が、彼女は集中を途中で切らすこともなく、黙々と力を流し続ける。
 自分の思い浮かべる世界と、部屋にある直方体がゆっくりと重なっていく。
 それと連動するかのように、高速で回る球体の円も小さくなってくる。
 ハッキリと、思い浮かべる世界と直方体がほぼ重なる。それと同時に、高速で回る円が直方体に触れた。
 その瞬間――
 ばちっと大きな音を立て、球体がはじけ飛んだ。
 彼女の集中力も一気にとぎれ、思い描いていた世界がふっと消えた。
 部屋の中央にあった、光る直方体もゆらゆらと揺らぎ、そしてすぅと部屋のドアに溶けていった。
「ふぅ」
 革張りの椅子に身体を深く沈める。今日も失敗だった。
 毎日繰り返していると、さすがに疲れてくる。特に今日は調子が良かったが、その分体力の消費も半端じゃなかった。
 やはり、一人では無理だ。
 彼女は失敗の根本的原因を理解していた。が、ほんの少しだけ、本当に少しだけ一人でもできるのではないか、と淡い期待を持っていた。
 しかし、どれだけやっても無理だった。
 今日だって、絶対いけると思った。でも、無理だった。
 やっぱり、一人じゃできない。
 机の上のファイルが目にとまる。それは、先日受け取った書類だった。
 もう一度、その書類に目を通す。
 あのときはかなり興奮していて、まともな考えができなかった。だから、彼女は少し期間を置いている。
 今すぐにでも、実行に移したかった。
 でも、冷静に考え、そして作戦を練る必要があった。
 行き当たりばったりで行動するなんて、単なるアホだ。無茶である。
 書類には、相変わらず信じられないことが書かれている。すでに何回も目を通しているが、毎回読み間違いではないかと我が目を疑うようなことだ。ハッキリ言って未だにすべてを信じることはできない。
 しかし、今はこれを信じる以外に手だてはなかった。現に、彼女はこの書類に書かれていることが事実かも知れないと思えてきている。
 今日、確かに感じたのだ。『力』の『脈動』を。
 彼女は窓から外を見る。
 丁度校舎から誰かが出てきた。
 ニィと彼女は微笑んで、彼を見つめる。
 そんな視線に気づいたのか、彼が振り返った。
 その時、すでに彼女は部屋から姿を消していた――
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